マンドラゴラが採れるようになりました
「ウルディのダンジョンで産出するようになったのですよ。実にありがたいことですね」
シルヴィを驚かせたて、機嫌がよくなったようだ。カーティスはにこにことしている。たしかにポテトマンドラゴラが採れるようになれば、この町も潤うだろう。
たいしたダンジョンもないし、魔物の攻撃をくらったばかりなので、新しい特産品というのは町の復興に役立つはずだ。
「……それは知らなかったわ。ポテトマンドラゴラが採れるなら、たしかに取ってきた方がよさそう」
引き抜いた瞬間の鳴き声で、命を落とすという点については二人とも心配はしていない。このあたり、シルヴィならば慣れっこだからである。
だが、洞窟から採取してきて売るだけでは限界がある。ダンジョンから取ってきて売るだけで、特産品とまで言えるだろうか。加工とかするならばまだ話はわかるけれど。
(でも、ポロマレフ商会には、加工場もあったはずだから……ポーションにするつもりなのかしら)
なんて考えていたシルヴィの予想は思いきり裏切られた。カーティスはシルヴィの想像以上に野心家だったようだ。彼は、「明日の朝は目玉焼きにする」と言うのと同じくらいの気安さでさらりと言ってのけた。
「ポテトマンドラゴラを、我が商会の畑で育てようと思いまして」
「……はぃ?」
思わずシルヴィも目を見開いた。
普通の人間はマンドラゴラを抜くことなどないだろうが、ポテトマンドラゴラを引っこ抜くイコール死である。
マンドラゴラは 自力では移動できないし、引き抜く瞬間さえ気をつければさしたる危険もないため、魔物と植物の中間に位置する生物とされている。
魔物の飼育は禁じられているが、マンドラゴラの”栽培”は許されている。それを踏まえればたしかに畑で育てることは可能だ。
だが、危険物であることにはかわりがなく、大々的に育てるよりは、ポーションを作る職人などが最低限必要な数を育てる程度のものである。
「シルヴィさんは、我が商会の農場についてどこまでご存じですか?」
「……たいしたことは知らないわね。ダンジョンから採取してきた種や苗から育てた作物とその加工品をメインに取引しているということくらいしか」
カーティスの商会では、農作業にあたる人員の他、何人かの冒険者を専属として雇っているのだという。ダンジョンに種や苗を取りにいくのはその冒険者達だ。
冒険者家業というのは基本的には自由業であるが、条件を満たせば、専属契約も可能だ。その条件と言うのは、主に金銭面であるが。
「それでポテトマンドラゴラ? たしかに、農場で栽培している例は他にはないと思うけれど……」
マンドラゴラもポテトマンドラゴラも、ポーションの材料として使われる貴重な作物である。農場で育てて安定的に供給できるようになれば、特産物と言ってもいいだろう。
「栽培方法については我が商会のポーション職人の手を借りれば見つけられるでしょうし、畑で育てている間の警護についても冒険者達にお願いできる。収穫については注意が必要ですが――その点についてもなんとかなると考えています」
たしかに、ウルディにはたいした特産品もない。それをどうにかしようというカーティスの意気込みをシルヴィは買った。
「私は安くないんだけど、大丈夫?」
心意気を買ったので、ご近所づきあいの延長で受けてもいいと思っていた。だが、カーティスはその点でもシルヴィの予想を超えてきた。
「もちろん、その点も考慮しておりますよ。金貨二百枚でいかがでしょう。たしか、A級冒険者の方が二人同居しておられましたね。その方々にも同じ金額でお支払いしたいと考えております」
金貨二百枚となると、日本円に換算して二百万程度だ。たいして難しくもないダンジョンに行ってマンドラゴラを採取してくるだけにしては非常に高い。
シルヴィの立場に敬意を払って、上乗せしてくれているということがシルヴィにも理解できた。
「……わかった。林檎があったら採取するけど、それは私がもらうってことでいいかしら」
「ドラゴンの食事ですね。もちろん、よろしいですとも」
シルヴィの家に住んでいるドラゴンはダンジョン産の林檎しか食べないというのは、ウルディでは非常によく知られているようだ。シルヴィの申し出を、カーティスはあっさりと受け入れた。
そうそう、と思い出したようにカーティスは鞄の中に手をやった。そして、中から取り出した籠をシルヴィの前に置いた。平らな鞄から籠が出てきたところを見ると、カーティスの鞄も、”ナンデモハイール”のようだ。
「申し訳ない。手土産を忘れておりました」
「もきゅ! もっきゅう!」
籠を見るなり、先ほどからそわそわしていたギュニオンが大騒ぎを始めた。籠に頭を突っ込み、尾をばたばたと振っている。
「わお! ゴールデンアップル! ありがとう!」
ゴールデンアップルは、ダンジョン産の林檎の中でも特に味のよい高級品だ。林檎ひとつで、金貨五枚もの値が付くこともあるという。
ダンジョン産の林檎しか食べないギュニオンが、大騒ぎするのも納得の一品であった。
「ダンジョン産ですので、ドラゴンも食べられるでしょう」
「もきゅっ! ふぎゃああああっ!」
先ほどからそわそわとギュニオンが落ち着かないと思ったら、カーティスの持ってきた林檎が気になってしかたなかったらしい。
(……やるわね……!)
さすが商売人というべきなのだろう。
シルヴィだけではなく、ギュニオンの篭絡にかかってくるあたり、わかっているとしか言いようがない。
「わかったわ。その依頼、引き受ける。細かい条件については、ギルドマスターを交えて打ち合わせることにしましょう。私、勝手に動かない方がいいから」
「では、明日、冒険者ギルドでお会いできますか?」
「いいわ。では、また明日」
シルヴィが、カーティスを見送りに出ると、ちょうどちょこちょことゴレ蔵が収穫した野菜を抱えて戻ってくるところだった。キャベツと大根、ほうれん草である。
「これはこれは……」
ゴレ蔵を見て、カーティスはあっけにとられたような表情になった。シルヴィは手をぱたぱたとさせて、彼の注意をこちらに向けようとする。
「ごめんなさいね、簡素な顔面で。私、ゴーレムづくりはまだ練習中なのよ」
機能の面ではさほど不満はないのだが、顔面の作りについては思いきり不満がある。
「いえ、なかなか機能的でいいと思いますよ」
このゴーレムを見て、そんな回答をするあたり、実に心得ている。カーティスとはいい取引ができそうだと安堵した。
だが、スローライフをしている間に、もうちょっとましなゴーレムを作れるようになりたいとシルヴィは思った。
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