132話-手がかり

「ケレス、俺は遠くから観察していただけだぞ」

「知らないわよ……攻撃されるようなことするからでしょ?」


 ケレスにボコボコにされたというのに、なんだか嬉しそうなグリムス辺境伯。

 街にあるお城のような辺境伯の建物にある一室。真っ赤な絨毯が敷かれた来賓室に連れてこられた俺とアイナとリーチェ。


 衛兵が走ってくる音をリーチェが聞きつけたので、ケレスの『転移』で慌てて移動したのだった。




「それよりケレス……あの広場大丈夫かな。大穴とか開いちゃっているんだけど」

「ん? あぁ、大丈夫よ。どうせお父さんがやったってことにされて納得されちゃうから」


 なんて事のないように言いのけるケレスに、腕を組んだままうんうんと頷くグリムス辺境伯。


「それはそうと坊主」

「あ、はい」


「親父、ユキだよ」

「ユキ……ねぇ? お前見た目によらず、俺とタイマン張るなんてなぁ……やるじゃねぇか」


「恐れ入ります。あの、もしかして国境あたりから俺たちのこと見てましたよね?」

「おっ? 気づいているたぁ、なかなかだな」


「やっぱり……」


「ちょっと、何やってるのよ親父……」

「そりゃ、大事な一人娘なんだ。その辺の雑兵みたいなやつだったら息の根を止めてやろうと思ってな」




 大事な娘が心配で領地をほったらかして、あんなところまで俺の存在を確認しに来ていたらしい……らしいが、俺たちは『転移』で移動しているのにグリムス辺境伯はどうやって戻ってきたのか不思議で仕方がない。





「それで、合格でしょうか? 不合格でしょうか?」


 今更ケレスとのことを言い訳するつもりもないので、ここはあえて自分から突っ込んでみようと尋ねてみたのだが、その瞬間にとんでもない殺気が放たれた。


「「――っ!?」」


 なんとなく身構えていた俺はなんとか反応せずに耐えたが、アイナとリーチェは耳と尻尾の毛が大変な感じに膨れ上がっていた。




「やめてっ!」

「あ、いたっ!」


 ケレスがグリムス辺境伯の頭に巨大な拳骨を落とす。

 だが当の殴られた方は全く気にしていない素振りで視線を俺から隣のアイナへと移す。




「………あんたアールトの嬢ちゃんだな?」

「…………はい」



「ユキっていったか。流石にそれは欲張りすぎじゃねぇのか?」

「親父……ダメだかんね?」


 ケレスは俺の隣に座ると腕を絡ませてきて父親をキッと睨みつける。




「ダメとは言わんが……アールトはなぁ……俺はすぐにでも孫の顔を見たいんだが。そこんとこどうなんだケレス」


「あと半年ぐらいかな?」

「「「えっっ!?」」」


 俺とアイナ、リーチェの声が見事にハモる。

 あと半年……?




「ケ、ケ、ケレスっ!?」

「まってアイナ、冗談だからね?」


「はぁぁ〜びっくりしたぁ……」

「リーチェもごめんごめん。そんなに驚かれるとは思わなくて。あはは」


 ケレスに飛びかかろうとして自重したらしいアイナが大きなため息を付き、俺の後ろから尻尾を通してケレスをぺちぺちと叩く。




「ケレス……」

「ん? ユキ、なぁに?」

「ケレスのお父さんが……」


 目の前のソファーへどかっと座ったまま、項垂れたまま動かなくなったグリムス辺境伯。




「ちょっと、親父? どーしたのー?」

「な、な、なんてことだ……大変だ……」


「親父? 冗談だからね?」


「こ、こ、こうしちゃおれん……ケイトぉぉっ!! す、すぐに医者と部屋の手配だっ! 服とベッドの用意も忘れるなっ! 最高級のものだぞ! あとクレスもすぐに呼んでこいっ!」



「ちょっ、親父まって! 冗談だからねっ!」


 グリムス辺境伯まさかの御乱心だった。

 部屋の入り口で控えていた燕尾服姿の老人が出て行こうとするのをケレスが必死で止め、グリムス辺境伯に巨大な拳骨を落とすまで数分の時間が掛かったのだった。



――――――――――――――――――――


「ケレス、お父さんは悲しい」

「だから悪かったって」


「もう、お母さんもびっくりして慌ててケレスちゃんが使っていた子供服とか用意しちゃったわよ」

「お母さん……気が早い……早すぎるよ」


 あれからしばらくして大きな箱を持ったケレスの母親まで現れた。


 ケレスにそっくりなふわふわの赤髪で、優しそうな雰囲気の女性。

 お母さんというよりお姉さんと紹介された方が納得できそうな風貌だった。

 少し垂れた目元を見ると、ケレスのキリッとした顔は父親譲りなんだなと考える。


 頭からはケレスや父親と同じように角が生えていたが、片方は根本から折れたように無くなっていた。




「改めて、ケレスの母のクレス・ツー・グリムスです。こんな可愛らしい息子が出来るなんて嬉しいわぁ〜」


 肩口が大きく開いたドレスで、頭を下げた拍子に溢れるのではないかとハラハラしてしまう。

 何がとは言わないが、ケレスも大きいが母親も負けじとデカい。




「ちょっと、お母さん……それまだ早い……」

「あら、早くても損はないわよ? 私だって今のケレスちゃんの歳で結婚したんだもの」


 突然他人の家の団欒に放り込まれるとこんな気分なんだなとどこか他人事のように考えてしまう。



(これが現実逃避ってやつなんだな……)



