083話-こつ然と消えた

『♩


君の色が私の色と混ざり合い――

――希望という名の新たな色になる


あのときもらったこの翼で――

――私は私に出会うことができた


♩』


 大歓声の中、舞台の上でアイナ、エイミー、リーチェ、ケレス、ヴァルの五人が手を振っている。


 伴奏もないので、ヴァルがチョイスした曲はバラード調の俺にとっても懐かしい『twilight』のデビュー曲だった。

 噴水広場に作った簡易舞台の周りには公演のたびに来てくれているファンが多く集まってくれたのだが、アイナとエイミーの歌が始まると興味がなさそうだった通行人も次第に足を止め始めた。


 そして続けて五人での歌。

 少しまだばらつきがあったが、たった一日でよくここまで歌えるようになったと感心した。


 感心したと言えばサイラスだ。

 なんと夕飯の時にリーチェとヴァルも歌うと伝えたら、残った食事を一気にかき込み、衣装作りを始めてしまったのだ。

 俺が次の公演からでいいと言ったのだが、なんの使命感からか「必ず仕上げる」と豪語したサイラスが翌朝には見事なお揃いの衣装が五着きっちりと揃っていた。


(それで倒れて寝込むとか、サイラスらしい……らしいか?)


 何はともあれ、集まった人たちの顔を見ると今回のステージは無事成功したようで胸を撫で下ろす。

 事前告知もなく始めたので、誰も来ないかと思っていたのでこれはかなり嬉しい誤算だった。


「皆さんありがとうございますっ!」


「アイナちゃーんっ!」

「ケレス様さいこーーっ!」

「リーチェちゃん可愛いっ!」


 大歓声が送られる舞台上で五人が揃って閉演の挨拶をするため横一列に並ぶ様子を舞台袖から眺める。

 舞台袖と言ってもそんな立派な舞台ではなく、以前と同じく木のパネルを作って舞台っぽくしただけのものだ。


「えー、では今回はじめての歌の披露で新しいメンバーが増えたのご紹介しますねー!」



 アイナがエイミーとヴァルを紹介していく。

 リーチェはたまに補助的な感じで出たことがあるため、観客にもリーチェのことを知っている人もいるようで何度も声援が聞こえてきた。


「では明日もまた同じ時間から舞台やりますのでぜひ見に来てくださいね!」




 大きな拍手とともに、首都での公演一日目は無事終わりを迎えたのだった。


(リーチェも体調大丈夫そうでよかった)



 昨日はリーチェと色々と魔技のことで朝方まで起きていたため体調が少し心配だったが、最後まで練習通りに歌えたようだった。


(あとはやっぱりダンスは入れたいよなぁ……記憶コピでなんとかなるかな)


 ヴァルもうっすらとは覚えていると言っていたし、完璧でなくてもなんとかできそうな気がする。

 そんなことを考えながら、お捻りを入れてもらう箱を持ったメンバーの前に並ぶ人々の様子を眺めながら片付けを始める。


「ユキ様」

「――ツクモさん?」


 突然呼び止められ驚いて振り返るとフードを深く被った幼女が立っていた。


「ヴァルから諸々聞きました。このたびはお仕事のご依頼ありがとうございます」

「いえ、残りは成功報酬なので心許ないかもしれませんがよろしくお願いします」


「ではヴァレンシアを回収次第、私どもは仕事に取り掛かります。もし、髪にこの小さな星形のピンを付けているものがいましたら、それは我々のメンバーですのでよろしくお願いします」


