ウルディに移住を決めたわけ

 カーティスの畑では、実験的にポテトマンドラゴラの栽培が始められることになった。

 ダンジョン産の作物は、ダンジョンの外では次の代につなげることができないため、苗は定期的にダンジョンに収穫に行かねばならないことになる。

 その日、シルヴィの農場を訪れたカーティスは、満足そうであった。今日も土産に大量のゴールデンアップルを持ってきたため、ギュニオンはすっかりカーティスに懐いてしまっている。


 同居人であるジールとテレーズはともかくとして、エドガーもちゃっかり交ざっているのは、今日はたまたまこちらで仕事をしていたからだ。

 客間に通されたカーティスはにこにことして口を開いた。


「取りつくさないように、冒険者ギルドと契約を結ぶことになりました」


 ダンジョンに入って、ポテトマンドラゴラを採取するのは誰でもできるのだが、カーティスのように農場で育てるための採取となると、取りすぎる危険がある。

 そのため、冒険者ギルドと契約を結ぶことになったのだ。ギルドに届けておけば、ある程度そのあたりを管理できる。


「ポテトマンドラゴラを使ったポーションなら、ウルディの特産品になるかもしれないわね」

「実は、ポテトマンドラゴラの一番の効能は精力がつくということなのですよ。欲しがる人は多いでしょうね」

「あー……」


 一同、若干遠い目になった。精力がつくということは、欲しがる層はだいたい見当がつくというもので。


「でも、おかげさまで順調に雇用を創出できそうですよ」


 そう言ったカーティスは、以前ここを訪れた時以上に機嫌がよさそうだ。いいアイディアをもらったからかもしれない。


「ポテトマンドラゴラって味は悪くないんだよな。めちゃくちゃ甘いサツマイモって感じ。俺、一回食ったことがある」


 ぽんとジールが爆弾発言をした。ポテトマンドラゴラは、一般の市場には流通していない。どこで入手したのやら。


「私はないけど? 組む前の話?」


 テレーズがジールの方を見やる。この二人、学園にいる間に意気投合し、二人で組んで仕事をすることにしたそうだ。付き合いは長い。


「実家で。なんか、兄貴がどこかでもらってきたとかでさー、いや、確かに精力がつくって言うか、目がギンギンにさえるんだよな。一晩眠れなくて、外走り回ってたわ」

「なんでそこで外を走り回るわけ?」

「や、有り余ってる体力をどうにかしようと」


 ジールとテレーズのやり取りに、耐えかねたようにカーティスが噴き出した。


「それは一度に食べ過ぎたんですよ。ポーションの材料になるような食べ物ですからね」

「それをすっかり忘れてた。味はよかった」


 ははっとジールが笑う。

割とおおざっぱなところは、家族もそうなのだろうか。そう言えば、テレーズやジールの家族と"シルヴィ"として顔を合わせたことはないので、二人の家族については詳細を知らない。

 もちろん、社交の場で公爵家令嬢として顔を合わせたことはあるのだが、個人的な付き合いではないのだ。

 実際に食べた人間と顔を合わせるのは初めてだ。あとで、もうちょっと詳しく聞いてみよう。


「……お役に立てたようでよかったわ。何かあったら、また、声をかけてくださる? できることはするから」

「ミスリルの採掘に手を借りるかもしれません。今回は、いろいろと収穫あって助かりました」


 立ち上がったカーティスは、その場にいた全員と握手をかわす。そして、引き上げていった。

 カーティスを見送ったエドガーが、シルヴィの方に目を向ける。


「どうした?」

「ううん。一言で商人といっても、いろいろな人がいるんだなって思っただけ――畑の様子、見てこようかな」


 急いで見回る必要もないのだが、今の話で、なんとなく柵の様子も気になってきた。

見てきたほうがいいかもしれない。

一声鳴いたギュニオンが、ぴょんとエドガーの肩の上に飛び乗った。

 そのまま、シルヴィとエドガーは並んで歩く形になる。


「いろいろな商人ってどういうことだ?」

「うん。ドライデンなんかは、自分さえよければってタイプだったじゃない? それとは違うなって」


 以前、この町で一番勢力を持っていたドライデンと、カーティスは明らかに違う。こちらの世界で、商会という形で農業をやっている人はいないと思う。

 大規模農場の経営者はいたとしても、従業員は比較的簡単に首を切ってもいいと思っている人が大半だと思う。少なくとも、カーティスみたいに雇用の創出というところまでは考えてはいなかったはずだ。


