両親をおもてなししましょう
エドガーが通い始めて一週間後。シルヴィは三人分の夕食をテーブルに並べていた。実家から両親がやってきたのだ。
なお、メルコリーニ公爵家の人間は全員、転送陣をさっと起動できるだけの魔力を備えている。公爵はどちらかと言えば、脳みそまで筋肉でできているような戦い方をするのではあるが。
「娘の手料理って最高よねぇ……」
「そうだな。こんな料理は、公爵邸では無理だなぁ」
シルヴィが両親のために用意したのは、目玉焼きをのせたハンバーグ、サラダ、スープといった庶民の家庭ではごく普通に出されているメニューだ。
シルヴィは飲まないが、食事をしながらワインを飲む両親のために、タコとオリーブ、生ハムとイチジク、カプレーゼと三種類のピンチョスも用意した。
一皿一皿運んでくるのではなく、全部一度にテーブルに並べている。デザートに焼いたチーズケーキだけは、食後にコーヒーか紅茶と一緒に出す予定だ。
父も若い頃には、身分を隠し、冒険者として活動していた時期があるので、一般の家庭で出される食事にも慣れている。
「お父様とお母様が、こうやってしょっちゅう来てたら、勘当されてる気にならないんだけど」
「それはしょうがないんじゃない? お父様は、本当はシルヴィちゃんを外に出したくなかったんだもの」
「いっそここに引っ越すか!」
「それはやめてお父様! 国王陛下が泣いちゃうから!」
クリストファーの一件があって以来、王宮はばたばたしっぱなしだそうだ。
国王は後始末と日々の政務に追われているらしく、公爵夫妻が都を離れてしまうと、王にかかる負担がますます大きくなってしまう。
「それで、エドガー殿下はお城でちゃんとやってるの? こっちに来てる時は、しょうがないから、畑の面倒見るの手伝ってもらってる」
「そうだな、多少疲れてはいるかなぁ。まあ、まだ若さで乗り越えられる範囲だろう。しばらくはこのまま放置しておくつもりだ」
父は、エドガーには冷たい。
「お父様、殿下のことも怒っているのよねぇ……シルヴィちゃんのこと、あんな風に言ったから」
母の言葉を聞きながら、ハンバーグにナイフを入れる。上に乗せた目玉焼きは半熟だ。一緒にナイフを入れれば、とろりと黄身が肉に絡む。
「ん、上出来! それはしかたないんじゃないかしら。殿下は私のことよく知らないし」
「……そうだな。シルヴィのことをよく知れば、殿下のものの見方も変わるだろうな」
「わかっててやってるでしょ、お父様」
シルヴィの言葉に、父はははっと笑ってごまかした。
こちらに来ていることで、政務に支障をきたすのならば問答無用で送り返すが、今のところはなんとか回っているようだし、手伝ってもらえるのはありがたい。
慰謝料の増額分も、きっちり回収しないといけないし。
「あの場では、ものすごく頭に血が上っていた気がするけど、ちゃんと話をしてみれば、悪い人じゃないわよね。学園に通っていた間も、殿下のことで悪い噂はきかなかったもの」
学園を卒業後、必要もないのに口実をもうけて訪れてはカティアといちゃいちゃしていたクリストファーをいさめているという噂も聞いたことがあった。
少なくとも、人の話を聞かずに怒鳴りつけるような人とは、今となっては思えないのである。素直に畑仕事を手伝ってくれるからかもしれないが。
「あー、それなんだけどなぁ……」
皿に残った半熟卵の黄身とソースを、父はパンで拭きとりながら遠い目になる。皿のソースまで食べてくれるとはよほど気に入ったらしい。
「実は、カティア嬢呪われてたらしいんだな」
「……呪い?」
「ああ。クリストファー殿下の他にも、カティア嬢に夢中になってた者が何人かいただろ? 宰相のとこの息子とか、騎士団長の息子とか」
「あれだけ可憐な美少女ならしょうがないんじゃない?」
しれっとシルヴィは言ってのけた。カティアの魅力というのは、素朴な愛らしさに集中していると思う。
生まれた時から手間暇かけて磨き上げられたシルヴィの美しさとは対極にあるというか。
「シルヴィちゃんも可愛いわよ! お母様、そう思っているわよ!」
「いや、そうじゃなくて。カティア嬢と私との仲は良好とは言えなかったけど、素直だし努力家だし……可愛げは彼女の方があると思うのよ」
なんでも器用にこなしてしまう”シルヴィアーナ”は、家の力もあり、学園では”女王”と言っても過言ではない立場にいた。
クリストファーに異性関係で付け込まれる隙を与えたくなかったから、男子生徒と二人きりになることもなく、直接会話をかわすこともなかった。
学園にいる間はできる限り、仲のよい女子生徒と一緒に行動するようにしていたから、口の悪い男子生徒の中には「取り巻きを連れて歩いている」と陰口をたたく者もいた。
「だから、夢中になってもしかたないかなぁって思っていたのよね。クリストファー殿下のあの行動はどうかと思うけど、私が諫めても聞く耳持たなかったし」
カティアは”ヒロイン”だから、周囲の男子生徒が彼女以外見向きもしないとなっても、おかしくはないとシルヴィは思っていた。
そのため、あまり深く考えてはいなかったのだ。クリストファーと、どうやったらあとくされなく縁を切ることができるのだろうという方に意識が集中していて、余裕がなかったとも言える。
だが、それが呪いだったということになると、また話は変わってくる。
「でも、呪われていたということは――調べたら何か出てきたの?」
「ああ。以前から、クリストファー殿下の行動には、おかしなところが見受けられた。そこで、殿下とカティア嬢、それから他の者達を徹底的にエイディーネの神殿で調査したのだ」
「クリストファー殿下は、学園を卒業した後、ご自分を鍛えるために、ダンジョンに潜っていらしたのよね。カティア嬢も同行していたらしいわ」
基本的に許可がなければダンジョンに入ることはできないが、許可があれば入ることができる。
そして、クリストファーが熟練の冒険者を連れ、カティアと共にダンジョンに潜っていたとしても、驚かない。
「新しく発見された遺跡に行った時に、何か持って帰ってきたみたいでねー。魔族の呪いだと思うんだけど、ずいぶん巧妙に隠されていたよ」
「へぇ。それで――」
父の話でなんとなく理解した。あの時、ずいぶんクリストファーの方は準備不足だった。少なくとも、破壊された品々だけでは、シルヴィの仕業と断定することはできない。
証人を用意されたところで、時水晶に記録していたという事実以上の証拠はないので、シルヴィも頭から追い払ってしまっていたのだが。
「陛下の方は、証拠がない以上、お互いに言いたいことは言うべきだというくらいの認識だったようだがね」
「――陛下も呪いにかかってた?」
「もう、解除済みだけど、影響は受けていたわ。ただ、私は、呪いの解除は得意ではないので、そちらは神殿にお任せしたけれど……」
頬に手をあて、母はおっとりと微笑む。現役時代は、”血まみれ聖女”の二つ名で呼ばれた母ではあるのだが、聖女という名の割に呪いの解除はさほど得意ではないようだ。
なお、”血まみれ”とは、”前線に取り残された味方を救出する際ついた味方の血”と、”救出に邪魔な敵を容赦なく切り倒した時の返り血”の二種類を指している。
「関係者は、しばらく神殿で治療を受けることになっている。それが終わったあと、改めて話をすることになるだろう」
カティアが呪われていたなんて、ゲームにそんな設定あっただろうか。けれど、シルヴィはそれを思い出すことはできなかった。
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