ラスボス・シルヴィアーナ
「炎の精霊が魔物を燃やしたら、戦えない人は一気に脱出を。陛下達も、上手に退却してください。後宮の入り口をふさぎます」
「しかし」
シルヴィの言葉に、マヌエル王は渋い顔になった。シルヴィの正体に気づいているとは思わないが、後宮のことを他国から来た人間に任せるのは気が進まないのだろう。
「陛下。私はエイディーネ王国でS級冒険者として活動しています。専門家にお任せいただけません?」
そう言うと、マヌエル王はまじまじとシルヴィの顔をのぞきこんできた。
「――S級冒険者。そうか、そういうことか。わかった――この先のことはそなたに任せよう。シルヴィ・リーニ」
S級冒険者というのは数が少ないし、そもそも若い娘というのはシルヴィだけだ。
きっと、他国のS級冒険者についてマヌエル王は情報を持っていたのだろう。
「お任せください――テッラ。頃合いを見計らって、塞いじゃってくれるかしら」
『承った』
「頼んだぞ!」
マヌエル王は身をひるがえして先に行った妃達のあとを追う。彼にぴたりと正妃とエリーシア妃が寄り添うのが見えた。
(……あちらは、大丈夫そうね)
イグニスに好き勝手暴れてもいいと言っておいたから、妃達の負担は相当軽減できているはずだ。というか、そう期待したい。
フライネ王国の一行と別れ、シルヴィ達は奥を目指す。ダンジョンを完全につぶすことができればいいがどうだろう。
「なんで、急にダンジョンが動き始めたのかしら」
「ワディムがやっていたとかいう遺跡をよみがえらせる研究と関係あるんじゃないか?」
向こう側からやってくる魔物達を蹴散らしながら、シルヴィがつぶやくと、エドガーが返してきた。
「ワディムの? この状況で彼が出てこないということは、何かあるのかもね。魔物にもうやられているという可能性もあるけれど」
彼は一体どこに行ってしまったのだろう。
「……へぇ、ここが後宮かぁ。中に入るのは初めてだな!」
「楽しそうね、ジール」
ジールは興味深そうに、あちこち視線を走らせている。こんな時に緊張感がないと思っていたら、テレーズがジールの頭をぴしゃりとやった。
いてぇとつぶやいたジールだったけれど、目の前に現れた敵をあっさりと切り捨てる。一応、注意を払うことを忘れてはいないらしい。
「エドガーも、興味ある?」
「まあ、ないと言えば嘘になる」
「ほほーう」
「や、そういう意味じゃないぞ? 枯れたと思われていたダンジョンが、復活した理由に興味があるって言ってるんだ!」
エドガーも、ジール同様女性の園に興味があるのかと思っていたら、彼の興味は違う方向に向いていたらしい。
精霊達が示しているのは、後宮の裏にある山の方向だった。急ぎ足にそちらに向かいながら、エドガーは壁を指さす。
「この壁、兄上が入ってた塔に似てないか?」
「……言われてみれば」
「まあ、考えるにしても、この状況をなんとか乗り越えてからだな。この奥に昔はダンジョンボスがいたんだろ?」
以前、エドガーからもらった地図と、実際の後宮の内部の比較はすでにすませてある。何かあるだろうなと思っていたのは、シャンタル妃の部屋が向かい合っていた山だった。
今、そちらの方向に向かって進んでいる気がする。
『主よ、後宮の入り口は塞いだぞ。魔物は外に出られなくなるが、主達も出られなくなる』
ふっと姿を見せたのはテッラだ。テッラの防御壁を破壊できる魔物はそうそういない。
『王と妃のうち何人かが、壁のすぐ外で待機している。もし、魔物があふれることがあれば、そこで食い止めるつもりらしい』
テッラの言葉に、シルヴィは感心した。マヌエル王も妃達も、自分達が他の人間を守るべき立ち位置にあるということはよくわかっているらしい。
ただの女性好きというわけではなかったようだ。
「なあ、あれ」
不意にエドガーが前方の壁を指さす。エドガーの指さした方向には、壁画のようなものが見えた。
「あれ、何かの手がかりじゃないか?」
「行ってみましょう」
どうせ、進行方向だし、壁画の様子を見ておくのも悪くない。
――けれど。
(うっそぉ……これ、ラスボスルートの"シルヴィアーナ"じゃないの?)
