初級冒険者エドガー

 意気揚々と引き上げたシルヴィは、その足でポロマレフ商会へと向かった。

 別に貴族との謁見というわけではないので、ダンジョンに入る時のワンピースにブーツのままといういたって気楽な格好である。

 荷物はすべて、ぽいぽいと"ナンデモハイール"に放り込む。ジールとテレーズも同じようにしていた。


「あら、エドガーは? そのままでいいの?」


 エドガーの方を振り返れば、彼は装備品一式を身に着けたままだった。


「俺の鞄は、屋敷に置いてある」


 エドガーの鞄もシルヴィのあげた"ナンデモハイール"なのだが、彼の場合は中に政務に関わる書類なども入っている。ダンジョンで鞄を落とす可能性を考慮し、屋敷の執事に預けてきたそうだ。


「じゃあ、俺がしまっておいてやるよ」


 ジールが鞄の口を開けると、ギュニオンが口の開いている鞄に興味を示した。ジールの身体によじ登り、開いている口から中に潜り込もうとする。


「こらこら、中には入っちゃだめだぞ」

「もっきゅう!」

「いや、だからな? この中には、生き物は入らないんだよ。そうだよな、シルヴィ」


 ギュニオンの首を掴んで、ジールは引き戻した。首根っこのところを掴まれ持ち上げられたギュニオンは、短い手足をばたばたさせて怒っている様子だ。


「ふぎゅっ、ふぎゅぎゅっ!」


 尾を左右に振り、身体をくねらせてジールの手から逃れようとするが、ジールは鞄の口を閉じるまで、ギュニオンから手を放そうとはしなかった。

 地面に下ろされたギュニオンは、ひどい目にあったと言わんばかりにシルヴィの足にしがみつく。被害者意識丸出しである。


「そうそう、中には生きているものは入らないのよね。そもそも、そんなに大きなものってあまりないんだけど」


 シルヴィが規格外なので、すっかり忘れがちではあるが、"ナンデモハイール"は本来かなりの高級品だ。収納魔術を持っている職人にしか作ることができず――シルヴィは収納魔術も取得済みである――職人の腕によって、中に入れられる要領が変わってくる。

 収納魔術のかけられた鞄にしまうのは、テント、寝袋、炊事道具に食料程度で、ポーションなどはすぐ使えるように取り出しやすい位置に持っておくものとされている。


「生きている人間を運べれば楽なんだけどな」

「それができたら苦労はしないけれど、運送業の人は仕事がなくなっちゃうでしょうね」


 この世界、移動は徒歩か馬車が基本である。もし、"ナンデモハイール"に生きている人間を入れることができたなら、運送業は成立しなくなるだろう。


「……そっか。それもそうだよな。乗合馬車がなくなったら、大変だもんな」


 エドガー自身は乗合馬車を使うことなんてめったにない。けれど、学園に通っていた間、社会見学の一環で公共の交通機関を使って移動したことがあったので理解したようだ。


「そういうこと。生きているものを入れられるようになったら、その発明をした人は一生食べるのに困らないでしょうね」


 シルヴィが右手でぶら下げている袋の中では、ポテトマンドラゴラがぐねぐねと蠢いている。

 土から掘り出され、水で洗われたために鳴くほどの元気は残っていないが、まだ、ばたばたする元気はあるらしい。

 ポロマレフ商会の建物は、以前、シルヴィが潜り込んだドライデンの屋敷から少し離れたところにあった。ドライデンの屋敷がよく見える位置だ。

 ドライデンの屋敷同様、一階を商売の場所として使っているらしく、案内を求めるなりシルヴィ一行はすぐに通された。


(……ふむ、なかなか繁盛しているようね)


 店内に足を踏み入れるなり、シルヴィは左右に視線を走らせた。扱っている商品の大半は、農作物なのでここには置かれていない。

 ここに置かれているのは、おしゃれな瓶に詰められたピクルスやトマトやその他の野菜を使って作られたソース、ドライベジタブルに、野菜や果物を使って作ったスイーツなどの加工食品だ。


(あのゼリー、おいしそう。帰りに買って帰ろうっと)


 シルヴィの目に留まったのは、ガラスの瓶につめられた赤いゼリーだ。

 トマトを使って作られているそうで、スイーツとして食べるというよりは、サラダのトッピングに使うらしい。たしかに、赤いゼリーは緑の葉物野菜の上で映えるだろう。


(トマトのゼリーはサンドイッチの具材にしてもいいかもしれないわね。あ、紅茶がある。あれは輸入物かしら)


 商品の種類も様々だ。加工食品を輸出するだけでなく、茶葉や砂糖などを輸入するという商いも行っているようだ。

 一階の店舗に置かれている家具も、いずれも上質のものだった。一応、公爵家のお嬢様なのでシルヴィにはわかる。

 シルヴィ達一行が訪れるということは、きちんと伝わっているようで、客間に通されてすぐカーティスは入ってきた。

 この客間に置かれている家具も、高級なものだ。貴族の屋敷にあってもおかしくはない。


「お待たせいたしました。思っていたより早くお帰り……んんんっ?」


 すぐにやってきたカーティスは、目を丸くしてエドガーを見ている。

 ウルディの人達は、"新聞なんかで見かける王子殿下のそっくりさん"ですませてくれているけれど、カーティスは一瞬で見抜いたらしい。


「もしや、あなたは」

「私の家に研修に来ている初級冒険者のエドガーよ。そういうことにしておいて」


 シルヴィがそう言えば、さすがはやり手の商人と言えばいいのだろうか。カーティスは余計なことは聞くまいと決めた様子だった。


「よろしいでしょう。初級冒険者のエドガー、ですね。よろしくお願いします」


 カーティスは、エドガーに向かって丁寧に頭を下げた。


「エドガーだ。よろしく頼む」


 エドガーの方も、ここでは、初級冒険者として振る舞うと決めたらしい。カーティスが差し出した手を取り、握手をしてから、シルヴィの後ろに引っ込んだ。


「では、報酬のお支払いを。こちらがお約束の金貨六百枚です」 


 カーティスが合図すると、使用人が金貨の入った袋を三つ持ってくる。ずしりとした袋を受け取り、シルヴィはにっこりとした。


「では、ありがたく」

「数を数えなくてよろしいんですか?」


 袋を手にしただけで、中身の金額を確認しようとしないことにカーティスは驚いた様子だった。


「シルヴィなら、持っただけで金額が正しいかどうかわかるからな。あと、贋金混ざってないかどうかということも」


 これは、シルヴィの能力のひとつである。 袋に入っている数もわかるし、重さもわかる。贋金は本物の金と重さが変わるから、そこでわかるというわけだ。


「――ご冗談を」


 もちろんカーティスは正しい取引をしているのだろうけれど、そういう風に言われてしまうと微妙に心配になってくるものらしい。シルヴィは軽やかに笑って、話題を変えることにした。


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