悪徳商人はさっくり倒しましょう

「こんなところで、何やってるのよ……捕まった?」

「ガゥッ」


 檻の前にしゃがんで声をかければ、牙をむいて犬のような声を上げる。まだ幼生のため、人間の言葉を話すことはできないらしい。


「……魔物だけじゃなくて、ドラゴンまで捕まえているなんて」


 ドラゴンも魔物の一種なのだが、知能が高く、むやみに人を襲うことはない。そのため、ドラゴンは魔物とは区別して扱われるのが通例だ。

 魔物同様、飼育は禁止されているのだが、人間以上の能力をもつ成体はともかく、幼生は愛玩動物として手元に置きたがる人間も多い。


 ドラゴンは友として認めた人間に対しては、絶対の信頼を寄せるが、無理やり捕まったドラゴンがそんな信頼を寄せるはずもない。見世物にでもするつもりだったのだろうか。


「ちょっと待ってて。あなたを捕まえたやつをぶっ倒してくるから」


 檻の間から、ドラゴンの前に手を差し入れる。シルヴィの指に鼻を寄せ、ふんふんとにおいをかいだドラゴンは、鼻を鳴らした。


「なんだか、大ごとになって来たわねぇ……ヴェントス。お願い」

『かしこまりました!』

『御主君、私は!』

「あなたは黙ってて!」


 風の精霊を呼び出し、檻の中にいる魔物を一気に殲滅。炎の精霊であるイグニスが、

呼び出しを願うが、ここで火を放つわけにもいかない。


(……当初の予定とはだいぶ変わってしまったわね)


 もともとわりとおおざっぱな人間である――それで今までなんとかなってきたのは、シルヴィの能力が普通の人間では考えられない範囲に到達していただけで。

 精霊が呼び出されたのを感知したのか、勢いよく向こう側から扉が開かれる。


「――誰だ!」


 わらわらと駆けつけてきた男達は、ドラゴンの檻の前に平然と立っているシルヴィを見て目をむいた。


「魔物が全滅しているぞ!」

「我々に喧嘩を売るつもりか!」

「――馬鹿ね」


 ゆっくりとシルヴィの口角が上がる。取り出したのは、レースで飾られた扇だ。


「喧嘩を売りに来たんじゃない。蹂躙に来たの」

「ほざけ!」

「この人数相手にかなうと思っているのか!」


 どこからどう見ても悪役なセリフを吐き、男達が一斉にシルヴィにとびかかってきた。

 男達の最後尾から炎の矢が放たれるのを、シルヴィは扇をひらりとさせることで打ち消す。


「ジョルジュの魔術を、一瞬にして消滅させたぞ!」

「魔術士か!」

「それなら、いつの間にかここに入り込んでいたことにも納得だ!」

「魔術士なら、いっせいにとびかかればどうにでもなる!」


 彼らは、シルヴィが持っているのが、恐るべき武器であることには気づかない程度に下っ端らしかった。

 見た目はかよわい女性一人。そして、肉弾戦より魔術戦が得意に見える。一斉にかかれば、どうにでもできるという判断は、基本的には間違ってない。

 ――今回は、相手が凶悪過ぎただけで。


「うりゃあ!」

「こっちはまかせろ!」


 剣を振り下ろしてきた男の剣を扇で受け止め、もう一人には軽く左手を突き出す。えいと両手を払えば、男達は魔物が入れられていた檻に激突し、そのままずるずると床に崩れ落ちた。


