後始末は穏便に
「ふみゅうっ!」
こんな状況だというのに緊張感のないギュニオンの声が上がる。
そして、ギュニオンは、像の手から転がり落ちた玉に向かい、口から炎を吐き出した。
「――なるほどね!」
あの玉が、魔力の集約地だったようだ。
「こら、やめろ!」
焦るワディムだが、肉体的な能力に関してはシルヴィの方が上だ。ワディムが拾い上げようとした玉を拾い上げた。
(……これは、あとでカティアやシャンタル妃と一緒に調べた方がよさそうね)
「――返せ!」
「い・や・よ!」
シルヴィは、掴みかかってきたワディムをひょいとかわすと、彼の背中に回って手首を捻り上げた。
「――ゴーレムズ! 全部破壊して! 遠慮はいらない! 壊せるだけ壊して!」
「リョーカーイ!」
シルヴィの命令に応じて、ゴーレム達が周囲の壁を破壊し始める。
「やめろ、私のダンジョンが……!」
「そんなもの、今さらどうしようもないでしょ!」
嘆くワディムを押さえつけながら、シルヴィは言い放つ。
「……シルヴィ!」
後方の魔物達を完全に片付けたエドガー達が、追いついてきた。ワディムを押さえつけているシルヴィに向かって、エドガーはため息をつく。
「……もうちょっと加減してやった方がいいと思うぞ」
「……そうだ。ひとつ教えてよ」
いつまでも押さえつけておくわけにもいかないだろう。ワディムを引き上げ、逃げられないように縛り上げながら、シルヴィはたずねた。「ダンジョンの魔物達は、どうしたら絶滅させられるの」
「知らん」
「知らんって」
ワディムの腕を拘束する手に、もうちょっと力を込めてやろうか。その気配を敏感に感じ取ったらしいワディムが肩を跳ね上げる。
「このダンジョンは、例外だ。祖先が作ったものだからな」
「つまり、他のダンジョンを同じように使うことはできないというわけね?」
その言葉にはこくりとうなずく。
どうやら、ワディムがかつてこの地を治めていた王族の末裔であることは間違いないようだ。その国は何百年も前に滅亡していたけれど――。
「ここを、後宮に使うなどというふざけた話、受け入れられるはずがないだろう」
「……そうねぇ」
ここに来てからの後宮の様子に、思わずシルヴィは遠い目になってしまった。マヌエル王の妃達は、これからどうするのだろう。
「でも、あなたのやったことは間違いだわ。ダンジョンを悪用するなんて――どうりで、ここに来てからなんとなく身体が重いとは思っていたけれど」
「なんとなく?」
シルヴィの言葉に、ぎりぎりと縛り上げられたワディムが目をむく。
「あれだけ吸い上げて、まだなんとなくですんでいただと?」
「この部屋に来たら思いきり吸い上げられていたのはわかったけどね」
信じられない、とワディムは目を見開いてシルヴィを見ている。そんなワディムの肩にエドガーがぽんと手を置いた。
「……あれは魔力がありあまっている。お前、命があってよかったな」
「ちょっと、ひどいんじゃない? できるだけ殺さないがモットーなんですけど!」
どれだけ極悪人であろうと、シルヴィは自らの手で命を奪うことはしないと決めている。しばしば半殺しにはしているが、きちんと回復できる範囲にとどめている。
シルヴィが思うままに力をふるったら、取り返しのつかないことになってしまうかもしれないから。
「……お前の魔力に、この男が耐えられない方を心配していたんだ」
「――そっち!」
それなら、ありえるかもしれない。
ポテポテとシルヴィの方に近づいて来たのは、ゴレ蔵だった。手には、大きな石を持っている。
「コロス?」
「それはいいから! その石は捨ててきなさい!」
よいしょっとワディムの方に石をぶん投げそうになったのを見て、シルヴィは慌てて石を取り上げた。ゴーレムなのに、自由過ぎる。
シルヴィが見ているのに気付いたのか、三体寄り添ったゴーレム達は、ぽいぽいと石を放り投げた。
