ドラゴンを発見しました
ギランから聞き出したドライデンの屋敷というのは、ウルディの街でも一番の高級住宅街にあった。
少し離れたところから、その屋敷を観察する。ギランをぎりぎり締め上げている間に、日は完全に暮れていた。
「……で、どうするんだ?」
「違法な魔物の取引をしてるって証言は得たでしょ。その証拠を探しに入ったらあらびっくり。アミュレットの贋作を依頼してたこともわかっちゃったのよねー」
「力技だな、おい!」
「……嘘はついてないでーす」
もともと魔物の取引の方はついでで、シルヴィの本命は贋作の方だ。
(……ものすごいお金持ってる感じは出てる。ひょっとして、悪役令嬢の協力者だったのかもね)
聖エイディーネ学園というのは、冒険者を多数輩出している。
冒険者達は、学費は免除となるのであるが、卒業してから一定の期間、学校に一定の金額を治めるのが決まりとなっている。
志半ばにして退学した場合は、学費相当分を返還しなければならないが、返還額も暴利ではなく、きちんと働いていれば返還できる程度の金額だ。
そのため、聖エイディーネ学園の収入はかなりの金額に上る。王家や貴族達からの寄付もあるし、運営費には困らない。
そして、"恋して☆ダンジョン"の世界で悪役だった"シルヴィアーナ"は、悪徳商人達から賄賂を巻き上げているという設定だ。
ドライデンがそのうちの一人だったとしても驚かないが、これではシルヴィは、悪役令嬢を通り越して完全な悪役である。
「無駄にでかい屋敷だな……だが、警備が薄くないか?」
ドライデンの屋敷は、高い塀に囲まれている。建物そのものは、五階くらいはありそうだ。
表向きはただの裕福な商人だから、一階は商売に使い、二階以上が家族や使用人達の住まいだったり、客人を泊めるための部屋だったりするのだろう。
「そうでもないわよ。エドガー、魔力を目に集めて屋敷を観察してみて」
シルヴィの目には、この屋敷がどんな風に警戒されているのかよく見えている。同じものがエドガーにも見えているのかためしてみた。
「――厳重に警戒されているな。魔術防壁も張られている」
一瞬の間があいたのち、エドガーが返してくる。
(……やっぱり)
シルヴィは自分の予感があたったことを確信した。この屋敷の守りがどういうものか判断できるあたり、エドガーの能力はかなり高い。
ギルドの"ランク"に彼はかかわっていないけれど、上級と同じくらいの能力はありそうだ。
「そ。たぶん、塀の向こう側は、私兵がうろうろしてるんじゃないかしら」
(……魔物の気配はなし、と)
シルヴィは屋敷の中の気配を厳重に探る。
魔物はダンジョンから生まれてくる。どういう理屈なのかを追求してはいけない。
一応、この世界における瘴気がダンジョンに集まり、ダンジョン内の鉱物を核として生まれるのが魔物だというのが定説だ。魔物を倒すと、魔石を落とすのがその証拠だとされている。
だが、外から見ている限りでは、この屋敷には魔物の気配というものは感じられない。
「おい、どうするんだ?」
「ギランの話じゃ、取引があるのは数日中ってことだったわよね。それまで待機……は面倒よね。手っ取り早いのは、直接乗り込むことだと思うけど」
ドライデンに手を出すのは、冒険者ギルドとしてもためらわれるところだ。ギランの証言はあるが、それだけでは物足りない。
「――エドガーは先にギルドに戻っていて」
「――は?」
「屋敷の中、見てくる」
「見てくるって、おい!」
エドガーを放置し、シルヴィは軽くジャンプ。塀の上には棘が生えているが、シルヴィはその棘の上に器用に降り立つ。
一瞬にして塀の上に乗ったかと思ったら、ひょいとその内側に飛び降りる。
「シルヴィ、おい!」
「私なら、大丈夫」
「大丈夫じゃないだろ! 何考えてるんだお前は!」
塀の向こう側から、エドガーが怒鳴った。
自信はある。いつ、どこで取引が起こるかがわかればそれでいいのだ。
「いつ取引があるのかを探ってくるだけ!」
「探ってくるだけって、常識外れだろ!」
自分の姿が見えなくなるよう、"隠れ蓑"の魔術を自分にかける。そっとドライデンの屋敷の中を歩き回っても、誰もシルヴィの存在には気づかない。
(……まどろっこしいのは嫌いなのよね)
屋敷の中を歩き回り、ドライデンが何か隠していそうな個所を探す。
一階まで来ると、急に人の出入りが多くなってくる。どうやら、ここまでが限界のようだ。
(……ん?)
