ゴーレムズ颯爽と登場!

 やがて、目の前に巨大な扉が見えてくる。精霊達の声によれば、この奥にボスのいる部屋があるようだ。


「――この奥ね」


 巨大な扉の前で、シルヴィは足を止めた。魔物が彫刻された石造りの扉だ。いかにもまがまがしい雰囲気が漂っている。

 扉に手をかけ開こうとすると、内側から扉が勢いよく放たれた。


「――エドガー!」

「任せろ!」


 エドガーに向けて、シルヴィは警告を発する。扉から飛び出してきた魔物を、エドガーは一刀のもとに切り捨てた。


「シルヴィ、奥に注意! 手前の魔物は任せて!」


 テレーズが、杖を構えて口内で素早く呪文を唱える。続いて出てきた魔物が、一気に燃え上がった。

 テレーズの取りこぼした魔物を、ジールが叩き切り、扉の奥へと目を向ける。シルヴィは精霊達を呼び出した。


「――行くわよ!」


 シルヴィが先頭に立ち、部屋の中へと足を踏み入れる。シルヴィは、油断なく周囲を見回した。


「――待っていたぞ。わが生贄よ」

「……はい?」


 ワディムの言葉に、シルヴィは目を見開いた。我が生贄っていったいなんのことだ。シルヴィを生贄と呼ぶだなんて、どうかしている。


「――生贄?」


 シルヴィをかばうように、エドガーが前に立ちふさがる。シルヴィは、守ってもらう必要なんてないのに。


「……このダンジョン、あなたが復活させたの?」

「そう。三人の生贄から魔力を吸い上げることによって。そして、最も魔力の多い者を生贄とすることにより、このダンジョンは完全に復活する」

「シルヴィ下がれ!」


 エドガーに言われるまでもなく、シルヴィは大きく後ろに飛び退った。テレーズの放った魔術が、シルヴィの前にバリアを張る。


「――なぜ? このダンジョンを復活させることに何の意味が?」


 どうしても、シルヴィにはその理由がわからなかった。ワディムは、後宮の守り人という自分の尾立場にい、いたって満足しているように見えていたから。


「この場所には、かつて、わが一族の治めていた国があった。ダンジョンの力を得て、国を再興してみせる。あのような、腑抜けた王に、この国を治めさせるわけにはいかない」

「……はい?」


 シルヴィは、思わず仲間達の方を振り返った。そして、彼らもシルヴィの方を見返して、げんなりとした顔をしている。


「――まさか、そんな馬鹿馬鹿しいことで」


 口を開きかけたシルヴィだったけれど、固まってしまった。身体の奥で、何かが目覚めようとしている。


(……ああ、そうか)


 シルヴィを生贄にするイコールシルヴィの中の悪に引きずられそうになる気持ちを引きずり出すということか。魔力と共に、どろどろとした気持ちが、胸の奥底から込み上げてくる。


「――シルヴィ!」


 一瞬意識を持って行かれかけたけれど、エドガーの言葉にすぐに自分を取り戻した。


(……大丈夫。私は大丈夫――信じてくれる人がいる、から)


 エドガーは、シルヴィを信じてくれる。シルヴィを怖がらないでくれる――それが、シルヴィを人間の側に引き留めてくれる。


「――お前は、大丈夫だ。信じている」


 背中にそっと当てられる手。そこから流れ込んでくる感情に、どう名をつけたものかシルヴィにはわからない――けれど。


(私は、大丈夫)


 心の中でもう一度繰り返す。


「テレーズ、こっちにバリアちょうだい!」


 シルヴィの声に、テレーズがシルヴィの前にバリアを張ってくれる。これで、魔力を吸い取られるのはしばらく阻止できるはずだ。


「――対抗できるのか?」


 驚いた様子で言ったワディムは、一歩後ろに下がった。

 そして、岩壁に手をやる。彼が壁の一部を押すと、新たな魔物が湧き出てきた。今度は、魔物だけではなくゴーレムも湧き出てきた。今まで、後宮の警備にあたっていたゴーレムだろう。


(クリストファー殿下より上……いえ、完璧に魔物を操っている……?)