それからジールの方にばたばたと走って行ったかと思ったら、ジールの身体をよじ登り、勝手に鞄の蓋を開けて中に潜り込む。自由過ぎるにもほどがある。
「……ギュニオン。あなたどこから出てきたの」
「うにゅ?」
足元にまとわりついて来たギュニオンを、首の後ろを掴んで持ち上げる。手足や尾をばたばたとさせているが、逃がすわけにはいかなかった。
「鞄を勝手に開けたらだめと教えたわよね? いうことを聞けないなら――」
「みゅ?」
「カーティスさんの差し入れてくれたゴールデンアップル、アップルパイにしてやるんだから!」
「うみゅううううううううう!」
カーティスの差し入れてくれるダンジョン産の林檎は、最高級の品である。生の林檎を丸ごと齧る以外の食べ方をしないギュニオンにとっては、アップルパイにされてしまうのは、非常に困ることだろう。
「にゅ、 にゅっ!」
「……それより、シルヴィ。外に出た方がいいんじゃないか? マヌエル王も待っているだろう」
「え、ええ……そうね」
魔物は消えたから、問題をうまく解決したのは伝わっているだろう。ジールがワディムを担ぎ上げ、すっかり様子の変わってしまった後宮内を足早に進む。
「これ、修理が大変でしょうね……」
ワディムが持っていた玉はすかさず回収してきた。このダンジョンとセットでないと使えないらしいから、誰か専門家に調べてもらうことにしよう。
「――アメリア! ではなかったな。シルヴィ・リーニ」
「こんな格好で失礼しますね。これは私の仲間達です。後宮がダンジョン化した理由については、わかりましたが――ワディムについては、そちらで処罰してください。ただし、カティア嬢は返してもらわないと困ります」
今回は、王宮内での問題だったのでギルドが出るまでもない。けれど、カティアを連れ去った件については、返してもらわねば困る。
ここを不問にすることにして、シルヴィが素性を偽って後宮入りした件については不問にしてもらおう。そのあたりの交渉は、面倒ごとを押しつけた王にやってもらうつもりだ。
「私の妃にするつもりだったんだがなぁ――」
「い、嫌です! お妃様なんてお断りします」
集まっていた人の後ろから飛び出してきたカティアは、マヌエル王に反発した。シルヴィが見ているだけでも、彼女の身体にはあちこち血がついている。
「カティア嬢、怪我をしているのなら、治療――」
「これは、治療の時についた他の方の血です」
なんだろう、カティアの雰囲気が急に変わった気がする。シルヴィは目を瞬かせた。
「私、もっと勉強します。今回の件で、痛感したんです。私には、力が足りないって」
「――正直に言って、私、あなたのことは好きになれないと思うのよ」
半分ため息を吐きながらのシルヴィの言葉に、カティアはぎゅっと唇を引き結ぶ。けれど、シルヴィは続けた。
「でも、あなたがもし――クリストファー様の治療ができるようになったなら、その時は真っ先にあなたを推薦するわ」
カティアはそれ以上何も言わなかったけれど、驚いたように目を丸くし、それから顔をくしゃりとさせた。
「……甘いな、シルヴィは」
「自分でもそう思うわ」
カティアも泣きそうな顔を見られたくないだろうと思ったから、シルヴィはくるりと向きを変えた。
「でも、本当にクリストファー殿下を想っているというのだもの。彼女に治療を任せるくらいはしてもいいんじゃないかしら」
エドガーの言う通り、甘いのだろう。二人の犯した罪は、到底容認できるものではなくて。
――でも。それでも、治療くらいはいいではないかと思ってしまったのだから、しかたないではないか。
もちろん、すぐに許しが出るとは思わないけれど――遠い未来、いつか、ひょっとしたら。そんな期待くらいは、残してもいいような気がする。
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