クリストファーの呪い
(やれやれ、奔放にもほどがあるだろ……!)
ドライデンの屋敷を出てきたシルヴィは、当初の予定は丸っと忘れていたようだった。ギランの家は『がさがさ』やったくせに、ドライデンの屋敷の捜査は頭から抜け落ちていたらしい。
とりあえず、魔物の違法取引でドライデンを引っ張り、贋作についてはその捜査の過程で証拠が見つかったということにするしかないだろう。
自分の思う正義を勝手に貫くわけにもいかないというシルヴィの言い分はわからなくもないが、強引と言えば強引だ。
ドラゴンを放置しておくわけにもいかず、冒険者ギルドの方に向かうというシルヴィとはここで一度別れる。エドガーも城に戻って、残りの仕事を片付けねば。
ウルディ自体は、レンデル伯爵の領地なのだが、シルヴィの農場があるあたりから南は、エドガーの領地である。
エドガーの領地とはいえ、住民は総勢で百人ほどだろうか。エドガーが管理するには小さすぎるので、レンデル伯爵に管理を任せている。
だが、領主として、シルヴィの農場から歩いて十分ほどの場所に、エドガーの屋敷というか別邸というかがある。そこに王宮と、この屋敷を繋ぐ転送陣が描かれている。
屋敷の使用人達は、予定の時間よりだいぶ遅くなっての帰宅にちょっと驚いた様子ではあったが、目立たないように護衛もつけているので、心配はしていない。
(……ドラゴンは、ギルドが野生に返すだろう。あの分だと、こちらの言っていることは通じていそうだしな)
幼生のドラゴンではあるが、シルヴィの言葉には従っていた。どこから連れてこられたかについては、ドライデンを締め上げれば白状するだろう。
そうしたら、その地の冒険者ギルドと連携して、元の住処に返してやればいい。
拉致された段階で親ドラゴンが迎えに来なかったということは、親のいないドラゴンなのだろう。
(……戻ったら、明日の夜の準備だな)
明日の夜は、王家との取引を求めている商人達と面会の予定が入っている。王室御用達になるためには、まずは品物を確認しなくてはならない。
本来なら、クリストファーの仕事だったのだが、このところクリストファーは公務からは離れている。神殿で、治療を受けながら、どこの遺跡で呪いを受けたのか調査を進めているところなのだ。
カティアを神殿に隔離して以来、頭がすっきりしているのは、彼女にかけられていた呪いの効果が薄れたから。
王宮魔術師達が完成させた呪い除けのアミュレットの効果が利かない相手というのも恐ろしい。神殿には、王宮魔術師達もつめていて、その呪いを防ぐアミュレットの開発も並行で進められている。
(シルヴィに頼んだら、あっという間に終わるんだろうな)
王宮の廊下を歩きながらそう考え、首を横に振る。
いくらなんでも、そこまでシルヴィに頼りきりになるのもよくない。首をひねったら、ぽきりといい音がする。このところ、仕事は増える一方だ。
メルコリーニ公爵や他の貴族達も毎日遅くまで仕事をしているけれど、それでは追いつかないのだ。クリストファーが抜けたというだけではなく、クリストファーの後始末も追加されているので。
(疲れてるんだろうなぁ……俺)
その自覚はある。
そろそろ、シルヴィの農場に通うのはやめるべきなんだろう。あまりにも居心地がよいので甘えきりになってしまっているが、これ以上シルヴィの負担を増やすのは間違っている。
「ずいぶん、帰りが遅いんだな」
「兄上。こんなところで、どうかしたのですか」
エドガーが部屋まで戻ってくると、扉と向かい合う側の壁にもたれるようにしてクリストファーが待っていた。
クリストファーの方も疲れているようだ。神殿での呪いの解除は、かなりの体力を必要とすると聞いている。それでも、まだ完全には解除できていないようだ。
「いや、お前が毎日出歩いていると聞いたものだから」
「ああ――、それは、俺の我がままで。公務には、穴を開けていないので安心してください」
「お前はついていたな、呪いに巻き込まれなかったんだから」
こちらを見るクリストファーの目の色が、いつもと違うような気がして、エドガーは目を瞬かせた。以前から、こんな暗い声の持ち主だっただろうか、兄は。
「俺も呪いの影響は受けていましたよ、兄上。被害が小さかったのは、俺がカティア嬢に近づかなかったからでしょう――というか、ダンジョンで呪いを受けるのは、事故のようなものでその点については責任がない」
そもそも論として、カティアを連れてダンジョン探索に赴いたのが失敗だ。カティアが呪いを受けたのが先か、カティアの魅力に取り込まれたのが先か。それは、なんとも言えない。
エドガー自身は、カティアにはさほど悪い印象はなかった。平民出身で苦労しているのも知っていたが、勉学については兄が、マナーについては”シルヴィアーナ”が面倒を見ていたのだ。エドガーが、余計な手を出す必要もなかった。
カティアが慢心しているようであれば、一言くらいは忠告したかもしれないが、勉学においては彼女は非常な努力家だった。
少しずつ、カティアが王宮で過ごす時間が長くなり、そうしているうちにエドガーもわずかとはいえ、呪いの影響を受けた。
「責任、か――父上は、俺の責任を問うつもりのようだ」
「たしかに、まだ、完全に踏破されていないダンジョンに入ったのは失敗だったかもしれませんね」
自らを鍛えるために、冒険者を連れてダンジョンに入るのは、忌避すべきことではないし、国王である父も、息子達が許可を求めた時には却下することはない。けれど、昔の遺跡がダンジョン化した場所は、往々にして過去の遺産が残っているものだ。
違うダンジョンを選べばよかったのだ。
「――あれは、俺は運が悪かっただけだ!」
たしかに、運が悪かったのだろう。A級の冒険者を連れ、入っていたのに呪いを受けた。
「行先は選ぶべきだったんですよ。遺跡ではなく、自然の洞窟がダンジョン化したものであれば、呪いの危険は少なかった。完全に調査の終わっているところを選べば、なおよかった」
完全に調査の終わっているダンジョンであれば、呪いは解除されているし、危険な場所についても報告が上がっている。
カティアの立ち位置を確かなものにするために、新たなダンジョンを踏破しようとしたのだろう。兄が入ったのは、本来許可を得たダンジョンとは別のダンジョンだと聞いている。
「――お前に何がわかる?」
「兄上が何を言いたいのか、俺にはわかりません」
兄の目が、正面からエドガーの目をとらえた。やましいことなどまったくないから、エドガーはたじろぐことなくその視線を受け止める。
「カティア嬢の方は、どんな具合ですか」
クリストファーが黙り込んでしまったので、エドガーの方から話題を変えた。いずれにしても、カティアの様子は気になっていたのだ。
「神殿で、呪いの解除を進めているところだ。彼女が一番深く、呪いに侵食されていた」
カティアは、昔封じ込められた魔物の呪いを受けているようだ。クリストファーが取り込まれなかったのは、王族が身に着けているアミュレットが、呪いの影響を和らげたからだ。
平民であるカティアは、クリストファーができうる限りの装備を揃えてやったにしても、王族だけが持つことを許されるアミュレットまでは持つことを許されなかったのだ。
「……そうですか」
「――そのうち、俺には厳しい沙汰が下るらしいぞ。お前からしたら、ついているかもしれないな」
意味ありげな言葉を残し、クリストファーは踵を返す。本来、伝えたかったのは最後の言葉なのだろう。
(ついてるって……どういうこと、なんだろうな)
兄の言葉の意味がわからず、エドガーは首をかしげるしかなかった。
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