新しい取引相手はできる男のようで
フライネ王国の動きは気になるけれど、要求をはねのけたところで、問題は発生しないだろう。 フライネ王国は、ベルニウム王国に対してそれほどの影響力があるわけではない。
(私にできることってないものね。神殿の方には、お母様が手を回した方が早いし)
というわけで、シルヴィはあいかわらず自分の農場で、スローライフを満喫中である。あれ以来、ゴブリンの出現が増えたので、”ご近所づきあい”もなかなか大変なのだ。
ご近所づきあいを頑張る度に、近隣の住民が自分の農場で採れた作物だの手料理や手作りスイーツだのを差し入れてくれるのでシルヴィ農場の食卓は日々潤っている。
そんなある日、シルヴィのところに一人の男性が訪ねてきた。
カーティス・ポロマレフ、ウルディで大規模な農場を営んでいる男性である。
大規模農場を経営するだけではなく、収穫した作物を加工して売ったり、日用品の売買を行ったりと、前世で言うところの企業化農場を経営していると言えばいいだろうか。
先日シルヴィにぶっつぶされたドライデン商会とは違い、カーティスの経営するポロマレフ商会は闇社会とはかかわりがなく、いたって健全な経営状況である。
「シルヴィ・リーニ嬢。あなたに、お願いがある」
「……なんでしょう?」
けっこう切羽詰まっているのではないかと、彼の表情を見て判断したシルヴィは、話を聞くことにした。
購入した時にはそこそこ広いように思っていたシルヴィの家は、今やけっこう手狭である。
二階には三部屋あるが、それは同居人達とシルヴィの寝室だ。一階は、キッチンや水回りをのぞけば、エドガーが仕事をしたりシルヴィがハンドメイドの小物を作ったりするのに使っている部屋ともう一部屋しかない。
その一部屋に彼を通し、向かい合うようにしてソファに腰を下ろした。
「――あなたを、一流の冒険者と見込んでお願いしたいことがある。あなたは、しばしばダンジョンに赴くと聞いている」
「ええ、まあ……そうね。我が家には偏食なペットがいるから」
「むきゅっ」
ペットではないと言わんばかりに、シルヴィの足元でギュニオンが鳴き声を上げる。
ちなみに今日、エドガーは王宮だし、ジールとテレーズはギュニオンの林檎を取りに遠出をしているので、今、この家にいるのはシルヴィ一人だった。
「……私の仕事についてはご存じでしょう」
「ええ。ダンジョン産の苗や種から、作物を育てているのでしょう? ポロマレフ商会の育てる農作物は、質がよいと聞いているわ」
シルヴィも畑は持っているし、シルヴィの畑で育てられている作物は非常に出来がよい。
だが、これはシルヴィが精霊達の力を借りたり、自分が身につけた魔術で作物の生育を手助けしたりしているからである。
ポロマレフ商会も、ただ作物を育てるだけではなく、精霊魔術の使い手を雇って、農作物の栽培に彼らを利用している。普通の農場ではこんなことはできない。
「――あなたの畑ほどではありませんよ。あなたが、冒険者をやめて農業に注力するというのなら、我が商会と契約を結んでいただきたいほどだ」
「それは難しいでしょうね」
シルヴィは、自分の能力を必要以上に使うつもりはない。
いずれ公爵家に戻らねばならない身分だし、その時には農場は信頼できる人に任せ、時々様子を見に戻るつもりだ。
その時、ウルディに住む人達がシルヴィなしではやっていけないということになっては困る。 初級冒険者達を鍛えているのもそのためだ。
「それは、わかっていますよ。ですが、あなたに協力をお願いするくらいならいいでしょう。ギルドマスターの許可も取ってありますし」
「あら、まあ」
シルヴィは目をぱちぱちとさせた。
腰は低いが、仕事は速い。先にギルドマスターの許可を得てきているというのであれば、シルヴィはとりあえず聞くしかない。
いきなりここに押しかけてきたのは、ギルドマスターのところに行ったその足でここに来たからだろう。
(……仕事の速い人は好きだわ)
女性の一人のところに押しかけてくるのはどうかと思うが、今日はたまたま皆出払っているだけ。シルヴィの身に危険が迫ることなどめったにないし、話を先に進めようというその意思の方をシルヴィは買った。
冒険者ギルド経由の依頼でも、シルヴィには受けなければならないという理由はない。シルヴィは、彼の前に、紅茶のカップを置いた。
「――ドライデン商会がなくなったのを、我が商会としては商機だと思いましたよ。あの商会には、いろいろと手を焼いていましたからね」
「まあ、そうでしょうね……あれは、彼の自爆だったけれど」
「そこで、経営を拡張しようとしていたのですが、そこで起こったのがあの大発生です。我が商会は、大変な損失を受けました」
ウルディの町事態の被害は、さほど大きくはなかった。何軒か倒された建物はあるが、町民に死者は出ていない。
その程度ですんだのは、シルヴィだけではなく多数の冒険者が町を守るために戦ったからだった。その大発生の発生原因がクリストファーであったということを思えばなかなか複雑になってしまうけれど。
「それに、ウルディは田舎町だ。今はまだいい――あなたがいる。でも、あなたもいつまでもここに住んでいるとは限らない」
にこにことしながら、カーティスは話を進めるけれど、シルヴィは内心ふんふんと彼の話を聞いていた。
(私がここに永住するつもりはないって見抜いてるってことね。私がメルコリーニ家の娘ということは知らないかもしれないけれど)
この近辺では、かなりの勢力を持つ商会主ではあるが、王宮に出入りできるような身分ではない。
この町に来てからのシルヴィの様子で永住するつもりないこと に気づいているのだとしたら、やはり油断してはならない相手だ。
「それで、ポロマレフさん。私にご相談と言うのは?」
こういう相手と仕事をしたら、きっと面白いことができる。シルヴィは、姿勢を正すとカーティスの話を聞く体勢に入った。
「ポテトマンドラゴラの採取をお願いしたい」
「ポテトマンドラゴラ……」
あまりにも思いがけない植物の名前が出てきたので、シルヴィも思わず目を瞬かせた。
ポテトマンドラゴラとは、マンドラゴラの一種である。
この世界におけるマンドラゴラは、味も食感もニンジンによく似ているのだが、ポテトマンドラゴラは、サツマイモに似ている。引き抜かれた瞬間の鳴き声で相手を殺すという習性は、通常のマンドラゴラと同じで、ポーションの材料に使われることが多い。
それを取ってこいとはどういうことだろうか。
首をかしげているシルヴィとは対照的に、ポロマレフはにこにことした表情を崩さない。シルヴィの足元にいるギュニオンはそわそわとしていて、ふんふんとカーティスの鞄の匂いをかいでいる。
「こら、ギュニオン。こっちにいらっしゃい」
シルヴィが首を掴んで引き戻すと、ギュニオンは不機嫌そうなうなり声をあげた。それでも、おとなしく戻ってきて、シルヴィの前で丸くなった。
「どうぞ、カーティスと呼んでください。シルヴィさん」
「では、遠慮なくカーティスさん。ポテトマンドラゴラは、このあたりのダンジョンでは取れませんよね? 出張することになりますけど……」
ウルディ近郊のダンジョンで収穫できる作物については、シルヴィはきちんと把握している。今のところ、ポテトマンドラゴラが産出されたという話は聞いていない。
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