私はそんな約束していません
「……町外れの屋敷。そこで、魔物の取引をしている」
なんで、ギランがそんなことを知っているのだろう。
単なる贋作者だと思っていたのに。
シルヴィのその疑問が、顔に出ていたのに気付いたらしいギランが床の上でため息をつく。
「魔物の取引って何に使うわけ?」
「……使い道はいろいろあるんだよ」
シルヴィは首を傾げた。魔物なんか集めてどうするのだろう。変わって説明したのは、エドガーだった。
「例えば、魔物同士を戦わせて、賭けをしたり」
「……そんなこともするの?」
「ああ。この辺りじゃやらないだろうが、王都ヴェノックの暗黒街ではしばしば行われているらしい」
そんな事情があるとは知らなかった。賭け事に使うというのもありか。魔物同士を戦わせれば、迫力のあるバトルが観戦できるのは間違いない。
万が一、魔物が暴れ出した時に制御できないと困るから、ある程度能力のある人間がかかわらないとだめではあるが、そこで動く金銭を考えればやってやれないことはない。
「あとは町中に魔物が出現する例は、だいたいその手のやつが企んでいる。魔物を暴れさせている間に、その騒ぎの陰で他の悪事を働くんだ」
こういう裏の事情には、エドガーの方が詳しい。シルヴィはあくまでも、ダンジョンに潜ることしかしてこなかった。
「へぇ、時々夜中に駆り出されることがあったけれど、そういう事情だったのね」
「学園の寮から出てたのか?」
シルヴィは望んで学園の寮に入っていたけれど、エドガーは毎日王宮から通っていた。就寝時間のあとは、部屋から出てはいけないのが寮の決まりだった。
「ええ、まあ。私の部屋、クローゼットの中に転送陣書いてあったし。そこからギルドに跳んで出動してたわよ」
「時水晶に残していたのは、就寝前までだったくせにー!」
「だって、普通は就寝後に部屋から出たりしないでしょ。時水晶を節約したかったから寮に入ってたのよ!」
若干せこい発言だが、時水晶は高価な品なのでしかたない。健全な学生は、夜はちゃんと部屋でおとなしく寝ているものなのだ。
さらに尋問を続け、知りたいことすべてをギランが白状したところで、シルヴィはエドガーに言った。
「じゃあ、そういうことで。あとは、よろしく」
「任せろ」
「いててて、何するんだよっ!」
エドガーがギランの腕をひねりながら立ち上がらせ、ギランは痛みに声を上げる。彼は肩越しにシルヴィをにらみつけた。
「見逃してくれるって言ってただろ!」
「……ええ、私はね」
シルヴィは、肩をすくめた。
見逃すという約束はしたが、それはシルヴィだけ。エドガーの方はそんな約束はしていない。
「ず、ずるいぞ! 見逃してくれると聞いていたから、俺は!」
「人の話はちゃんと聞きましょうよ。私"は"、見逃すと言ったでしょ。彼はそんなこと一言も言ってない」
ついでに、ラスボスの迫力で若干脅しはしたが、エドガーと、ギランの間にそんな約束はしていない。”私は”とシルヴィは強調していたのに、ギランは気がつかなかったのだから自業自得だ。
「悪いな、そういうことだ」
エドガーがにやりと悪い笑みを浮かべた。エドガーの方は、シルヴィがギランをひっかけようとしていたのにちゃんと気づいていたようだ。
「汚いぞ、お前ら!」
ギランが何を叫ぼうが、負け犬の遠吠え以外の何者でもない。
「人の話はちゃんと聞きましょうって言ったでしょ、私」
涼しい顔で、シルヴィは言ってのける。さて、”ついで”に手に入れなければならなかった情報は手に入れた。あとは、ギランの贋作づくりの証拠をつかむだけ。
「ねぇねぇ、私、ここをがさがさやってもいいかしら」
「がさがさってなんだよ、がさがさって!」
ギランをぎりぎり縛り上げていたエドガーは、シルヴィの方を見てため息をついた。