 成り行きではないと自分に言い聞かせているが、ここまで外堀を一気に埋めてこられると自分の存在が不安定に思えてしまう。


 隣をチラッと見るとアイナとリーチェはかなり複雑そうな顔をしていた。

 文句を言いたいが親友のケレスとその両親を目の前に言うに言えない感じだろうか。


 アイナは立場的にはケレスと同じようなものだろうが、リーチェはもはやこの世の終わりのような表情だった。




「あの、すいません。ケレスとは仲良くさせてもらっておりますが実は「大丈夫よ」――え?」



 俺は意を決して一度落ち着いて話を聞いてもらおうと話し始めたのだが、本題を口にする前にクレスさんに遮られてしまった。




「うちのケレスちゃんに手を出すぐらいなんだから、二桁ぐらいは奥さん作ってくださいね? それぐらいの男性でないと安心してお任せ出来ません」




 あの子にしてこの親と思えばいいのか、この世界の倫理観に疑問を抱くべきなのか。



「正室かとか側室とかは後で決めれば良いんだし? ケレスちゃん、既成事実はきっちりつくるのよ?」

「あ、うん」


「で、どうなの? 何があってこんなちっちゃな可愛い子の事を好きになっちゃったの? パパみたいな人がいいって言ってたじゃない? お見合いが嫌で家出したケレスちゃんの事だしよほどのことがあったんでしょ?」




「それは〜その……」


「ユキ、俺に何か言うことはないのか?」


 俺を置いてきぼりにして嬉しそうに話し始めるケレスを尻目に、しばらく黙っていたグリムス辺境伯に突然ターゲットにされる。

 何を期待されているのだろうか。ギロリと視線を向けてくるグリムス辺境伯の顔を見ながら考えるが、何を言わせたいのかよくわからない。


 むしろ隣のお花畑のような会話で脳内の整理がうまくいかない。




「え……えっと……娘さんを私にください……的な感じですか?」

「もっと気合い入れろ」

「いいわよ〜」

「クレスっ!?」




 あっちではありきたりなセリフを口に出してみたのだが、方向性は間違っていなかったようだった。

 だが主導権を突如奪われ、鳩が豆鉄砲を食ったような顔のグリムス辺境伯と、片手を頬に当ててニコニコのクレスさん。


 そして頬を両手で押さえぐにゃぐにゃし始めるケレス。




「ま、まてクレス!」

「なんですかアナタ? あんな地方の男爵に嫁にやるよりよっぽど……それこそ天と地ほどの違いですよ?」



「いや! わかってる! 俺とタイマン張れる奴なんてそうそう居ないからな! いや、そうじゃなくてもうちょっとこう、父親としての威厳を」


「そんなもの捨てなさい。ケレスちゃんに嫌われるだけですよ」

「だっ、だが! 一度ぐらいは」

「ダメです」


「ユキ、次はウチに行こう」

「アイナ!?」




 あれほど家には近づきたがっていなかったアイナだったのに、完全に感化されてしまっている。

 とはいうものの、帝国四大貴族のうちの二家の娘さんと仲良くなってしまっているのは事実だ。


 グリムス辺境伯はどうやらありがたいことに、俺のことを認めて頂いたようなのだが、アイナの方はこうはいかないだろう。

 腹を決めてきちんと真面目に正面からご挨拶に行かなくてはならない。



(って、違う。俺たちは今国王からの依頼の最中で今のこれは完全に成り行きじゃないか)


 危うく目的を見失ってしまう所だった。

 それほどまでにグリムス辺境伯の突然の登場から今までの流れが衝撃すぎた。




「アイナちゃんも、リーチェちゃんも、うちのケレスちゃんのことよろしくね?」


「ケレスは親友で戦友なので任せてください」

「え? あっ、あのっ……クレス様っ?」


 リーチェが突然立ち上がると珍しく詰め寄るような声をあげる。

 俺もケレスの母親、クレスさんのセリフに「おや?」と何かが引っかかったのだった。




「ど、どうして私の名前を?」

「え? リンデちゃんの娘さんのリーチェちゃんでしょ? 王国に引っ越したって聞いていたからびっくりしちゃったわよ」



 まさかの情報がクレスさんの口からもたらされた。

 あれほどリーチェに格好つけたのに、意外すぎるところからあっさりと手がかりが出てきてしまったのだった。

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