ダンジョン内でティータイム

 カーティスが訪れてから三日後。

 ギルドを通じてきちんとした契約を結んだシルヴィは、ジールとテレーズと共にダンジョンを訪れた。

 近所のダンジョンに行くだけだから、三人とも比較的気楽な格好だ。一応ジールとテレーズは武器を持ってはいるが、防具は軽装。シルヴィにいたっては肩から鞄をぶらさげている以外は手ぶらである。

 ――いや、ダンジョンを訪れたのは三人だけではなかった。


「――俺の存在忘れてないか?」

「いや、忘れたわけではないのだけどね?」


 もう一人、エドガーがついてきている。

 それでいいのか王子と思わないわけではないが、シルヴィがとやかく言えるところでもないのでその点についてはあえて触れないようにしてきた。

 ちなみに、エドガーは勝手についてきているだけなので、カーティスからの謝礼金は入らない。カーティスは払ってくれようとしたのだが、エドガー自身が断った。


(王族がギルドから謝礼をもらうというのも変な話だしねぇ……)


 なんてシルヴィは思いながら足を進める。

 前回、ウルディが攻撃された時のことを反省点とし、エドガーは最近ますます自身を鍛えているようだ。以前から王族としては十分強かったのだが、今の彼の脚運びを見ているだけでも相当強くなっているのがわかる。


「もきゅきゅっ」


 ついでに、もう一人――じゃなかったもう一匹。エドガーの肩の上に乗っているのはギュニオンだ。自分の足で歩けばよさそうなものなのに、歩くつもりはないらしい。

 最近はギュニオンだけでも留守番できるようにはなってきたけれど、やはり待っているのは退屈なのだろう。このあたりならさしたる危険はなさそうなので、ギュニオンの好きなようにさせている。

 先頭をジールが行き、テレーズ、エドガーと続いて最後尾はシルヴィだ。風の精霊ヴェントスを先に行かせ、危険がないように見てもらっているのもいつも通りと言えばいつも通りだ。


「ひとつ聞いてもいいか?」


 歩きながら、こちらを振り返ったエドガーが問いかけてくる。彼の肩の上にいるギュニオンも、同じようにこちらに振り返って首をかしげた。


「私でわかることならいいけど」

「このダンジョン、前に来た時とずいぶん道が変わってないか? というか、壁に生えてる植物の種類も変わってるし、出てくる魔物も前とちょっと違うよな」


 周囲を見てないと思っていたら、シルヴィの五階だったらしい。

 彼の手には以前このダンジョンを訪れた冒険者達の話をもとに冒険者ギルドが作ったマップ――冒険者ギルドで購入できる――があって、そこにはなにやらいろいろとメモが書かれているようだ。

 ――実に真面目と言えば真面目である。


「ああ、それね。ダンジョンってどういう理屈かよくわからないけれど、大発生が起こったりすると中の様子が変化するというのは実はわりとよくあることなのよね」


 このダンジョンは、ウルディ近郊のダンジョンの中では、一番新しいものであり、先日ウルディの大発生の原因となった魔物が生息していた場所だ。

 中の様子が変化していてもおかしくはない。


「それって、いろいろと大変だよな? 中の様子がわからないんだろ?」

「まあ、そういうことにはなるわよね。だから、このダンジョン、もう一度調査隊が入っているもの」


 シルヴィにも声がかかったのだが、先日、ウルディの守りにあたった時の様子から、この近郊に住んでいる冒険者達に任せても大丈夫だという結論に至っていた。

 そのため、何かあれば救出に駆け付けるという話はギルドとしたものの、積極的に調査隊には入らなかったのである。


「そうなのか。知らないことだらけだな――じゃあ、地図は新しく作らないとだめってことか」

「そうね。たぶん、数日中には、新しいダンジョンの地図が見られるようになるんじゃないかしら」


 と、シルヴィは足を止めた。どうやら、この先に魔物がいるようだ。


「――というわけなんだけどどうする?」

「じゃあ、俺が」


 エドガーの腰にある剣は、シルヴィがどこぞのダンジョンで拾ってきたものだ。雷属性のエドガーとは非常に相性がいい。

 神剣クラスの名剣なのだが、シルヴィの手元には同じような剣が何本もあるのでエドガーに譲ったのである。

『神剣クラスの剣を簡単に渡すな!』とエドガーに怒られたので、後日目玉の飛び出るような値段の請求書を回しておいた。さくっと払ってくれたので、王家の財政はまだまだ余裕がありそうだ。


「……そうね。エドガーの訓練も兼ねてるんだものね。じゃあ、私見学ー」


 片手を上げたシルヴィは、よっこらせっと椅子に腰かけた。

 どこから出てきたのか、聞いてはいけない。シルヴィが肩から提げている鞄の中には、なんでも入っているのである。


「じゃあ、私も―」

「俺も―」

「もきゅっ!」


 テレーズとジールも各々勝手に椅子を出し、なんならジールの方は冷たいオレンジジュースの入ったグラスまで取り出している。この状況で、おやつタイムに入るらしい。


「自由過ぎるな、お前ら!」


 こちらを見たエドガーは、苦笑いだ。


「本当に危なくなったら、誰か入るから大丈夫よ」


 にっこりとしたテレーズは、ティーポットとティーカップを取り出している。ちょうど飲み頃になったところで、収納魔術のかけられている鞄にしまったようだ。


「テレーズ、私の分もある?」

「あるあるー!」


 もう一個テレーズがカップを取り出し、ちょうどいいところに突き出ていた石の台をテーブル代わりに、楽しいティータイムの始まりだ。

 シルヴィの鞄の中からは、クッキーが出てくるし、ギュニオンは鞄に自分で頭を突っ込んで、おやつの林檎を取り出している。

 緊張感という言葉は、どこにも存在しない。


「本当に自由だな――おっと!」


 シルヴィ達の方を振り返ったエドガーだったが、あっという間に周囲を敵に囲まれていた。最近このダンジョンに出るようになったエアウルフである。

 狼型の魔物なのだが、身体に風をまとうことにより、普通の狼の何倍もの速度で動くことができるというなかなか厄介な相手だ。


「――ヴェントス、こっちに来るのだけ討っておいて。エドガーの方に行ったのは放置でいいから」


『かしこまりました、ご主人様』


 エドガーには自由にやってもらいたいので、シルヴィ達は邪魔をしない。


「あ、このレーズンサブレ好き」

「チョコチップもいい感じに焼けているな。シルヴィ、サンドイッチはないか?」


 石の上に置かれた皿から、次から次へとクッキーが消えていく。


「ハムチーズサンドと、卵サンドどっちがいい?」

「両方!」


 ジールに要望されたサンドイッチを出してやりながらも、シルヴィはエドガーから目を離すことはなかった。

 エドガーの目は、素早い動きのエアウルフ達も見逃さなかった。的確に、一頭一頭沈めていく。


(……前より、上達したかも?)


 以前よりも、彼の剣は鋭さを増しているように思える。エアウルフは、ばたばたと切り倒され、魔石だけを残して消滅していく。


「うっきゃああああっ!」


 最近語彙の増えたギュニオンは、エドガーを応援しているのだろうが、一声かけたあとは、目の前の林檎に完全に意識を奪われている。

 しゃっくしゃっくとギュニオンが、ゴールデンアップルを咀嚼する音が、ダンジョン内に響く。


(これなら助けに入る必要はなさそうね)


 どちらが勝つのかは明白だったので、シルヴィは安心して鞄の中から、追加のクッキーを取り出した。


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