シルヴィは遠慮することなく、ギランの工具箱をひっくり返し、中身をあさっている。それから、壁に作り付けになっている金庫の方に向かった。
「金庫のカギは渡さないぞ!」
「――別にいいけど」
「壊したら、ギルドに訴えてやる!」
ギランは吠えるが、犯罪者が何を言っているのだという話ではあるが、証拠をつかむためなら破壊してもいいということにはならない。
「壊さなかったらいいんでしょ?」
「はん、壊さずにいられるならな!」
「……お前、命知らずだな……」
縛り上げられたギランが吠えるものの、シルヴィはまったく気にしていなかった。
「ええと、封印魔術を施してあって、登録者以外解除できないと。錠前自体も開けるの難しそうね……錠前技師、レナードの作かなー。やだー、萌えちゃうー、素敵ー」
「萌えるのかよっ!」
「レナードの錠前を壊さずに開けられるはずないだろう。封印魔術も壊すなよ」
エドガーが突っ込み、ギランが虚勢を張る。
「レナードの錠前は開けるのが難しいし、偏屈でよほどの依頼じゃないと受けないから……これは、芸術品だから壊しちゃいけないわよね。ええと、まずは封印魔術っと……」
シルヴィは錠前に手を当てた。施されている封印魔術に干渉。使用できる人間に、強引に自分を書き足す。くるりと振り返り、ギランの工具の中から、針金と工具を取り上げた。
針金を差し込み、引き抜き、工具を使って形を整え、また差し込む。それを数度繰り返したのち、かちりと錠の外れる音がした。
「はい、解除」
「――おかしいだろ!」
「あきらめろ、ギラン。あれがS級冒険者だ――というか、錠前破りでできるのかよ!」
「当たり前でしょ? 昔の遺跡に入るなら、必須スキルよ」
開錠のスキルも、限界まで高めてある。ラスボスの秘めたポテンシャルは、無制限であった。
「はい、贋作ゲット――これを持たされる冒険者の方はたまったものじゃないわよね!」
詐欺だ騙されたとがなり立てるギランを冒険者ギルドに連行し、ギルドの職員に引き渡す。
「家を捜索したら、贋作のアミュレットが山ほど出てきたの。あとの処理は任せる」
「贋作を掴まされた人達は気の毒だな」
「……そうね。でも、安いには安いなりの理由があるのよ。今回は大ごとになるまえにどうにかできたからまだよかったけど」
シルヴィはため息をついた。
(……冒険者育成機関に通える冒険者と、ギルドの研修だけで実戦に出る冒険者じゃ、前提条件からして違うの忘れてた)
聖エイディーネ学園のような冒険者育成機関に通うことのできるのは、比較的裕福な家の者だけ。ギルドの研修だけで、初級冒険者から始めなければならない者もいるのだ。
ギルドの研修だけで実践出る冒険者の場合、贋作を見抜く目を持たない者も多い。短い研修期間だけでは、見る目までは養えないのだ。
これが、聖エイディーネ学園に通えるような身分の者になると、幼い頃から上質の品に囲まれているため、自然と偽物を見抜く目を養うことができる。
公爵家の令嬢であり、どこの学園であろうが受け入れてもらえるであろう"シルヴィアーナ"は、つい一般の民のことを忘れそうになる。
(……そこは、反省しないとね)
自分が、この立ち位置に転生した理由は、シルヴィにもわからない。だが、一般人の感覚を忘れてはいけないと思うのだ。
そうなった時、自分がクリストファーのような愚かなふるまいをしないとは限らない。シルヴィ自身にも、時々自分が信じられなくなるのだ。
この世界における、そもそもの自分の立ち位置が"悪役"であるのを忘れたら、クリストファー以上に愚かなふるまいに出てしまうかもしれない。
今のシルヴィは、それが一番怖かった。
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