ポテトマンドラゴラ、ゲット!


「ここで、こんなにのんびりしているのには慣れないな。皆が規格外過ぎるんだろうけど」


 地面に転がり落ちた魔石を拾い集めたエドガーは、こちらに戻ってきて残っていたクッキーを一枚ひょいと口に放り込む。疲れた気配も見せていないので、やはり以前より腕を上げている。


「規格外なのはシルヴィだけだぞ?」

「やめてよね、ジール。人間じゃないみたいな言い方するの」


 たしかに『人類を引退した女』と呼ばれたことはあるし、そう言われるのも当然なほどに鍛えてきたが、だからと言って真正面から言われるとちょっと傷つく。


「シルヴィが後ろにいてくれると思うと安心するな」


 とエドガーにいわれるのは、悪い気はしない。

 広げた荷物を片付け、道中に出る魔物は適当にあしらいながらやってきたのは、ダンジョンが変化してから新しく発見された場所だった。ここにポテトマンドラゴラが生息しているらしい。野球のグラウンドなら、四つくらいは作れるだろうか。かなり広い部屋である。

 元となったダンジョンは昔の遺跡であったから、さほどじめじめはしていなかったけれど、ここは新しくできた場所なので、ダンジョンの壁はむき出しのごつごつとした岩だったが、室内はぼんやり照らされている。


「妙に明るいんだな、ここ」


エドガーがあたりを見回す。

 壁際に魔石を使ったランプが置かれている。先にここについた冒険者が残して行ってくれたのだろう。


「この魔石ランプ、そろそろ明かりが切れるんじゃないかしら。補充しておいた方がいいかも」

「じゃあ、私が明かりをつけておくわね――”ライト”」


 シルヴィの言葉に応じてテレーズがつぶやくと、天井近くに丸い光が浮かび上がる。その光はかなり強く、部屋の中の端から端までよく見えた。

 シルヴィは壁際に置かれていた魔石ランプを取り上げ、中に入っていた魔石を取り出す。魔石を取り出したので、シルヴィの手元にあるランプは消えた。


(……うん、これに魔力を注いだのは比較的強力な魔術師みたいね)


 シルヴィは魔力の痕跡をたどる。これだけの大きさの魔石に”ライト”の魔術を込められるのはかなり力のある魔術師だろう。


「――”ライト”」


 シルヴィが魔石に魔術を込めてランプに戻すと、テレーズの浮かべた明かりと一緒になって、室内は隅々まで照らし出された。


「これ、どのくらいもつんだ?」


 シルヴィの手元にある魔石ランプを見て、エドガーが問う。シルヴィは考える表情になった。


「このままでも、三か月は大丈夫じゃないかしら――でも、ずっと明るいのってマンドラゴラにはよくない気がするのよねぇ……」


 マンドラゴラは地上にも生息しているが、ダンジョンの中にいる方が圧倒的に多い。二十四時間照らされっぱなしは、あまりよくない気もする。


「じゃあ、そこの入り口のところに、生物探知をしかけて、人が入ってきた時だけ明るくするようにしたら?」

「テレーズ頭いい! そうしましょ!」


 ここに魔石ランプを置いて行ってくれたのは間違いなく親切心からだ。だから、ランプはありがたく活用させてもらうことにした。

 シルヴィは、魔石を二つ取り出すと、入り口のところに置いた。


「テッラ、この魔石を埋め込む台座を作れる?」


『承った』


 大地の精霊が出てきて、入り口の左右に置かれた魔石を包み込むように壁が変形していく。

入り口の左右に現れたのは幼生のドラゴン――どう見てもギュニオンであった 。

 入り口の右側に位置するギュニオンは、口に魔石をくわえている。左側に位置するギュニオンは、胸の前で魔石を抱え込んでいた。


「ずいぶんこりすぎじゃね?」


『このくらいはよいだろう、ギュニオン殿は、我が主の守護者でもあるのだからな』


 ジールのツッコミに、テッラは軽く笑って返す。


「え、そうなの?」


 思わずシルヴィも声を上げた。ギュニオンが、そんなたいそうなものだとは思っていなかった。

『いや……本人がそう思っている』


「あ、そういうことね」


 テッラが言い直したので、シルヴィは笑ってしまった。ドラゴンは群れの長と、その下にいる仲間達で群れが形成されている。ドラゴンの習性としてギュニオンは、シルヴィの家に住んでいる仲間の中で唯一のドラゴンである自分が群れの長だと思っているのだろう。