一階の廊下の最奥。シルヴィの勘に妙に訴えかけてくる扉が見えた。
一見しただけでは壁に見えるが、壁ではなく扉だ。普通なら気づかないが、シルヴィは敏感に魔力の残滓を感じ取った。
隠し扉があんなところにあるだなんて、明らかにおかしい。シルヴィはそっとその隠し扉に忍び寄った。
(……この奥は、下り階段になっているみたいね)
下り階段ということは、地下に続いているということだ。
わざわざ隠し扉にしているということは、少なくとも隠されているのはワインセラーではないだろう。ワインセラーを隠す必要なんてまったくない。
ふむ、と扉の前でシルヴィは考えたが、考えたのは一瞬だけだった。
一瞬にして扉の構造を確認する。見つかりにくいように、外見は注意深く隠されてはいるが、場所がわかってしまえば、開け方は難しくない。
扉に手をあて、ぐっと力を入れれば、回転扉になっている。周囲を見回し、こちらに注意が向いていないのを確認すると、シルヴィはするりと中に潜り込んだ。
(……やぁね。魔物の気配がする)
ごくごくまれに、魔物を手懐けることができる者もいる、という噂はシルヴィも聞いている。だが、冒険者としての活動の中で、魔物使いに出会ったことは一度もなかった。
普通の人間が魔物を扱うのは非常に難しいのだ。外から見た時に魔物の気配が感じ取れなかったのは、厳重に隠されているからだろう。おそらく、地下の壁には魔物の存在を隠すような仕掛けが施されているはずだ。
(ドライデンの過去の悪行も、証拠があればいいんだけど)
ドライデンのような悪人は、自分の身を守るために証拠を残しておくものだ。特に取引先が、貴族であった場合にはこの証拠がものを言う。
その場合、取引していた貴族を脅して、自分の罪をなかったことにしたり、逃走費用を負担させたりと、悪人の側にも利益がある。
階段を用心深く降りていく。その先に広がるのが何なのか――魔物の気配がするだけに、首の後ろがぴりぴりする。
そのへんの魔物に遅れをとるとも思わないけれど、この感覚を忘れた時、足元をすくわれると思っている。
階下の部屋からは、かすかに唸り声や何かをぶつけているような音が聞こえてくる。シルヴィは息をつめた。右手に持ったのは、愛用の扇。
これはただの扇ではなく、骨のところにいくつか魔石をはめ込んである。この魔石にこめられているのは、扇そのものの頑丈さをアップさせ、耐久性を高めるための魔術だ。
このため、単なる扇にしか見えないが、実際のところはかなりの攻撃力を秘めた武器となっている。
(……三、二、一……ゴー!)
自分で自分に合図しながら、シルヴィは扉をあけ放った。その奥に広がっていたのは、かなり広い部屋だった。
ドライデンの屋敷の半分くらいの面積はあるのではないだろうか。両脇から「グルグル……」だの「ガルゥっ」だの、魔物の唸り声が聞こえてくる。
だが、シルヴィの目にはそんなものはまったく見えていなかった。
なぜなら、ずらりと並んだ魔物達の檻。その一番奥に置かれている檻。
「――ドラゴン!?」
思わず声が出た。その檻に入れられているのは、まだ生まれたばかりと思われるドラゴンの幼生だったのだ。
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