「少なくとも、ポテトマンドラゴラの採取係でしょ、育てる係でしょ、それから農場の周囲を囲う針金や魔石に魔力を流し込む人員でしょ……軌道に乗れば、かなり大人数が必要になるわよね」


 カーティスを見ていると、シルヴィは思うのだ。自分は、ウルディのためになにかできるのだろうか、と。


(……この町に住もうって決めたのは、ここで暮らしている人達が、私を受け入れてくれたから、よね)


 学園に通いながら王家の命令であちこちの町を訪れていた頃、シルヴィは自分のスローライフのための場所をついでに探して回っていた。

 お手頃価格の農場で、適度に王家から離れていて、町まで出れば買い物には困らないそんな場所。

 もちろん、シルヴィ自身は一瞬で都まで戻れるから、最悪そうしてもいいけれど、町になじんで暮らしたかったのだ。

 けれど、ウルディに到着するまでは、嫌な目にもあった。

 冒険者ギルドと冒険者の関係というものは、ギルドマスターの采配ひとつで変わってしまうところが大いにある。

 そこも見極めたかったから、長期休みの時には、気に入った街を拠点に、数週間活動したこともあった。

 けれど、そういう時、シルヴィを徹底的に利用してやろうというギルドマスターにあたったこともあり、結局定住を諦めたこともある。その点、ウルディのギルドマスターは違っていた。

 シルヴィを一人の人間として尊重し、『他の人間とは違うから』という理由で、必要以上の仕事を押しつけることはなかった。


 それは、近所に住む人々も同じだった。力があるのだから、ただで魔物退治をしろと言われたことは一度もない。

 たしかに現物支給だから、S級冒険者を雇うには馬鹿馬鹿しいほどの低額だ。ただで引き受けているようなものだと言われれば、そうかもしれない。

 ――けれど。

 困ったことがあればシルヴィを頼り、普通に"ご近所さん"として声をかけてもらえるのが嬉しい。

 大発生に巻き込まれて、ウルディが攻撃されたのは不幸な出来事であるが、これをいい方向に変えていくことだってできるはずだ、きっと。


「どうした?」


 気がついた時には、エドガーとの会話も忘れて考え込んでいた。


「ねえ、エドガー」

「ん?」

「私は、この町のために何ができるのかしらね」


「……魔物退治以外に?」

「そうよ。いつまでもここにいられるわけじゃないってわかっているから――だから、なおさらそう思うのかもね」


 自分の家が特殊な状況にあることまでシルヴィは忘れてはいない。数年の内には公爵令嬢に戻らねばならない。

 それに、公爵令嬢に戻ったところで、シルヴィの能力自体は戻った以降も重宝されるだろう。


「難しく考えることはないんじゃないか?」


 エドガーはそう言う。


「だって、シルヴィがウルディに来て、ウルディで暮らしているだけで変わっただろ? 難しく考えなくてもいいと思う」

「……そうかな?」


(……私が、悪役そのものにならないですんだだけよかったのかもしれないけれど)


 シルヴィアーナ・メルコリーニは、どうしてこんな風に生まれついたのだろう。前世が日本人だという記憶を持って。

 だが、シルヴィはそれ以上考えることを放棄した。生まれ変わった理由なんて、考えてもしょうがない。

 それよりは、今、目の前にある現実に向き合う方が先だ。とりあえず、自分の農場をしっかり運営していこう。


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