メルコリーニ家はちょっとおかしい
「なんで俺が……こんなことをやらなくちゃいけないんだ」
ぶつぶつ文句を言いながらも、エドガーは針金を手に取る。
なんでって慰謝料の上乗せ分に決まっている。シルヴィを見張るといって押しかけてきているのだから、その時間を有効利用しているだけのことだ。
(……魔力の流し方が綺麗。無駄もない)
芋を植えなおすふりをしながら観察していると、彼は魔力の扱いを熟知しているようだ。もともとは魔術師志願ではなく、剣士志願だと聞いてたが、剣士志願にしては非常に巧みだ。
魔力の扱いに不慣れな人間は、無駄に魔力を散らしてしまうことも多い。だが、エドガーの魔力は、無駄に放出されることなく綺麗に針金に流し込まれていく。
エドガーが魔力を流し終わった針金を、シルヴィはあっさり手に取った。
「お前、びりびりしないのか?」
「ああ、これ? 手のひらに魔力をまとわせておくと、他の人の魔力は弾かれるのよね」
「……お前、本当に魔力有り余ってるんだな」
普通は触れればびりびりするのだが、シルヴィは自分の手にまとわせた魔力でエドガーの魔力を押し戻している。そうでなければ、触れたとたんに激しい痺れに動けなくなるだろう。
「お前、本当に反則なんだな……どうやって、その能力を手に入れた?」
「……そうねぇ」
気がついた時には、"シルヴィアーナ・メルコリーニ"だった。
ひとつ救いがあるとしたら、メルコリーニ家はまだ悪に手を染めていなかったということだろうか。
聖エイディーネ学園は、授業料は払わなくていい。だが、卒業生が冒険者となった時は、卒業後三年間、ダンジョンからの収入のうち一割を学園におさめるという決まりがある。
学園の卒業生は、多くがD級、もしくはC級から始めることができる。
ギルドの研修を受ければ誰でもなれる冒険者よりもスタート時のランクは上である分、実入りも大きいのだ。
ゲームの中のメルコリーニ家は学園の乗っ取りをもくろんでいた。たぶん、父親が暇すぎたのが理由なんだろう。
だが、今回はシルヴィが自分の教育を父におねだりしたので、娘を鍛えるのに夢中になった分、悪の道には走らないですんだようだ。自信はないが。
「十歳前に、百回近く死にかけるような厳しい訓練を行ったからかしら……ううん、何度か死んだってお母様言ってたっけ」
シルヴィは遠い目になった。みずから望んだこととはいえ、あの修業はつらすぎた。
母の方も、「生きのいい死体なら蘇生できる!」と自信満々に言い放つだけあって、確かな腕の持ち主だった。
万が一間に合わないことがあれば大変だと、母も訓練につきっきりだったから――その分、父もシルヴィを鍛えるのにやりたい放題だったらしい。
シルヴィ自身が望んだことではあるが、家族の仲にヒビが入らずにすんで本当によかった。
「十歳の時には、ナイフ一本でダンジョン内に放り出されたかな。じめじめしてて、とても不愉快だったわね」
「子供をダンジョンに放り出すな! せめて、もうちょっとましな武器を持たせてやれよ!」
「大丈夫。三時間で一番下の階層までクリアしたから」
「その時点で人間やめてるだろ!」
それはシルヴィもよくわかっている。
前世のゲームでは、ラスボスルートの”シルヴィアーナ”は、『人類を引退した女』と言われていた。だからこそ、記憶を取り戻した瞬間、自分がすさまじいポテンシャルを秘めていることを思い出したわけであるが。
「十二歳の誕生日プレゼントは、ソロでドラゴン狩る権利だったわね……」
「プレゼントは選べよ公爵!」
「軽く死にかけたけど、お母様が一緒にいたから、すぐに蘇生できたわ。半年後に今度こそソロでリベンジしたわね」
「すさまじいな、メルコリーニ家!」
それからあと、学園に入学するまでにつまされた訓練を事細かに語ってやると、どんどんエドガーの顔が引きつっていく。
「十五歳で学園に入ったあとは、転送陣であちこち飛ばされて、ほぼ毎日ダンジョンに潜ってたし……」
冷静に考えれば、過労死してもおかしくなかったんじゃないだろうか。
王家には逆らうべきではないというのが父の教えだったし、自分を鍛えるにはちょうどいいと思っていたが、なんでそこまでしなければならないのかと考えたのは否定できない。
「……聞いた俺が悪かった。というか、兄上とんでもない人間に喧嘩売ってたんたな……」 話をしているうちに、遠い目になってしまった。もし、悪役令嬢として転生していなかったら、もうちょっと違う道があったんじゃなかろうか。
(少なくとも、スローライフを満喫するのに、戦闘力をカンストさせる必要はなかったわよね……)
そんなシルヴィの様子に、エドガーも深くは立ち入らないと決めたようだった。まあ、腹を探られても痛くもなんともないのだが。
「これ、そこの柵に巻き付けてくれる?」
「……おう」
エドガーの魔力を流し込んでいるので、エドガー自身は触れてもびりびり痺れるということはない。
畑をぐるりと囲むように、エドガーが魔力を流し込んだ針金を張り巡らせていく。途中で足りなくなって、針金を追加した。
その作業をしながら、シルヴィはエドガーにたずねた。
「クリストファー殿下は、今何やってるの?」
「呪いの話を聞いたか?」
「ええ、まあ。お城全体に影響があったんですってね」
無自覚のうちに、周囲を”魅了”していたのはカティア。クリストファーもカティアの呪いの影響を受けていた。
国王夫妻やエドガーは、カティアと接していた時間はさほど長くなく、神殿で一回呪いを解除してもらっただけでどうにかなったのだが、クリストファーとカティアについては長期にわたっての治療が必要になるらしい。
「兄上は、まだ治療中だ。それが終わったら、改めて調査することになる」
「……そう」
「――あの時は、本当にすまなかった」
「慰謝料の上乗せしてくれたら文句ありません―」
「そこはしっかりしてるんだな!」
「当たり前!」
最後の針金をしっかりと止め、シルヴィは不意に思う。
(もうちょっと、殿下に気を使っていたら、円満に破談にできたのかなぁ……)
それは、今さら考えてもしかたのないことであるけれど。
「エドガー、お昼にしましょ」
「……昼食?」
「うん、お腹空いたから。今日は、ペンネアラビアータにするつもりだけど食べてく?」
「……いただく」
慰謝料の上乗せ分として働きに来ているとはいえ、食事なしはあんまりだ。
その分、午後もしっかり働いてもらおう。
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