 そう言って、ちらりと見せてくれたツクモさんの前髪な小さなアメリカピンのようなものに赤色の星がデザインされたものが付いていた。




「それで、私の輿入れの件ですが、いつ頃がよろしいでしょうか?」


「はっ?」

「はぁ?」


 俺の言葉と、ツクモさんの隣にいる男の言葉が重なる。

 いや、居るのはわかっていたんだがどう話しかければいいか分からず見ないふりをしていたのだ。


「アウス。私はもうこの人の子を生むことになっているのだ」


「子供同士でか?」

「あ?」

「――っ!」


 ツクモさんが睨んだ瞬間、アウスがなんの前触れもなく泡を拭いて倒れてしまった。

 今回もアウスは二言しか喋らせてもらえなかったようだ。



「ユキ様、申し訳ございませんがコレを持ち運びやすいようにしてもらえませんでしょうか?」


「いいけど……いやそうじゃなくて、ツクモさんさっき言ったこと、俺は承諾してませんからね!」




 アウスを『束縛』で何重にも巻いて団子のようにしてからツクモさんへ講義を入れる。


「承諾……していただけないのでしたら、この依頼が終わり次第、私もこの命を終わらせることにします」


「……なんでそうなるんですか」

「ユキ様、この依頼が終わる前に、私のことを認めて頂けるよう精進致します」


 そう言ってツクモさんはアウスを片手で掴むと、スッと姿を消したかと思うと近くの建物の屋根へと移動し、そのまま振り返ることなく去って行った。





「…………はぁ」


 俺はため息を一つ付いてから、アイリスとヘレス、ハンナに混じって片付けを再開する。

 おひねり受け取りチームはまだまだ離してもらえそうにない。何しろ通りの方まで列ができているのだ。

 あと一時間近くはかかりそうな気がする。


 今お捻りを入れてエイミーと握手している奴など既に三回目ぐらいのような気がする。


(おい、それ全員俺の彼女だからな――なんてな)


 そんなこと言えるはずもなく自虐的に脳内でそのセリフを再生して、凹む。




(担当アイドル全員に…………なんつープロデューサーだよ俺)


 昔の真面目に仕事をしていた時のことがフラッシュバックしてしまった。




「ねぇユキ……エイミーは?」

「え? そこで並んで……あれ?」


 突然アイリスに声をかけられ、舞台を見ると先ほどまでそこでお客さんと挨拶をしていたエイミーの姿が忽然と消えていた。


「え……? アイナ! エイミーは!?」


「ユキ……エイミー……?」

「エイミー?」

「……エイミーって…………だれ?」


 舞台に残された四人が口々にそんなことを言い始め、ついにはアイリスまで「ユキどうしたの?」と先ほどの自分の台詞を忘れてしまったかのようなことを言い出した。





(え……なんだこれ……全員エイミーのことを忘れてる……?)


 なんとも言えない悪寒のようなものが全身を包み込み、冷や汗が額を流れ落ちてくる。


「ユキー片づけ終わったよ~」

「終わったよー」


「ハンナ! ヘレス! エイミー知らないかっ!?」


「えー? そんな名前の道具あったかなぁ……」

「ハンナが知らないなら私も知らないかなぁ……どういうもの? 私探そっか?」





 なんだこれ……。

 全員が突然エイミーのことを忘れてしまうなんてありえるのだろうか……。


「も、もしかして……誰かの魔技か……?」


 あたりを見回すがそれらしい人物はおらず、殺気的なものも感じない。

 エイミーが攫われたのだとすれば直ぐに探さないと、時間が経てば経つほど見つかる確立が減っていく。


「『兎の幻想レプス・パンタシア』――……うそだろ……」


 俺は皆にエイミーの姿を見せようと幻影を出そうとしたのだが、うまく発動せず魔力だけがスッと消えてしまう感覚があった。





「――六華、銀華!」


『魔力はちゃんと出てるし魔技は発動する――エイミーのことだけが全員の記憶から……むしろ「居ないことになった」って感じか?』

『早く見つけないとまずいな』


「くそ……っ! 全員集合して! ヴァルも頼む!」




 ある程度片付けが終わったが、まだファンの相手をしていたアイナやリーチェ、ヴァルとケレスも呼び戻す。


「六華は上、銀華はこのあたりを……後は人海戦術だ。『兎の幻想レプス・パンタシア』」


「えっ? ちょっとユキどうしたのっ!?」

「ユキ、顔が真っ青だよ……どうしたの?」

「ユキぃ~ お客さんまだ居るんだけど、どうしたの?」

「うわ、ユキが一杯……何かするの?」


「ゴメン、何も聞かずに全員『部屋』へ来て!」


 何が起こっても魔力に支障がないレベルで幻影を大量に作り出し街中へと散らす。

 そして未だに状況を理解できていない『荒野の星』の全員とヴァルを『見世物小屋フリークショー』へと連れ込んだのだった。

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