報酬をはずんでもらえるならかまいませんが
翌日、シルヴィは他の二人に農場を任せ、一度王都にある公爵邸へと戻った。
公爵家令嬢シルヴィアーナとしての体裁を整えるためである。シルヴィは、悪役令嬢時代しばしば身に着けていた赤いドレスを身に着けて、王宮へと上がった。父と母も同行している。
「久しいな、シルヴィアーナ嬢。息災だったか」
「はい、陛下」
メルコリーニ家一行が通されたのは、謁見の間ではなく会議に使われる部屋だった。
謁見の間もそうなのだが、会議に使われる部屋には、外に音声が漏れないような魔術が張り巡らされている。
「ウルディのその後の様子について、そなたから聞かせてほしいのだ。シルヴィアーナ嬢」
クリストファーとカティアの二人にやりたい放題やらせていたあたり、なかなか頼りない国王なのだが、呪いが解けた今は自分のやるべきことはきちんとやっている。
やり手ではないし、しばしば王の背後に、ハリセンを構えた父の幻影が見えるのは気のせいだ、きっと。今もシルヴィの背後にいる父の方から、ぴりぴりとした空気を感じている。
一人娘であるシルヴィに対する王家のふるまいに父は腹を立てているため、国王との仲はかならずしもしっくりいっているというわけではないのだ。
父は自分の立場を逸脱するつもりもないから、メルコリーニ家が王座を簒奪するなんてことはありえないが。
「その後の様子といいますと? エドガー殿下からお聞きでしょうに」
「まあ、それはそうなんだがな。ダンジョンの様子に変化はなかったか?」
「そうですわねぇ……」
上品な仕草で、扇を顎に当てたシルヴィは考え込んだ。ウルディが魔物に襲われた以降、大きな変化はあっただろうか。
「低級な魔物が、ダンジョンの外にまでさ迷い出るケースが増えたかもしれません。以前はホーンラビットくらいだったのですけれども……昨日は、ゴブリンを退治することになりました」
ウルディは田舎だし、めぼしいダンジョンも以前は存在しなかった。そのため、どちらかと言えば初級冒険者が、自らを訓練する場として選ぶことが多い。
ウルディで経験をつみ、ランクアップしてから他の地にあるもっと厳しいダンジョンに向かうというのが、比較的安全とされている手だ。
最近では、『S級冒険者直々の訓練が受けられる』という噂になって、中級冒険者もちらほら訪れるようになってはいるが経験をつんだ冒険者にとって魅力のある町というわけではないのである。
「ゴブリンか……それから?」
「それ以外は、特に。大発生のあとであることを考えれば、ダンジョンの中が変化するのも当然ですし……さほど、強力な魔物が出るようになったというわけでもないので深くは気にしていなかったのですけれど」
ダンジョンに現れる魔物は、たいてい決まっているものだ。ダンジョンに現れる魔物が変わった場合、ダンジョンの内部でなんらかの変化が起こっている可能性も高い。
「他には何かないか? シルヴィアーナ嬢の目から見て、怪しいと思われる動きは?」
「特にありません……出る魔物の種類は多少変わりましたが、比較的弱い魔物しか出現しないので、あまり気に留めておりませんでした」
表情を引き締め、シルヴィは扇をぎゅっと握りしめた。
(調べておいた方がよかったかしら?)