側まで近づき、壁画を見たシルヴィは近づいたことを後悔した。そこに描かれていたのは、ラスボスシルヴィアーナの姿だったのだ。
背中にばっさばさの黒い羽根を背負い、身に着けているのは、妙なところからごつごつとした棘の生えた黒い服だ。手には鞭のようなものを持ち、足では魔物を踏みつけにしている。
「これ、シルヴィそっくりじゃね?」
空気を読まないジールが、にやにやしながらシルヴィを指さす。
そっくりも何も、おそらくこれはラスボスと化したシルヴィアーナだ。シルヴィ本人だ。なぜ、そんなものがここにあるのかはシルヴィにもわからないが。
(……どうして、こんなところにこんなものがあるのかしら……!)
だが、それを口外するわけにもいかない。シルヴィは首を横に振った。
「他人の空似でしょ。昔の魔物の女王様とか、そんなところじゃない?」
「……そういうものかねぇ」
ジールは納得していない様子だが、シルヴィにとっては黒歴史だ。いや、シルヴィ自身が、ラスボス化したわけではないが。
「似ているのは、たまたまでしょ、たまたま」
こんなところで、あんな壁画を見るなんてどうかしている。
(……まさか、また、ラスボスルートに強制的に移動させられたわけじゃない……わよね?)
それを想像すると、背筋が冷えた。
もし、シルヴィがラスボス化したとして、この場にいる人達で取り押さえることができるかどうか――かなり難しいだろう。
(……深く、考えないようにしよう)
首を振り、壁画の前から離れる。ここで深く考えたところで、この奥にいるであろうダンジョンボスを倒す役には立たない。余計なことを考えないようにしなくては。
「――シルヴィ」
気を引き締めて、再び急ぎ足に歩き始めたら、前を歩いていたエドガーが速度を落とした。シルヴィと並んだ彼はささやく。
「大丈夫か?」
「大丈夫かって?」
「落ち着きがなくなっているみたいだから」
シルヴィはきょとんとしてしまった。そんなにわかりやすく落ち着きがなくなっていただろうか。エドガーは、シルヴィの方に顔を寄せてきた。
「――お前は、大丈夫だよ」
「なんで、そんな風に言えるのよ」
「俺が、信じているから」
なんてことない口調で言われて、思わずシルヴィは足を止めた。エドガーは、今、なんて言ったのだろう。
「S級は人間をやめてるって――そういう風に言われたりもするらしいな。ジールがそう教えてくれた」
「……そうかもしれないわね」
「A級までは、努力で到達できなくもない――けれど、S級はそうじゃないんだってな」
変な気持ちだ。先ほど、あの壁画を見た時に感じた妙な恐れが消え失せていくみたいだ。
たしかに、シルヴィは人外とも言うべき力を身に着けている。それは、シルヴィの努力の成果と両親の与えてくれた教育のおかげだったけれど、たしかに普通の人間にはそこまで到達するのは非常に難しい。無理かどうかということはわからないけれど。
「だけど、俺はお前なら大丈夫だと思う」
エドガーが口角を上げて、微笑んで見せる。
(……かなわないわね)
胸に重くのしかかるものがふっと軽くなったような気がした。エドガーが信じてくれるのなら、大丈夫。
まったく、エドガーときたら。
本人は、自分の立場やらしがらみやらの中でじたばたしているのに、こうしてシルヴィに向かって、シルヴィの一番欲しい言葉をポンと投げかけてくるのだ。
今のままでも、いいのではないかと思わせてくれる貴重な存在だ。
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