086話-確保、そして尋問

「お待たせいたしました」

「どうだった?」


 アペンドの町並みを見渡せる丘の上で、ミラとマーガレット、アイナ、ケレス、クルジュナ、リーチェが円陣を組むように座る。

 その円の中心にはミラが持ってきたというエイスティン周辺の地図が広げられていた。



「ユキ、そのエイミーのことを精霊魔法だっけ? それで無理やり忘れさせらっちゃんだよね。誰もその娘のことを覚えていないのに探せるの?」


 リーチェの疑問は俺も最初聞いた時に思ったのだが、その理由はミラさんが丁寧に説明してくれた。

「『森の記憶ネムス・ミモリア』という精霊魔法は人々の記憶から存在を忘却させるだけで、存在が消え去るわけではないのでこういう探査系の魔技だと「いる」かどうかはこうやって発見することが可能です」


 それに姿が消えるわけではないので、不可視の術を使われていない限り目視でも見ることはできる。



「強い反応ではありませんでしたが、ここに一組。男女です」

「……それは違うわね。その村には隠れ住んでいる森人族ハイエルフの夫婦が居るわ」


「それと、ここ……これは私も知っているキャメロさんのご家族ですね」


 そういってマーガレットさんがエイスティンのすぐ東にある小さな村を指差す。



「あとは……ここ。森人族ハイエルフが2人――男女です。転移の魔技で移動しているのか、数秒前はこの位置に、その前はこのエイスティンの南に反応がありました」


 マーガレットさんが指差した場所はエイスティンの南。

 数十秒で移動したと言っていた点を結ぶを、そのまま南にある森に向かっているような軌跡だった。



「それだ!」


 俺はすぐに大体の位置を六華と銀華に伝え、俺も直ぐに『転移』するために六華たちの視界情報を共有する。

 人違いかもしれないが、エイミーが誰かに攫われたのだとしたらその移動している人物が犯人だという可能性が高いはずだ。


「ユキ! 私も行く!」

「クルジュ?」


「もし森に入るなら私が一番戦い慣れているわよ」

「ありがとう……あとアイナもお願いしていい?」

「任せて!」


 リーチェとケレスにはアイリスと合流してもらうために一度宿屋へと『転移』してもらう。

 そして俺とミラ、マーガレットさんにアイナとクルジュの五人はエイミーの追跡に向かったのだった。


――――――――――――――――――――


 エイスティンの南側から街の外へと出た俺はミラたちを連れ、一度六華の位置を確認する。

 マーガレットさんが言っていた位置はちょうどエイスティンと六華のいる場所の間ぐらいだった。


「ユキ様、魔力は……移動系の魔技は恐ろしく魔力を消費するのですが、どうかご無理をなさらないでください」


 確かに何度も城と噴水広場、アペンドを転移しまくっている上に、六華たちが転移するたびに魔力が減っている。

 その証拠に徐々に頭痛がひどくなっているのだが、今はそんなことも言ってられない状況だ。


 だが今の所、俺も六華も『小夜鳴オキュラス鳥の瞳・ルスキニア』を使って超望遠で見た場所へ転移しているので、かなり早く到着できる見込みだった。


(――というより、見つけた!)


