049話-生き残り

「みんなお待たせ。『荒野の星』のみんなを連れてきたよ。こっちが、座長の代理をしてくれてるユキ」


「ユキです。よろしくね」


 子供を怖がらせないようになるべく落ち着いた口調で挨拶をすると、みんながゆっくりと視線を向けてくれる。

 何人かは表情が抜け落ちたままだったが、痛々しくも笑顔を向けてくれる子も居た。

 アイナが俺の隣りにいたケレスの手を取り子供たちの前へと引っ張り出す。


「ほら、手をおっきくできるおねーちゃんも来てるよ」


「ケレスだよーよろしくね!」


 ケレスも子供たちに舞台の上でやっていたように両手を振って、いい笑顔で挨拶をする。

 



「……あのおっきなおじちゃんは?」


 一番前の六歳ぐらいのおさげの女の子がおずおずと聞いてくるのはサイラスの事だ。確かに前の街でも小さな子供に妙に人気があった。

 この街に来たのは一年前だと言っていたので、その頃のことを覚えているのだろう。


 街をめぐり芸をしている一座としては、こうして子供たちに覚えてもらっているというのはありがたい話だなと思う。



「あはは、あのおじちゃんはおっきすぎて階段を降りられないから」


 アイナがおさげの女の子の頭を撫でながら答えると「ふふふっ」と子供達の間に少しだけ笑みが溢れた。

 ともかく、全員精神的にケアが必要だろうが身体に大きな怪我をしている子は居なさそうだ。




「アイナ、ケレス、みんなに食事と怪我している子が居たら治療とかお願いしてもいい?」


「良いけど、ユキはどうするの?」


「全員が移動できる場所を探してくるよ。外はちょっとアレだし、この場所に隠れ続けているのもね」


 この人数なら俺が魔技で全員を一気に移動させられるだろう。街の惨状を見せずに済むはずだ。

 こんな場所でいつまでも隠れてては心が病んでしまうしろくな食事も取れないだろう。


「わかったわ。ユキ、気を付けてね?」

「ユキ、何かあったらすぐに呼ぶんだよ?」

「じゃあ、みんなお願いね」


 俺は子供たちに「落ち着ける場所を探してくる」と伝え、階段を引き返し外へと出る。

 そして馬車の御者台に座ってあたりを警戒していたサイラスに状況を伝えてから、近くの屋根へと飛びあがった。


 初めて来た街なので高いところからそれっぽい建物を探そうという魂胆だ。



「んー……あれは教会かなぁ」


 東の方を見ると、少し離れたところに大きな鐘がついた塔のある建物が見えた。

 見た所教会のような雰囲気だ。どちらにせよそれなりに大きそうだし、ここから見ている限り崩れても居ない。


 あとは内部が綺麗ならあそこに子供たちを全員連れて避難できるだろう。


「サイラス! ちょっとあの建物確認してくるね!」


「おう! 気を付けろよ!」


 屋根の上から下にいるサイラスに声をかけ、そのまま屋根から屋根へと飛び移って教会のような建物を目指す。

 念のため移動中も『小夜鳴オキュラス鳥の瞳・ルスキニア』で付近の様子を探りながら移動する。


 噴水広場からほんの数分。たどり着いた建物はやはり教会のようだ。

 辺りは人の気配がせずしんと静まり返っており昼間だというのに人の気配がしない街並みというのは相変わらず異様な雰囲気だった。




「バリケード……?」


 教会の大きな扉の前へと着地した俺の目に飛び込んできたのは、木樽やテーブルを並べて作られたバリケードのようなもの。

 ここで誰かが立て篭り戦ったのだろうか。


「その割にはこの辺りに遺体がない…………お邪魔します」


 十字架が掲げられた木の扉を見上げ、半分だけ開かれたままになっていた大きな木扉をそっと押しやり中へと入る。


「誰だ!」

「――っ!?」


 前しか見ていなかった俺の首筋に、入り口のすぐ隣から伸びてきた剣が正確に首元へ当てられる。

 側頭部に伸びていた銀髪が何本か切れて足元へと落ちていく。


「わ、私は敵じゃありません」


 俺はとっさに両手を上げ、必死に敵ではないと伝えて剣を持つ人物に目を向けた。

 そこに立っていたのは鋭い目つきの首から十字架を下げた女性。

 ボロボロのシスター服を着ており片手には直剣、もう片手には剣の鞘を持った金髪の女性だった。


「女……の子か、すまない。まだ奴らかと思って」


 そのシスターの女性はあっさりと剣を引くと鞘へ戻し、俺の爪先から頭まで視線を走らせる。


「君、どこの区画の子? いや、ともあれ無事でよかった。お腹は空いてないか? 奥に何人か居るから、ご飯食べな! ここは安全だから」


 敵ではないとわかったシスターさんはまくし立てるように俺の両肩から両手をポンポンと叩いて怪我をしていないか確かめられる。

 最後に頭をクシャッと撫でられたあと、胸元へと頭を抱きかかえるように抱きしめられた。


「あっ、あのっ、すいません! 俺、今日この街に着いたばかりで、誰か生き残っていないか探していたんです」


 俺の手を掴み奥へと連れて行こうとするシスターさんに慌てて事情を伝えると、歩き出そうとしていた足をピタッと止め振り返る。


「驚いた……この街に来たって……一人じゃないよね? 他の人たちは?」


「向こうの、噴水のある広場で子供たちが隠れているのを見つけたので、そっちに居ます。子供たちが隠れていたのが地下だったので、どこか安心できる場所がないかと探していました」


「そうだったのか……ありがとう。いま奥に何人か居るから、キミ私達をその場所まで案内してくれる?」


「わかりました!」


 俺としてはなにが起こったのか早い目に聞きたいというのもあるが、今は子供たちを安心させてあげるほうが先だろう。

 剣を片手に奥の部屋へと走っていくシスターさんを見送り、キョロキョロと教会内を見回す。

 十人ぐらいが座れそうな椅子が左右に七列、等間隔に並んでいる。

 所々、椅子やテーブルが壊れていたりしているがあの人たちが片付けたのだろう。半分に折れてしまっている十字架が見ていて痛々しい。


 お世辞にも綺麗だとは言えない古ぼけた教会。だが掃除は行き届いているのか、古ぼけているがとてもキレイな教会だった。

 シスターさんもいるし、ここならば子供たちを避難させてきても問題なさそうだ。

 子供ならば奥の部屋には無くてもこの聖堂であっても寝起は出来るだろう。少なくともあの光も入らない地下室よりはマシだ。


「おまたせ!」


 唐突に奥の扉がガチャリと開き、先ほどのシスターさんと同じ服を着た女性が二人。

 それと白髪まじりのおじさんが三人、全員剣を片手にしていた。


「こんな小さな子が……ここまで大丈夫だったか? 何かに襲われたりしなかったか?」


 疲れ果てた顔をしているが、いかにも近所の気前のいいおじさんという風体のおじさんに両肩を掴まれる



「だっ、大丈夫です! 他のみんなもいますから」


「お、おぉそうだった、すまなかった。それで、子供たちを見つけてくれたそうだが」


「はい、噴水のある広場の倉庫のような建物の地下に」


「噴水広場の……もしかして隠し食糧庫か」


「隠し食糧庫?」


「昔、戦争中に掠奪されてもいいように使っていたところだな。あの倉庫の存在を知っている者はそんなにおらんが……何はともあれ無事でよかった」


俺はシスター三人とおじさん三人を連れて、教会から出て辺りを警戒しながら噴水広場へと急いだのだった。

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