あのダンジョンは、新たにできたものだが、クリストファーが大きくかかわっている。ダンジョンが出来上がる経緯というのはまだ解明されていないために、何かと不安なのだろう。
「ギルドマスターと相談して、調査をした方がよろしいですか?」
「そうだな、頼む――それについては」
シルヴィの背後に目をやった王は、そこで言葉を切ってしまった。
シルヴィは首をかしげて王を見つめた。シルヴィの背後からシルヴィへと視線を戻した王は、こほんと咳ばらいをして続けた。
「ギルドに依頼を出すのだ。報酬は、たっぷり弾むことにしよう」
「ありがとうございます、陛下」
その瞬間、背後から発せられていた恐ろしい気配が消滅した。シルヴィの背後にいる父を見て、婚約破棄の時点で慰謝料をふんだくられたことを思い出したらしい。
王家が報酬をはずんでくれるというのであれば、喜んでいただくつもりである。断る理由はない。
「……それと、クリストファーについてであるが」
王の表情が、いくぶん厳しいものに変化した。シルヴィの後ろにいる両親が、また厳しい顔になる。
クリストファーは、王宮の中、他の者が出入りできない場所に監禁されている。それは、クリストファーのしでかしたことを、民には知らせないためだった。
カティアと恋に落ちたクリストファーは、すさまじい勢いで能力を伸ばした。以前ならば優秀な人材が集まるエイディーネ学園の中では凡庸な部類と言われていたのに、その面影もなくなるほど。
――けれど、それは。
魔族との取引によって得られた力であった。
クリストファー自身は魔族と結んだつもりはなかっただろうが、カティアにとりついた魔族の呪いに影響されていたのだから、どうしようもない。
「……殿下は」
シルヴィは首を横に振った。
かつては、婚約者であった相手だが、クリストファーに対する感情は複雑だ。
彼との結婚を喜んで受け入れたわけではない。だが、結婚するとなったら、全力で支えようとも思っていた。
それでも、カティアが姿を見せた時――シルヴィは彼女と争うのではなく、クリストファーの手を離す方を選択した。その方が楽だったし、”ゲーム”の進行には逆らうべきではないとも思ったから。
結局、それがクリストファーの破滅を招いたのかもしれない。
王太子としての地位をはく奪され、高い塔から生涯出ることも許されない。家族が塔まで足を運べば顔を合わせることはできるが、今までとは家族との関係も変わってしまっただろう。
「殿下は、自分でしたことの責任は自分でとるべきです」
たとえ、それが望んだ未来とは違ったものであったとしても、その道を行くと決めたのはクリストファー自身だ。
「ああ。クリストファーについては、生涯牢から出すつもりはない。いや、出すべきではない。今のところ、魔族の影響からは抜けたようであるが、油断はできない」
魔族の影響から抜け出しても、クリストファーの得た力はすべて失われたわけではなかった。
ダンジョンに魔物を呼び出したり、その魔物にシルヴィを食わせようとしたり。王宮の禁書保管から得た知識は、まだ、彼の頭の中に残っている。
「……カティアという娘についてだが」
「はい」
「彼女にとりついた魔族は姿を消した。再び姿を現すことがあるかもしれないが、その時には、全力で立ち向かうつもりだ。それと、彼女については、エイディーネ神殿での奉仕活動を義務付けている」
エイディーネ神殿は、王宮と同じかそれ以上に厳重に守られた場所だ。
再びカティアの力を利用しようとする者が現れても、エイディーネ神殿に侵入して彼女を利用するのは難しいだろう。
「だが、フライネ王国が、カティアを国に訪問させるように申し入れてきた」
「フライネ王国が、ですか?」
シルヴィは首を傾げた。フライネ王国と言えば、この国の南の方にある国だ。なかなかの秘密主義で、一応国交はあるのだが、向こう側からの情報はほとんど入ってこないのだ。
「フライネ王の側妃の一人が病気だそうだ。カティア嬢の治療を受けたいので、派遣してもらえないかという話があったそうだよ」
背後にいる父が、そう教えてくれた。
「それでしたら、私が行ってもいいのだけれど……なぜか、私は断られたのよね。カティア嬢でなくてはならないと」
回復魔術の使い手という意味では、母の方がカティアより上だ。経験値だって、母の方が積んでいる。だが、先方がカティアにこだわる理由は何なのだろう。
「――その要求は、撥ねつけてください、陛下」
魔族はめったに出没するものではないため、確信のある情報ではないのだが、一度魔族に乗っ取られた人間は、再び魔族の影響を受ける可能性が高いとされている。
それに、あの時魔族を退けることには成功したが、確実に仕留めたという確認はできていない。精神体だけの魔族だから、死体も確認できなかったのだ。
「そうするつもりでいる――エイディーネ神殿にも彼女への監視は強化するようにと命じておく。ただ、シルヴィアーナ嬢には伝えておく必要があったと思ったのだ」
「感謝します、陛下」
今日のところは、これで終わりらしい。シルヴィは、両親と共に王の前から退室したのだった。
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