「ふきゅっ、きゃっきゃっ!」


 ギュニオンは、自分と同じ姿の彫像に大興奮している様子で、右側のドラゴンの頭にかじりついている。興奮している証拠に、尾がぶんぶんと左右に激しく揺れていた。


「それは食べられないからねー。じゃあ、ちゃっちゃと収穫して帰りましょうか」

「あれ芋だろ? 俺も収穫する」


 腕まくりをして、軍手をはめ、収穫に向かおうとするエドガーをシルヴィはとめた。


「これして」

「は?」


 エドガーの手に渡したのは、耳栓だ。エドガーは、首をかしげながらも、言われた通り耳栓をはめた。


「ゴレ蔵、三つくらい収穫してきてくれる?」

「リョーカイッ!」


 耳栓を渡されるまで、何も気づいていなかったエドガーはともかく、他の二人はさっさと耳栓をはめている。

 シルヴィは――というと、耳栓はしていなかった。ポテトマンドラゴラ程度なら、多少不愉快な気分になる程度で、あまり大きな被害はないので。


「ギャアアアアアアッ!」


 広がるマンドラゴラ畑に近づいたゴレ蔵は、無造作に一番手前にあった茎を引っ張った。

 スポンッといい音をさせて、すさまじい鳴き声と共にマンドラゴラが地面から引っこ抜かれる。


「おい、なんだよあれ!」

「何って……マンドラゴラ?」

「――それなら先に言えよ! 抜くとこだっただろうが!」


 ゴレ蔵に引っこ抜かれたポテトマンドラゴラは、じたばたじたばたとしている。それをぽいっと地面に投げ捨てると、ゴレ蔵は次の獲物に向かった。


「あれ、言ってなかったっけ?」

「聞いてない!」


 二人とも耳栓をしているが、この耳栓もシルヴィのお手製だ。仲間の声だけは耳栓を通るように作られている。


(――言ってなかったかも!)


 ジールとテレーズの二人は同居しているので、当然シルヴィの仕事の内容について知っている。だが、エドガーには「カーティスの依頼で、ダンジョンに作物を取りに行くことになった」と言っただけだった。


「フャアアアアアアッ!」

「道理でゴレ蔵出すわけだ……」


 名前のセンスはともかく、すっかりエドガーもゴレ蔵達に慣れてしまったようだ。マンドラゴラの鳴き声がいくらすさまじいとはいえ、抜かれてはどうしようもない。

 じたばたじたばたとしているポテトマンドラゴラの動きがだんだん弱くなっていって、くったりとする。


「洗ってー、水につけてー」


 暴れなくなったところで、シルヴィは水の精霊アクアを召還した。ここがダンジョンの中だというのはシルヴィにとってはどうでもいいことだ。

 じょぼじょぼとアクアが出してくれる水を遠慮なく使い、ピカピカになるまでポテトマンドラゴラを洗う。

 三本引っこ抜いたところで、全員耳栓を外した。仲間の声は通すとはいえ、耳をふさいでいるのは落ち着かない。


「……見た目、あまりよくないんだな……」


 エドガーが、ポテトマンドラゴラを見て、しかめっ面になった。

 紫色の皮に、毒々しい緑の葉。バタバタバタバタと、手足にあたる部分が蠢いている。


「これ、どうするんだ?」

「持って帰って植えたら、ポテトマンドラゴラが増えるわよ?」

「――聞いた俺が悪かった」


 エドガーががくりと肩を落とす。その横でジールはちょいちょいとシルヴィをつついた。


「なあなあ、俺も一本欲しい」

「今日はやめといた方がいいんじゃない? 持って帰ったところで、料理方法とかわからないもの」

「やー、小遣いがそろそろ足りなくなさそうでな」

「お前、今回、金貨二百枚もらうんだろ?」

「この間、借金作ったところなのよね?」


 テレーズがくすくすと笑いながら、ジールにとどめをさす。

 冒険者にとって、借金を背負うというのは珍しくはないけれど、ここまで膨らむというのは珍しい話であった。


「悪かったな! 新しい店を出すっていうから出仕した金を持ち逃げされたんだよ!」

「……それじゃ、しばらくきりきり働くしかないわね」


 ジールが借金を作るのは、今回に限ったことではない。


「王都に戻って、割のよさそうな仕事を受けることにしましょうか」


 シルヴィは同行しないが、ジールとテレーズは二人でしばしば依頼を受けている。テレーズが手を貸せば、ジールの借金もさほど時間をかけずに帰すことができるだろう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る