036話-怪しい男女
夕暮れの大通り。
まだ人通りがそれなりにある道のど真ん中で、後ろをつけてきた男をアイナが地面に押し倒し手首をひねり上げている。
王国軍諜報部と名乗った男は、地面に押さえつけられたまま顔を上げアイナを睨み上げる。
「諜報?」
「……とりあえず足を退けろ雌猫」
「……はんっ、あんたらが私たちに危害を加えないって保証があるなら退けてあげる」
まさに一足触発なアイナの表情。
ネコのように瞳孔を細め、そのまま押さえつけている首をへし折りそうな雰囲気を醸し出す。
だが相手も一筋縄ではいかないような様子だったので、俺は慌ててアイナを制止する。
「アイナ、離してあげて」
「ん……ユキがそういうなら」
アイナが渋々足を退けると男はゆっくりとした動きで立ち上がった。
服についたホコリをパンパンと払いながら、アイナと俺を交互に観察するように見回してくる。
「まさか気付かれてたとは思わなかった。俺は――」
「ぷはっ、あはははっ、あははははっ! せんぱーいダメダメじゃないですかぁ〜っ!」
「――っ!?」
男が目を細め何かを言いかけるが、それを遮るように俺たちの背後から女の笑い声が割り込んできた。
「……屋根にいたヤツね?」
「そうよーアイナちゃん初めましてぇ〜そっちのお嬢ちゃんは……リストになかったかなぁ〜ダレ?」
ケレスとよく似た色の髪色。
いや、もっと血のように赤く、頭の左右から真っ赤な蝙蝠の羽のようなものが生えていた。
――吸血鬼。
俺の第一印象はそれだった。
キラリと薄い唇の間から覗く冗談みたいに尖った犬歯。
指の爪も真っ赤な色をしている。
だが背が俺と同じぐらいなので、いまいち迫力は無い。
羽をぴこぴこと動かし、男の背中をバシバシ叩いている女の子。
「私がその質問してるのよ。あなたたちこそ諜報部のどなたさん?」
アイナが口角を釣り上げ、瞳を細め今にも飛びかかりそうな体制を取る。
夕方になり人通りがまばらになってきているとはいえ、通りかかる人たちが物珍しそうに俺たちを眺めて通り過ぎてゆく。
「あうっ……ちょっと、先輩。この人たちやっぱりヤバイですって〜帰りましょうよ〜」
「うっせぇ、ちょっとお前黙ってろ。すまない、俺はアウスという。こいつはヴァレンシア。例の伯爵の件で調査に来たんだが、屋敷に入れなくてな。それで、あんたらを探してたんだが、情報にない奴が隣にいたんで付けさせてもらったわけだ」
アウスと名乗った男が慌てたように口早に状況を説明しはじめる。
つまりハンナとヘレスの魔技で作った結界のせいで調査できないから解除してくれという事だった。
その説明に対して、俺が詳しく話を聞こうと口を開きかけたとき、突如アイナが動く――。
「ふぅん。じゃあ――死ねっ!」
アイナが突然片手を振りかぶったかと思った瞬間、その手に握られていた一本の剣が石畳を木っ端微塵に破壊し、辺りに石の破片が飛び散る。
いつもの腰に下げていた二本の短剣じゃなくて、どこから取り出したのかもわからない赤と黒のデザインの長剣。
だが目の前にいたアウスとヴァレンシアという二人は一瞬で姿を消しており、石畳にめり込んだアイナの剣があるだけだった。
「あ、アイナっ!?」
「ユキ伏せてて……そこっ!」
アイナに頭を押さえつけられ、道に座らせられる。
そしてアイナは片手で持っていた剣を両手に持ち帰ると、近くの屋根付近に向けて一閃した。
一瞬の後、屋根の日差し部分が冗談のようにスパッと切れると、重力に従い道へと落下してくる。
「……逃げられた」
「あ、アイナ……ど、どうしていきなり……」
「あいつら王国諜報部って名乗っていたけれど多分偽物よ。あの結界、今日の朝の時点で効力が切れているってハンナが言ってた」
「……昨日来て、中に入れずに俺たちを探し続けていたっていう線は?」
「身分証もらったでしょ? 関係者ならユキのことを知らないはずはない」
アイナの説明を聞くと、座長が用意してくれた俺の身分証はこの国の諜報関係の人に作ってもらったそうだ。
「それも入れ違いとか?」
「それに私、この国ではアイナって名乗っていないんだよね。あとは女の感……かなぁ。違ってたら謝っておくよ、あははっ」
けらけらと笑うアイナだが、街の中は大混乱……でもなかった。
よく見れば落下していた屋根の一部はサイコロステーキのような細かさになっており、当たって怪我をした人も居なさそうだ。
「それよりユキは大丈夫?」
「俺はアイナのおかげで……アイナこそ、その剣びっくりしたよ……どこから出したの?」
「ふふっ、ひみつ……って訳でもないけどこれはこうやって……ほら」
アイナが剣を一振りすると、髪留めのゴムのような紐につけられたキーホルダーのような形になった。
「あれ……これアイナの尻尾についてたやつ?」
「そうそう、付け根につけていたやつよ」
アイナの短パン……というかベルト部分につけられたアクセサリーだと思っていたのに、まさか尻尾に装備した剣だったとは思わなかった。
「じゃ、帰ろっか」
あたりを探したりしなくてもいいのかと思ったが、どうやら既に近くに気配はないらしい。
だが、流石に散らかしてしまったものだけは掃除したほうがいい。
俺たちはめんどくさがるアイナと一緒に、ひしゃげた石畳と落下したゴミをざっくり片付けて憲兵さんのような人を呼び止め事情を説明する。
めんどくさい書類とか書かなければならないのかなと思ったのだが、「あとはやっておくよ」と言われあっさりと解放されたのだった。
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