言いたいことは言わせていただきます!

「怪我に関しては、回復魔法をかければよろしいのではなくて? カティア嬢は、回復魔法の使い手であったと思いますけれど。それに、一週間前はわたくし、学園におりませんでしたのよ」


 うつむくようにして、シルヴィアーナは扇の陰で目を伏せる。あまりにも気落ちしているように見えたのか、彼女に手を差し出そうとした男子生徒がいた。


「馬鹿、今、この状況で出ていったら王家に目をつけられるぞ!」


 友人の言葉に、前に出かけた少年は、慌てて自分の位置へと戻る。そんな彼を、クリストファーはじろりとにらみつけた。


「学園にいなかったって、授業をさぼって何をしていたんだ?」


 その点もまたクリストファーの攻撃ポイントとなったらしい。シルヴィアーナの方は、その点もきちんと打ち返す準備をしていた。


「一週間前は、卒業試験も終わり、授業はありませんでした。時間ができたので、わたくし、いたいけなご老人の頼みでダンジョンに大根を掘りに行っておりましたのよ?」

「……はぁっ!?」


 ダンジョンに大根を掘りに行く――令嬢の口から出るのに、これほど不適切な言葉もなかなかない。はたして、シルヴィアーナの言葉に、大講堂中がしんと静まり返った。


「ダンジョンに、大根……」

「ええ。ダンジョン産の野菜は、味がよくて栄養価も高い。ポーションの材料としても使われるのですもの。いたいけなご老人にお願いされれば、掘りに行くのは若い者の務めですわ。わたくし達はその能力を持ち合わせているのですもの」


 シルヴィアーナの説明に、一同、うなずく。

ここ聖エイディーネ学園は、国内外の優秀な少年少女を集めて養育するための教育機関だ。国内最高峰の教育機関とされ、基本的に平民は入学を許されない。

 この世界において、『ダンジョン』というものは恐れるべき場所であるのと同時に、実りをもたらす場所でもある。

 ダンジョンから生まれる魔物は、畑を荒らしたり、人を襲ったりと害を及ぼす。そのため、魔物が徘徊するダンジョンは恐れられている。


 聖エイディーネ学園に王侯貴族の子女が通うのも、ダンジョンから発生する魔物に対峙するのは、王侯貴族として当然の義務だからなのだ。

 そして、カティアのようにごくまれに非常に優秀であるとされた者のみ、入学を許される。

 というのも、ダンジョンから発生した魔物の落とす魔石は、膨大な魔力を内蔵している。どういう原理なのかは現在研究中なのだが、貴重な薬草が採取できたり、栄養価が高くおいしい野菜や果物が採取できたりする。

 貴族が、ダンジョンの外で民を守るのを義務とするならば、積極的にダンジョンに入っていくのが冒険者と呼ばれる人達だ。


 昔は組織化されていなかったものの、今は冒険者ギルドという組織ができている。冒険者ギルドは国から独立した組織ではあるが、いざという時には国と協力して動くことにもなっている。

 卒業した平民出身者は、冒険者ギルドに属してダンジョンの探索にあたったり、ポーションの作成に携わるのが基本の進路なのだ。


「でまかせだ! 学生は、ダンジョンへ授業外で行くのは許されていない!」

「特例というものがございますのよ、殿下」


 貴族の子女を預かることから、聖エイディーネ学園では、卒業前に冒険者ギルドに所属することは許されていない。冒険者ギルドに所属することイコール、ダンジョンに入る許可を得たことになるからだ。

 特に優秀な学生に限り、卒業前に冒険者ギルドに属することを許されるケースもあるが、それは特例中の特例であり、ここ何十年かは例がない。

 シルヴィアーナが優秀な学生であるのは皆知っているが、メルコリーニ家のご令嬢である彼女が冒険者ギルドに属しているなどという話は出たことがない。

 クリストファーは、その点を攻撃材料に使い始めた。


「シルヴィアーナ・メルコリーニなどという冒険者がいるなんて聞いたことがない!」

「偽名を使っておりますもの。わたくしが、冒険者としてダンジョンに潜っているなんて知られたら大騒ぎになりますわ。特例ですのよ、特例」


 優美な仕草で、シルヴィアーナは手を振る。手を振ったかと思えば、そこに現れたのは銀のカードだった。


「シルヴィ・リーニ。これでもS級冒険者ですの。ダンジョンに入った記録は、すべて受付がとっていますから、わたくしのアリバイは証明できると思いますわ」


 姓も名も、単に本名の一部を取っただけ。

それでも誰もシルヴィアーナとシルヴィが同一人物であると気づかなかったのは、公爵家の令嬢があえて冒険者として活動するなんて今まで例がなかったからだ。


「この半年ほどの間、わたくしも殿下と結婚するのは嫌だなー、ものすごく嫌だなー、破談にしたいなーと思っておりましたの。ですから、今回の件、渡りに船というものですわ――」


 右足を一歩後ろに引き、シルヴィアーナはその場で頭を垂れる。王族への最大限の敬意を込めて。


「それでは、わたくし、これで失礼させていただきます。こういう状況ですから、卒業式は欠席させていただきますが、お許しいただけますわね?」


 その瞬間、彼女の姿は光に包まれ、大講堂から消え失せたのだった。

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