 それはエイスティンから出て数回ほど転移した頃、一人で短距離転移を繰り返して移動している男に六華がついに追いついた。

 マーガレットさんの魔技で大体の位置を特定した段階から、南の森へと向かって先行していた六華がコピーしたマーガレットさんの魔技を使って探していたのだった。



『ユキ、ヤっていいか?』

「問題なし」


「……ユキ?」

「ごめん、少し止まるね」


 六華の視界を半分共有しながら、一度街道沿いの芝生へと腰を下ろす。

 ミラたちが俺の魔力切れを心配してくれたのか「膝枕を」と言われたので丁重に断った。


『とは言いつつ一人なんだよな』


 頭に頭巾を巻き、マスクがわりに口元にも布を巻いている男は、転移してしばらく走り再び転移するを繰り返している。

 目で見える範囲だからまだ助かっているがこれが長距離だと追えなくなるので、間違ってたらごめんなさいで謝ることにした。


『次の転移直後に捕まえる――『魔封』!』


「みんな、犯人らしき奴を捕まえた」

「……へっ?」


 ミラが可愛らしい声を出し、アイナたちは「六華かな」とケレスと話していた。



「六華のところまで転移するから集まって――」

「はーい」


「ユキ、魔力は大丈夫なの?」

「正直そろそろきついかも……でもあと2、3回なら問題ないよ」


 俺は全員になるべく集まってもらい、今度は六華の位置をめがけ一気に転移したのだった。



――――――――――――――――――――



 エイスティンから南へと伸びる街道から少し東に向かうと殆ど通る人が居ない旧街道がある。

 大きな馬車だとすれ違えない道の広さなので、新街道ができてからこの道を使う人はあまり居ないらしい。


 そんな旧街道から少し道を逸れた森の近くにその男は倒れていた。

 というか鎖でぐるぐる巻にされた状態で転がされていた。



「六華助かった」

『いや楽しかったぞ。ほぼ一本釣りだったよ』


 魔封で縛られ転がされている男へと近づきフードを巡る。

 意外にも若い……森人族ハイエルフだからそう見えるのだろうが、まだ二十歳そこそこのような金髪の青年だった。




「耳が……」


 その男の耳を見ると普通の人間のように見えたのだが、よく見ると両耳が切り取られたように短くなっていた。


「すいません、質問があるんですが」


 脅し気味に行こうかと思ったのだが、俺の見た目では笑われて終わりそうだったので、最初っから下手から行くことにした。


「エイミーという名の森人族ハイエルフのことを知りませんか?」

「……しっ、しらねぇよ!」


「おい貴様、おとなしく吐かないとその耳を根本から切り取るぞ?」


 まだ犯人だと確定していないため穏便に行こうと思っていたら、突然ミラが懐から取り出した銀色に光る短剣を男の耳へと当てた。

 

「ひっ、し、しらねぇよ! なんなんだお前ら!」


 マーガレットさんは二人組だと言っていたが、確かにこの男以外の姿は見えない。

 しかし「もう一人いますね」とマーガレットさんがあっさりともう一人の存在を看破したようだ。


 魔封の鎖でぐるぐる巻きになっているが、この魔技はあくまでも魔法の発動を封じるもので発動中の魔法の効力が切れるわけでもない。

 この男はなんらかの方法で一人を見えないようにしているのだろう。


 どちらにせよ、この男を殺さないとエイミーの存在が忘れ去られたままなのだ。

 無抵抗の男を殺すのは些か気後れするがそうも言ってられない。




「とりあえず命のあるうちに隠しているもう一人、出してください」


 もしこのまま殺せば、消えたままの可能性もあるためなるべく優しく男へとお願いする。


「だ、だから知らねえって」

「ねぇ貴方。私のこと覚えていない?」


 どうやって自白させようかなと考えていると、ミラが男の前にしゃがみ込み髪を掴んで男の顔を上げさせる。

 先程からのミラはメイド服こそ着込んでいるが、怖い人達を専門に対策する刑事さんの取り調べのようだ。


 後ろで手を縛られた状態の男は逆らうこともできずミラを見上げ、そして恐ろしいものを見たと言う表情へと変化していく。

 その変化具合は見事なもので、顔色も赤から真っ青へと変化してく様がはっきりと解るほどだった。




「どうやら、口も聞けなくなったようですね。仕方ありません。もう一度・・・・その耳、落としてあげます」

「……――っ!? やっ、やめてくれぇぇっっ!!」


 男は目が飛び出るのではないかと思うほど驚愕した表情を浮かべ、ガクガクと震え出す。


(……漏らした)


 顔を見ただけで失禁するなんて、ミラはこの男に何をしたのだろうか……。


「わっ、わかった、出す! 出すからアレだけは!! アレだけは勘弁してくれっ! 命だけはっ!」


 大の男がぼろぼろと涙を流しながら、何やら口を動かすとすぐ近くにスーッと大きな布バックのようなものが現れた。

 俺は慌ててその塊へと駆け寄り、口を縛ってある皮紐を急いで解く。





「……エイミー……よかった……」


 その中にはエイミーが手足を縛られた状態で入れられており、スヤスヤと寝息を立てていた。


「では……これで貴方は用無しです。禁呪の使用、及び陛下誘拐の罪で断罪します」


「ミラ、待って!」

「……はっ」


 ナイフを男の顔面に振り下ろそうとしていたミラを慌てて止める。

 男は恐怖のあまり気絶してしまったようで、ぴくりとも動かなくなった。


 何はともあれ、エイミーを拐った理由を聞かなければまた同じことが起こるかもしれない。


「ユキ、これが……エイミー……?」

「そうだよ……やっぱりわからないんだね」


「…………」


 アイナだけでなく、ケレスもクルジュもエイミーのことを覚えていない様子だった。

 それでもアイナはエイミーの縄をほどき、クルジュに毛布を渡すと地面に広げると、リーチェが膝枕をしてエイミーを横たわらせた。



「ミラ、とりあえず理由を聞きたいからちょっと借りるね」

「承知いたしました」


「ユキ、私が吸い出そうか? その方が隠してることも全部わかるよ?」

「……じゃあ死なない程度で」

「はいはい」


 確かに俺が『鑑定』で表層心理を調べるよりヴァルが使えるという魔術で記憶と知識を吸い出してもらったほうが確実だろうと、ヴァルにお願いする。

 ヴァルがナイフを取り出し、男の腕にスッと刃を滑らせ血を出させる。


 すると前回と同じように、男の腕から滲み出た血液が冗談のようにヴァルの掌へと向かい少しずつ集まり塊になっていく。


「ぁっ……がっ……ひっ、なっ、なにっ、何をしてるっ……ひぃっ、やめっ……!」

「これぐらいの出血じゃ死なないわよ。まったく男ってのはすぐに……」


 痛みで目を覚ました男が泣き言を言い始めるが、ヴァルは一笑して掌に集まった血液をゆらゆらと動かし始めた。

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