 かつて、クリストファーは魔物を操ろうとしたけれど、それは失敗に終わった。その点からすれば、ワディムの方がクリストファーより上だ。


「皆は魔物をお願い! 私は――ワディムをとめる!」


 剣を抜いたシルヴィは、一気にワディムに接近した。シルヴィが上から打ち下ろした剣を受け止めたのはゴーレムだ。

 ワディム自身は、奥へと逃げ延びている。


(……ただの魔術師じゃない?)


 シルヴィが追う。ワディムが下がる。

 シルヴィの動きに、ワディムは完全に対応している――なぜだ。もう一歩、踏み出そうとしたところで、シルヴィは背中がぞくりとするのを覚えた。


「シルヴィ! 行くな!」


 背後からエドガーの声がしたかと思ったら、シルヴィの目の前を熱戦熱線が横切る。


(……まずかったわ)


 この程度では命を落とすことはないが、痛みを覚えないというわけではない。

 なおもワディムは奥へと逃げていく。


「後ろは任せろ。お前は、ワディムだけ見てろ!」


 エドガーが背中を守ってくれるのならr、後ろから襲われる心配はしなくていい。

 最終的にワディムが飛び込んだのは、広い部屋だった。部屋の中央には、ワディムによく似た人間の像が立っている。像の手の上には、丸い水晶のような玉が載せられていた。


「――なんで、こんなところまで逃げてきたのよ」

「二人の生贄から、魔力を吸い上げ、残る一人をここで捧げる。これで、このダンジョンの復活は確実なものとなる」

「……ダンジョンを操れるの?」

「昔、このダンジョンは我が一族のものだった」

「つまり、あなたは失われた魔術を継承しているというわけね」


 ワディムのゴーレムが特別だったのも、ひょっとしたら失われた魔術を継承しているからなのかもしれない。


「――あっ」


 とたん、身体がその場に硬直したような気がして、シルヴィは動けなくなった。足が地面に縫い付けられたみたいだ。


「――シルヴィ!」

「こっち、来ちゃダメ……!」


 身体が、完全に固まっている。そして、魔力が吸い上げられていくのをシルヴィは理解した。ここにエドガーが来るのはマズイ。


「ちょっと、待ってろ! ――おわっ!」

「……へ?」


 エドガーはバッグの中から何かを出そうとしたらしい。だが、バッグはエドガーの肩からするりと外れたかと思ったら、そのままシルヴィの方に勢いよく飛んでくる。


「うにゅうう!」


 バッグから飛び出してきたのは、ギュニオンだった。農場で留守番させていたはずなのにどうしてこうなった。


「ぎゅるうぅぅぅぅぅ!」


 ギュニオンの口から、激しい唸り声が上がった。


「ちょ、お前なんでそこから出てくるんだよ!」


 エドガーとしても、ギュニオンの登場はあまりにも意外だったようだ。こんな時だというのに呆然とした声が漏れた。


「――ゴーレムズまで!」


 鞄から出てきたゴーレム達は、ワディムそっくりの像の方へポテポテと走っていく。


(……エドガーとジールに預けていたのに!)


 これ以上、後宮で騒ぎを起こされては困るから、ゴーレム達は、エドガーとジールに預けていた。まさか、鞄の中に放り込んでいたとは!


「ハカイー!」


 ゴーレム達が、ワディムそっくりの像に体当たりする。順に体当たりしているうちに、像は倒れこんだ。


「――こら、お前達! その粗雑なゴーレムをとめろ!」


 粗雑って言い方はひどい。たしかに顔面は素朴だけれど。

 ワディムの命令に従い、ワディムのゴーレム達がシルヴィのゴーレムをとらえようと腕を振り上げた。


「ジュウリーン!」

「ヤッチマイナー!」


 ひょいひょいと俊敏な動作でワディムのゴーレムをよけながら、シルヴィのゴーレム達は力を合わせてワディムのゴーレムの片足を持ち上げた。


「ヒックリカエセー!」

「……なぜ、そんな」


 シルヴィのゴーレム達が強いというのはわかっているらしいが、実際に目の前でやられても頭の方がついてこないらしい。


「なんで、あんなに口が悪くなってるのよ……!」


 こんな状況なのに、戦闘とはまったく関係のないところでシルヴィは頭を抱えた。ゴーレムにしゃべる機能はつけたが、なんであんなに口が悪くなった。

 ジールか、ジールの影響か。中庭でビール片手にゴーレム達と遊んでいた時も、とっても口が悪かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る