畑がウサギに狙われた!

(カティアの呪いに、王家の皆が影響されてたってことなんだろうなぁ……)


 クリストファーだけではなく、エドガーや国王夫妻まで影響が及んでいたとなると、カティアはどれだけ城に出入りしていたのだろうか。

 クリストファーの”友人”としてであれば王宮に出入りできるはずだ。そこまで近しい関係になっているとは気づいてなかった。


(殿下の処遇は、呪いの解除が終わってからって言ってたわよね)


 婚約破棄が今さら撤回されるはずもないが、クリストファーは呪いの被害者でもある。彼の処遇について、また国王夫妻は頭を抱えることになっているんじゃないだろうか。

 昨日、両親に聞かされたことは聞かされたことでとりあえず置いておく。それよりは、畑の世話をきっちりやらなければ。

 家の近くに植えたのは、ルッコラ、バジル、ローズマリー。シソとパセリも忘れてはいけない。ミントは鉢植えにし、キッチンの窓辺、日当たりのいいところに置いてある。

 ジャガイモの水やりをアクアがきちんとやってくれたか確認しようと外に出て、シルヴィは悲鳴を上げた。


「うああああああ、信じられなぁぁぁぁい!」

「――朝からうるさいぞ」

「なんか、ごく自然にここにいるわよね? エドガー!」


 もう毎日ここに出勤してると言っても過言ではない。いつものようにたずねてきたエドガーは、畑の惨状に目をやった。

 植えてからまだ十日とたっていないジャガイモがすべて掘り返され、食べつくされている。


「どうした、これは……」

「ホーンラビットよ。あいつら……せっかく植えたお芋になんてことしてくれるのかしら!」


 ホーンラビットとは、その名の通り、兎に似た魔物だ。額に一本の角が生えていることから、ホーンラビットの名がついている。

 兎は草食だが、ホーンラビットは雑食だ。畑の土を掘り返したり、時には鶏小屋を破壊して、中の鶏を獲物とすることもある。

 繁殖力がすさまじい魔物でもあるが、さほど強い魔物でもなく、一般の人でも退治できる範囲だ。

 だが、芋を全部掘り返されるなんて想定していなかった。


「――イグニス」


 低い声でシルヴィが呼んだのは、炎の精霊だ。シルヴィの呼びかけに応じて姿を見せたのは、赤い甲冑を身にまとった、若い騎士だった。


「我が最愛のレディ、何か御用か」

「――そういうのはいいから。ホーンラビットに畑をやられたの。植えなおす前に、片付けておきたいのよね」

「承知した。獲物はすべてレディの前に捧げよう――」


 一礼したイグニスは、そのままふわりと姿を消す。


「なんか、思っていたのとは違うな。炎の精霊ってあんなだったか」

「私が呼び出した時は、あんな感じだわね……」


 精霊は、呼び出す者によって姿を変える。

 シルヴィが呼び出したイグニスは、騎士の姿をしていたけれど、他の者が呼び出した時には、妖艶な美女の姿をとっていたのを見たことがある。


「とりあえず、私はお芋を植えなおすわ……あ、その前に柵を直した方がいいのかな。このあたりにホーンラビットが出るなんて聞いてなかったから油断したわ……」


 柵の修理が必要なのは、初日にこの農場を確認した時にわかっていたけれど、収穫までに直せばいいかと応急処置で済ませてしまった。


(……油断大敵ってやつよね)


 今後、畑の警備をどうするかは、真面目に考えた方がいいだろう。

 不意に向こうの方で、ドーンッと大きな音がしたかと思ったら、巨大な火柱が立ち上がる。それを見たシルヴィは、両手を頭にやった。


「――しまったぁぁぁぁ!」

「どうした? 魔物の発生か? ホーンラビット以外がどこからか出てきたか?」


 シルヴィの悲鳴に、素早くエドガーが反応した。腰の剣に手がいっているのはさすがと言えばいいんだろうか。


「違うー――! イグニスが張り切ってるから間違いなくホーンラビット黒焦げだわっ! ホーンラビットのシチュー! めちゃくちゃおいしいのに……!」

「そっちかよ!」


 そっちかよと言われても!