「あの扇が、魔道具だぞ!」


 少しは使えるらしい男が、シルヴィの扇に目をとめる。


「あの扇さえ奪ってしまえばどうにでもなる!」


 その指示に応じ、扇を持っている方のシルヴィの腕に、鞭が巻き付いた。ぎりぎりと右手を引っ張り、シルヴィを絡めることに成功した男がにやりとする。


「これでどうだ!」

「よく見たら、いい女だな! とらえたあとどうするか、ドライデン様に相談しようぜ」

「あら、まあ――」


 右腕をとらえられたまま、シルヴィは緩やかに首を傾げた。


「よく見ないといい女だとわからないなんて、あなた達の目は、節穴? ねぇねぇ、節穴なの? ついでに掴まったなんて私は思ってないんだけど?」


 右腕を軽く振るえば、シルヴィの腕を捕らえたと自信満々の男がそのまま吹き飛ばされる。

 シルヴィは、一歩、彼らの方に踏み出した。


「な、ば、化け物――!」


 残る男達は、シルヴィの様子に、ようやくただ者ではないと気づいたようだ。


「どうした」

「ド、ドライデン様!」


 誰かが報告に行ったらしい。集まった手下達をかき分け、ゆったりとした動作で前に進み出たドライデンは、シルヴィに向かって鷹揚に微笑みかけた。


「わが商会に、忍び込むとはなかなか不敵な女だな」

「その台詞、聞き飽きたんだけど」

「――死ね!」

「やーね。冷静に話し合う前にまず攻撃してくるだなんて、頭が空っぽの証拠だわ」


 自分のことは棚に上げ、シルヴィは扇をひらりと振る。

本来、扇で仰いだぐらいでは落とされないナイフが、次から次へと床に落とされた。


「――少しはやるようだな」

「ドライデン――私が誰かわかる?」

「……いや」

「S級冒険者お墨付きのアミュレット、贋作を売るだなんていい度胸だわよね。シルヴィ・リーニ――この名前に聞き覚えは?」


 シルヴィの名に、ドライデンは顔をひきつらせた。


「若い娘のS級冒険者――冒険者ギルドのふかしだと思っていた」

「だから、あなたは三流なのよ。目の前の相手の力量を見誤るようじゃ、こういう商売は長続きしないんじゃないの?」


 ラスボスとして、ゲームの終盤に主人公達と敵対する立場になれるくらいなのだから、シルヴィのもともとの能力値はかなり高い。だが、今の"シルヴィ"があるのは、シルヴィ自身の努力の賜物だ。

 メルコリーニ公爵家の力にも、両親からの遺伝も。恵まれた立場にあるのは否定しないけれど、それに溺れることはしなかった。


 ぴしり、と周囲の空気が凍る。文字通り凍った。一瞬にして室内は氷点下まで気温を下げ、シルヴィの前に立ったドライデンの頬を冷や汗が伝う。


「わ、悪かったよ。あんたに敵対するつもりはなかったんだ。どうだ? 魔道具の売り上げ、一割、い、いや三割をあんたに差し出してもいい」

「ばっかじゃないの?」


 冷ややかなシルヴィの声に、室内の空気はさらに温度を下げた。


「いらないわよ、そんなはした金」


 シルヴィの作るアクセサリーの贋作に手を出したのは、ちょっとした副業程度だったのだろう。

 本命は、S級冒険者お墨付きのアミュレットの方だ。

 そちらからの実入りは、膨大なものとなったはずだ。被害者はなるべく早く洗い出さねばならないし、アミュレットを過信するなと伝えなくてはならない。


「私が許しがたいのは、冒険者達の命を危険にさらしたこと――というわけで、滅べ!」


 勢いよく投げつけた扇が、すさまじい音を立ててドライデンの眉間を直撃する。情けない声と共にドライデンはひっくり返った。


「……なんていうか、すっごい小物……!」


 そうつぶやいたシルヴィに、集まった男達が動揺した雰囲気が伝わってきた。

 だが、このあたりの悪事の八十パーセントは彼の手によるものか、彼の部下の手によるものなんて聞かされていたら、もうちょっと何かあると思うのではないだろうか。


「――テッラ、捕まえて」

『主のお望みのままに』


 低い声で命じれば、石造りの床が形を変え、拘束具となってドライデンやその手下達の体に絡みつく。


「ドライデン商会はこれで終わり。あとは王家の沙汰を待つのね。ギルドが思っている以上に、大ごとになるんじゃないかしら」


 解放しろ! とわめく男達の声を無視し、シルヴィはドラゴンの方を振り返る。


「君はどこに住んでいたのかな。それがわかったら、すぐに連れて帰ってあげるからね」


 その声は、先ほどまでの冷ややかな声と、まったく違っていたのだった。

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