贋作製作者を締め上げよう

 エドガーを引っ張り込んだのは、いつもはエドガーの仕事部屋として使っている部屋だ。

 机の位置をずらすと、そこには転送陣が描かれている。


「どこに飛ぶんだ?」

「冒険者ギルド。いつもは使わないんだけど、今回は特例ってことで許可をもらってあるのよね」


 冒険者ギルドには、転送陣が設置されている。

 基本的には、近隣の冒険者ギルド同士を結びつけるためのものだ。どこかの街で事件が起きた時、早急に冒険者を送る時に使われる。

 転送陣を起動するのには魔力が必要になるが、冒険者ギルドには適した人材がいるので問題はない。


 今回は特例として、シルヴィの家から冒険者ギルドに飛ぶことができるようにあらかじめ設定しておいた。

 一瞬、周囲の景色が歪んだかと思ったら、次の瞬間にはシルヴィの農場から冒険者ギルドへと移動している。

 移動した時には、ギルドマスターはシルヴィを待ち構えていた。


「ギルドマスター、転送陣を使わせてくれてありがとう」

「何、この程度の便宜を図るのくらいどうってことはない。君なら転送陣を起動させられるんだから」


 シルヴィがその気になれば、冒険者ギルドの転送陣を使わせろとごねることもできたはずだが、今まで一度もやったことはない。

 特権階級に生まれたので、権力を振りかざすのはろくなことがないと知っているのである――その権力が、S級冒険者になるというシルヴィ自身の功績から来たものとしても、だ。あと自分で書けるので、必要ないと言えば必要ないのだ。

 ギルドマスターから話を聞けば、贋作職人の名はギラン。ここから通りを三本挟んだところに工房兼自宅があるそうだ。


(……早いところ、締め上げておかないと)


 ちょっとしたアクセサリーならともかく、冒険者の使うアミュレットの贋作にまで発展したら、冒険者達の生命にもかかわってくる。

早めに芽を摘んでおかなければ。

 そう決意しながら向かったギランの家は、他の家と何一つ変わらなかった。

 こういった職人は自宅兼工房で作業を行い、空いた取引先に納品する。もしくは、直接製作を依頼してきた取引先と仕事を行うのだ。


「――ギラン? 魔道具製作士の」


 扉をノックすると、一人の男が顔をのぞかせる。シルヴィはにっこり笑って、相手の名を確認した。


「ああ」

「友人から紹介を受けてきたのよ。アミュレットを作りたくて」

「アミュレットを?」


 顔をのぞかせた魔道具製作職人は、中年の男性だった。贋作に関わるような悪者には見えない、気のよさそうな笑みを浮かべている。

 シルヴィは半歩引いて、背後に立っているエドガーの姿も彼に見えるようにする。


「ええ。私のと彼の。最近パーティーを組んだばかりで、生存率を上げたいのよ。お願いできるかしら?」

「こりゃ驚いた、あんた達冒険者か――入りな」


 ギランがそう言ったのは、シルヴィが私服で来ているからだろう。

ワンピースにブーツ、肩から斜めにかけたバッグ。街中にいる同年代の少女達とどこも変わらない。

 後ろにいるエドガーも、シャツに上着、ズボンという動きやすい格好だから、冒険者には見えないだろう。一応腰に剣をつってはいるが、冒険者なら当然だ。

通されたギランの家は、いろいろなものが散らばっていた。入ってすぐのところが工房になっているようで、大きなテーブルの上には、作りかけの細工物が置かれている。

炉が置かれているのは、錬金術のスキルは持っていないということなのだろう。錬金術のスキルがあれば、金属を変形させるのは自由自在だからだ。シルヴィがやっているように。


「で、どんなアミュレットが欲しいんだ?」

「――S級冒険者のお墨付きなアミュレットが欲しいの」


 そうシルヴィが口にすると、ギランはわかりやすく顔色を変えた。


「どこでそんな話を聞いたんだ? 俺が作っているのは、単なるアミュレットだよ。S級冒険者のお墨付きなんて、ここにあるはずないだろう」

「――そうか。お前はそうやって言い逃れするつもりだったか。だが、冒険者ギルドが、お前の名を出したぞ。お前の捕縛命令も出ている」


 家の中に入り込んだエドガーがそう付け足すと、ちっと舌打ちをしたギランが、身をひるがえす。その動作は意外にも俊敏だった。

 シルヴィの方が、いなしやすいと思ったらしい。シルヴィを突飛ばそうとしたところで、一歩シルヴィは身を引いた。

 すっと足を突き出せば、その足に躓いたギランがよろめく。その動きを利用して、エドガーは床の上にギランをたたきつけた。そのままがっちりと関節を決め、床に押さえつける。


「やるじゃない」

「だろ? というか、お前なら俺を使わなくても取り押さえられるだろ?」

「……まぁね」


 今にも口笛を吹きそうなシルヴィに向かい、ギランは恨みがましい目を向けた。


「――なんだよ、お前」

「あー、そいつな。S級冒険者なんだ。だから、とびかかるなら俺にしとくべきだったんだよ、お前は」


 ギランを引き上げ、後ろ手に拘束しながら、エドガーが言う。エドガーの方にとびかかったとしても、逃げられなかっただろうに。


「誰に頼まれたの?」

「……言えるかよ」


 言いにくそうに、ギランは視線を逸らす。今の今までシルヴィをにらみつけていたというのに。


「お願い。教えてくれないかしら――教えてくれたら、私は見逃してもいいんだけど」

「……本当に見逃してくれるのか?」

「私はね」


 重ねて問われ、シルヴィは首を縦に振る。

 それでもギランは口を割ろうとはしなかった。


(……しょうがないな)


 正攻法で行きたかったが、このさい仕方ない。


「エドガー、こっちに来ないで」

「は?」

「いいから! 私の後ろに下がってて!」


 エドガーを自分の背後に回らせておき、シルヴィはギランの肩を掴んだ。


「……吐くなら、今のうちよ?」


 以前、ダンジョンに潜った時、魔物相手に発した”威圧”スキルをギランに向けて放出。

勢いにのまれたギランががたがたと震えはじめた。吐かなければ殺される、と思ったのだろう。


「ド、ドライデンだよ! この町を牛耳っている! あんだだって、名前くらいは聞いたことあるだろ!」


 今の彼の言葉には、”冒険者ならば”という意味が含まれている。だが、今までそんな話は幾度となく聞かされた。証拠がなければ、ドライデンをとらえることはできない。

いまだがたがた震えているギランの肩を掴んだまま、シルヴィはにっこりと微笑んだ。


「証拠はないわよね?」

「……あるわけないだろ、そんなの。だいたい、今、こうやって話していることだって危険なんだ」

「お前の目の前にいる女性の方が危険だと思う」

「エドガー黙ってて。そのツッコミは今はいらない」


 背後からツッコミを入れるエドガーには、振り向きもせずぴしゃりと言う。


「んー……どうしようか。証拠がない話なんて、証明しようがないわよねぇ……」


 顎に手を当て、シルヴィは深刻な表情で考え込む。


「あなた、ドライデンの取引相手なんでしょ。何か、悪いことに使っている場所とか知らない? ドライデンがどんな人間なのか、冒険者ギルドの面々は知っているものの手は出せないでいたでしょう」

「……それを言ったら見逃してくれるのか?」


 シルヴィがよほど怖かったようで、ギランの顔は真っ青だ。


「"私は"見逃すって言ったでしょ。しつこいわね」


 まだうだうだ言っているギランを、シルヴィはじろりとにらみつけた。


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