123話-死屍累々

「いっっえーい! ユキユキたっだいまぁぁぁっっ!」

「ユキただいまっ、ごめんね席外しちゃって」

「ユキ様、戻りました」

「ユキだいじょぶだった?」


 次々と『部屋』から戻ってくる面々。

 ヴァルのテンションが今まで見た中では最高潮のようで、あとに続くアイナも妙にご機嫌だった。


「……ツクモ………どうしたのそれ」




 あやうくスルーしてしまいそうになったが、アイナの後ろに隠れるようにして戻ってきたツクモはなぜかメイド服を身に着けていた。

 ヴァルに疑問の視線を向けると「修行?」とだけ答えて、ツクモは無言でうんうんと頷くだけだった。


「一体、何があったの……修行って」

「いや、私としてはユキユキが今何がどうなってそうなっているか聞きたいんだけど」





 突然真顔になったヴァルだが、確かにこの場合その質問も分からないででもない。

 何故か今、俺はスーツのような黒の服を着せられていた。


 犯人は酔っ払ったハンナとヘレス。ついでにシェリー。

 新しい魔法を試させてくれと言われ安易に許可を出した結果がこれだった。


「ユキ、かっこいいねその服」

「スーツみたい……ってかシェリーが作ったスーツ?」


 シェリーの魔技『機械仕掛けの神デウスエクスマキナ』で作った物体を、手元ではなく発現場所をずらすということをやってのけたそうだ。

 簡単そうに見えるのだが、実はかなり難しいらしい。


 本来シェリーのようは『モノを作り出す』という魔技は手元でしか発動しない。俺の『幻影』が目の前にしか出現しないのもそうだ。だがハンナとヘレスが使う結界の魔技を使った時のように魔力の発動場所をコントロールしているのだという。




「本人の周りを結界で囲んで、一番近い発現場所をユキの身体にしているというかそんな感じ」


 実際俺の体型そのままにきちっと着替えさせるように発動させているのはかなりコントロールが必要なはずだが、俺の体型を魔力で包んで型をとるようにすればあとは簡単らしい。


「ねー、シェリー他になにか面白い服とかないの?」

「ハンナ、もうやめて……みんな帰ってきたし」


 今でこそスーツだが、みんなが帰ってくる直前は警察官のような制服を着せられていた。

 その前はなぜか短パンにTシャツだったのだ。



 とりあえずアイナたちに面白い格好を見られずに、スーツ状態で良かったと胸をなでおろした所だったので、ハンナを必死で止める。

 スーツと言っても今の俺は頑張っても中学生のような体型なので、完全にスーツに着られている状態なのだが。




「それで? ツクモのそれが修行ってどういうこと?」

「えっと、ユキに仕えるんだってさ。とりあえずしばらく居候」


「ケレス、俺聞いてないんだけど」

「うん、ごめんね。だから今言った感じなの……いい……かな? だめ?」



 ケレスがトコトコと俺の方へと寄ってきて手をきゅっと握りながら上目遣いで見つめてくる。


 これもヴァルの仕込みだろ! と内心でツッコミを入れるが、実際この状態から断れる男がいるのだろうか。

 いつもの胸元が開いた服のケレスが少し屈んでいるせいで、色々と目のやり場に困るものが見えてしまう。


 ケレスの背後では「ユキなら大丈夫だよ」とエイミーがツクモに言っているのが目について「あぁすでにこれは全員納得済み案件なんだな」と諦めることにする。




「居候は別に良いけれど……どうせ帝国に行くんだし一緒の『部屋』にいたほうが移動も早いし」

「ほ、ほんとですかっ!?」


 ツクモが表情をパァッと輝かせてぴょこんぴょこんしている。

 どうせヴァルも帰らないし、シェリーも居るしいまさら一人増えた所で何も変わらないだろう。




「とりあえず、ほら、飲み直そう!」

「おかわりお願いしますー!」

「あっ、わたし次、ケレスのそれと同じのがいい!」

「これ? エイミーこれ結構きついよ?」


 そして何事も無かったかのように再開する食卓。

 俺はグラスを傾け一口アルコールを喉に流し込み、深い溜め息をついたのだった。


――――――――――――――――――――


 死屍累々。

 そんな言葉がよく似合う自分の部屋で目を覚ました俺は痛む頭を抑えて周りを見渡す。


 明け方近くまで飲んでいた俺達は『部屋』へと戻ると俺の部屋で飲み直すということになり、今に至る。


 ハンナとヘレスに、ついでにサイラスも居ないが残りは全員床に転がって寝ている。

 珍しくアイリスまで大きなワインのボトルを抱えて床で眠っていた。


「……いてて……回復――」


 久しぶりに使ったなと思いながら、自分に回復魔法を使うとズキズキと鈍痛を感じていた頭が突然すっきりするのを感じる。



「日本ならこれだけで商売できそうだよな」



 実際ひどい二日酔いの辛さは経験した人しかわからないが、場合によってはいっそ殺してくれと思う時もある。

 それが一瞬で治るなんて、本当に魔法様様だ。


 部屋を見回すと、俺が寝ていたベッドーーエイミーが用意してくれたキングサイズぐらいのベッドのど真ん中に俺。


 左にはケレスが大の字で寝ており、右にはエイミーがものすごい綺麗な姿勢で寝ている。


 どんなに酔っ払ってもこの姿勢の良さ……さすが元王女様だな。





 重いなと思っていた足元には布団を捲ると、アイナが猫のように丸まって寝ておりその背中にはツクモが同じように頭を乗せて丸まって寝ている。


 仲が良いのは良いことだ……けど、俺が先にベッドで寝たはずなんだけどいつの間に潜り込まれたのか全然気づかなかった。


 床の上にはさっきも見たアイリスがワインボトルに抱きつくように寝ているし、クルジュはなぜか俺のベッドを背もたれに体育座りで眠っているようだった。


(……リーチェとヴァルが居ない?) 




 流石に部屋に戻ったのかなと、ふと天井に目をやるとヴァルが寝ていた。


「――っ!?」


何の冗談かと思ったが、俺の真上に天井に背をつけるようにして……天井に張り付いて寝ているヴァルの姿。


「え……なに……コウモリなの?」



 コウモリですら足で天井に捕まるはずだ。アレはどちらかと言うと忍者かなと考えながら、どうしたものかなと考える。


 考えるが、全員まだ起きそうにないので先に風呂にでも行こうかなと、そっとベッドを出て一階の風呂場へと向かった。


――――――――――――――――――――


――コンコン



 リーチェの姿が見えないので、風呂に入る可能性も考慮してきちんとノックする。

 だが返事はなく水音も聞こえてこない。




「大丈夫かな。利用中の札もかかっていないし」


 シーンとしているし誰かがいる気配も感じられないのをたっぷり数秒確認してからそっと扉を開く。



「え…………リーチェっ!?」


 誰もいないと何度も確認したにもかかわらず、脱衣所には一人涙をこぼしているリーチェが一人立っていたのだった。

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