 あちこちで火柱が上がったかと思うと、向こう側からイグニスが戻ってくる。正確にはイグニス達、だ。

 同じ姿をした炎の精霊が、それぞれ一頭ずつホーンラビットをぶら下げている。


「――マイレディ」

「あ……うん。ちゃんと言わなかった私が悪かったわ……これじゃ肉は取れないから、角だけとって、あとでギルドに売りに行く。そこに重ねておいて」

「承知した」


 ホーンラビットの角は、細かく砕いてポーションの材料に使われる。これだけ数があれば、当面ギルドでも困ることはないだろう。

 イグニス達がホーンラビットを畑の隅に積み上げる。そして、再び姿を消すのを待って、シルヴィはエドガーの方に振り返った。


「エドガー。あなたの属性は雷だったわよね?」

「――ああ。それがどうかしたか?」


 この世界の人間は、皆なんらかの属性を持っている。

 炎、水、土、風といった精霊に通じる自然界の要素とは別に、水属性の亜種である氷、回復魔術を行使する時、特に高い属性を発揮する光、鍛冶師に向いているとされる鉄などもある。

 エドガーの場合は、雷属性であることをシルヴィは知っていた。雷と言えば電気だ。

 ――となれば。


「ちょっと待ってて。柵の修理をするのに、やりたいことがあるから」


 エドガーをその場に残し、一度家の中へと戻る。


(どこに置いたかなー、どこだったかなー。あ、あった!)


 いつか、何かに使うと思って用意していた針金。これを使うのが、一番いいだろう。

 針金の束を持ち、エドガーのところへと戻る。


「はい、これに魔力を流し込んで」

「……針金――っておい! これ、ミスリルじゃないか!」


 シルヴィが無造作に取り出した針金を受け取ったエドガーは全力で突っ込んだ。

 ミスリルと言えば、特殊な金属だ。さまざまな効果を魔力を流し込むことによって付与されると言われている。

 だが、その分、貴重でもあり、なかなか採掘されない。ダンジョンによっては、内部で採掘されることもあるけれど、そこに行くまでが命がけだ。

 冒険者達にとって、ミスリル製の武具というのは、いつか手に入れたい憧れでもある。

 そのミスリルの針金を差し出されたエドガーが、目を見開いたのも当然だ。


「これ、ちょっ、ちょっと待て。これを畑の囲いに使うと?」

「ええ、何か問題? あなたが魔力を流し込んでくれたら、びりびりする針金が作れるでしょう? そうしたら、ホーンラビットだけじゃなくて、他の魔物や野菜泥棒も追い払うことができるかなって」


 彼の魔力を針金に流してもらえば、触れるとびりびりする柵を作ることができる。そう判断したのはシルヴィだったけれど、エドガーにとってはとんでもない出来事だったらしい。


「もうちょっと考えろよ! 畑の柵にミスリル使うとか普通ないだろ! 武器か防具を作れ!」

「えー、ミスリル製の武器も防具ももう持ってるしぃ――」

「ミスリルの無駄遣いにもほどがある!」

「ダンジョン潜ったら、割と簡単に手に入るけど?」


 シルヴィにとっては、その程度のことなのである。たしかに貴重品といえば貴重品だろうが、足りなくなれば取りに行けばいいだけの話だ。魔力をまとわせるのに一番適した素材だから持ってきただけである。


「S級冒険者の基準で語るな! 普通は貴重品なんだ、超貴重品! 普通の針金持ってこい!」

「……わかった。持ってくる」


 ミスリルの針金を取り上げ、屋内へと戻る。


「あれ? なんでエドガーの言う通りにしてるんだろ。まあ、いいか」


 細かいことは、気にしても始まらないだろう。

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