どうやって後宮に乗り込もうか

 フライネ王国。


 この国ベルニウム王国とは国境を接していて、南に位置する国だ。


 国境ひとつ挟んだだけで、人の行き来があまり盛んではないからか、ずいぶん国風が違う。


 一夫一妻制度を貫き、金持ちが愛人を囲うのはしかたないことかもしれないが、誉められたことではないという風潮のベルニウム王国に対し、フライネ王国は一夫多妻が許されている。


 とはいえ、複数の妻が許されるのは、全員を大切にすることのできる甲斐性のある男性に限られている。妻を複数持つならば、どの妻にも不自由な思いはさせてはならないのだ。


 複数の妻を持つのは、貴族や資産家に限られている。そして、特に王宮には後宮制度があった。


 多数の女性を皇宮に集め、正妃以下側妃や愛妾、彼女達に仕える使用人が一つ屋根の下で暮らすという地獄のようなシステムである。


 ゲームの中でも、フライネ王国についてはたいした情報はなかった。シルヴィ自身、特に用事もなかったので、今まで訪れたことはない。


「……でもまあ、後宮まで連れていかれたっていうのはあり得る話かも」


 不意にシルヴィが言ったので、皆驚いたようにこちらを見た。


「フライネ王宮に連れていかれて、後宮に入れられたならあとを追えなくても不自然じゃないわね。それに、あの転送陣はフライネ王国の流儀で描かれていたと思うの。あの国の流儀にもいろいろあるだろうから、確実ではないけれど」


 たしか、今の国王はマヌエルという。後宮に女性を囲うくらいだから、女性好きではあるのだろう。フライネ王国という名を聞いてエドガーがものすごく渋い顔になった。


「あそこは……いろいろあるからな……」


「女性好き以外にも?」


「公爵やシルヴィならよく知っているだろう。あそこの後宮は、特に秘密主義だ。正妃以外の妃は、外交の場に出て来ることもほとんどないからな」


 後宮そのものの発展が独自というわけではない。要は国の成り立ちがそもそも違いすぎて話の通じる相手ではないのだ。


「ねぇ、シルヴィ。たしか、フライネ王国って昔魔族が住んでいたダンジョンがあったわよね?」


「ええ。そのダンジョンを利用して、後宮に使っているけど……あ、そうか」


 もしかして、カティアが連れ去られたのは、魔族がカティアを利用しようとしている可能性も考えた方がいいのではないだろうか。


一度魔族に乗っ取られた人間は、再び魔族の影響を受ける可能性が高い。もし、あの魔族が逃げていたとしたら、カティアは絶好の器だろう。


「――それって、大変なことになるんじゃないか? ウルディみたいなことになったら」


 立ち直ったジールが、心配そうな表情になる。


 この状況から、どう調べていけばいいのだろう。


(……となれば、中から調べるしかないか)


 もちろん、後宮の中にいるとは限らない。だが、フライネ王国内にいる可能性は非常に高いように思えてきた。


「――私が行く」


 手を上げたシルヴィに、一同の視線が突き刺さる。


「シルヴィが行くって、いったいどうやって」


「そうねぇ……お父様が、この際王家を見限って、フライネ王国に接近するというのはどうかしら。お近づきのしるしとして、マヌエル王に親族を嫁がせるの」


「――シルヴィ!」


 シルヴィの言葉に驚いた様子でエドガーが立ち上がる。テーブルに手をつき、こちらに身を乗り出しかけた彼だったけれど、すぐに椅子に腰を下ろした。


「そうだよな……我が家は、公爵家に迷惑ばかりかけてるからな……そもそも俺もシルヴィに無礼な」


「はい、そこまで。何も本気で、王家を見限れと言っているわけではなくて。そういう名目で、マヌエル王に近づくというのはどうかしら? 遠縁の娘を養女にして、後宮に入れてくれと言えば、それなりに話は進むと思うのよ」


 シルヴィの描いた筋書きはこうだ。


 ベルニウム王国の王家を見限ったメルコリーニ公爵家は、フライネ王国との関係を強化しようとしている。そのため、遠縁の娘をマヌエル王に差し出すことにする――というわけだ。


「遠縁の娘って、わざわざそんな風に装う必要はあるのか?」


「あるわよ。一夫多妻制のところに、大切な一人娘を差し出すわけはないでしょ――メルコリーニ家の娘ってだけで利用価値はあるもの。遠縁の娘を差し出す方が自然だわ」


本家の一人娘を差し出すことはしなくとも、縁者を差し出せば、メルコリーニ家はフライネ王国に対して敬意を払っているという証にはなる。


本家の娘であるシルヴィを行かせないのは、現時点でベルニウム王家を正面切って敵に回すのは得策ではないためという理由で世間は納得してくれる。


実際は敵に回したところでこちらは痛くもかゆくもないのだが、それはそれ、これはこれである。


そうやって、中に入ってしまえばこちらのものだ。シルヴィならば、後宮の人間とやり合ったところで身の危険はさほどないし、その方が早く決着がつく。


「しかし、後宮に入るってそんなに簡単にできるものなのか?」


「お父様が理由をつけて、会いに行ってその場で置いてくればいいのよ。メルコリーニ家の娘じゃなくて遠縁の娘だもの。置いて帰るのにためらいはない……と思うんじゃないかしら」


 シルヴィ自身の名を使わないのは、シルヴィアーナ・メルコリーニとシルヴィ・リーニが同一人物であるという情報が相手に知られているのを考慮してのこと。


 知られていた場合、シルヴィ本人が行けば、「なんでS級冒険者が来たのだ」という話になりかねない。S級冒険者ほどの能力を持っている者が、わざわざ籠の鳥になりたがるだなんて不自然以外のなにものでもない。


 シルヴィ本人より、遠縁の娘の方が先方としても受け入れやすいはずだ。




 さらにもうひとつ。メルコリーニ家の娘が、わざわざ他国の一夫多妻制の国に嫁ぐ必要はない。クリストファーとの縁談がなくなったとはいえ、メルコリーニ家と結びつきたい貴族は山ほどいるからだ。


「――その点、遠縁の娘ならば、駒にしても問題はない、というわけか」


 さすがにエドガーはシルヴィの作戦を、即座に理解したようだった。こういう時、捨て駒にされるのは娘ではなく養女ということが多い。


「ええ。だから、変装した方がいいと思うのよ。髪を染めて、目の色変えて、メイクすれば、それなりに別人に見えると思うのよね」


 化粧品の選び方一つ、化粧筆の選び方ひとつで、驚くほど顔が変わる。


 特にシルヴィの場合、特徴的なのは髪の色と目の色だ。そこさえ変えてしまえば、別人のように見せるのは難しくない。


「だが、しかし――」


 エドガーはまだ渋い顔だ。だが、シルヴィはそうすることに決めた。


(それに、カティア嬢についていた魔族の存在も気になるのよね)


 今までは、カティアはエイディーネの加護のもと厳重に守られていた。そのカティアが、神殿をはなれたことで、魔族が動き出す可能性も否定はできない。

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