まだまだスローライフをエンジョイ中!

「おかえりなさいませ、だんなさま!」


 シルヴィの店の前にずらりと並んでいるのは、"貴族カフェ"の従業員達だ。総出で出迎えられたエドガーは顔を引きつらせた。


「なんだこれはおい!」


 エドガーが城に戻った時、毎回こうやってずらりと使用人が並んで出迎えるわけではない。彼は、好き勝手に城を出入りしているからだ。


「"貴族カフェ"っていうなら、このくらいしようと思って」

「貴族カフェ、ねぇ……あの使用人達、母上仕込みだろ」


 もちろん、冒険者達にマナーやファッションを指導するというのも忘れてはいない。

けれど、ご近所さん達にちょっと優雅なひと時を提供する場としてもこの店を活用し始めたのだ。

 ウルディには他にろくな娯楽もないため、いつもより少しお洒落して、おいしいお茶やスイーツを楽しむひと時というのはなかなか好評だ。茶葉は、王都で手軽に購入できる茶葉から、メルコリーニ家出入りの超高級品まで数十種類そろえてある。

あっという間に評判は広がったけれど、入場できる人数を制限しているために常に満席状態だ。


「まあ、困ったことといえば……うちの従業員にばんばん引き抜きがかかることかしらね」


 メルコリーニ公爵夫妻だけではなく、王妃にも教育を受けた従業員達は、どこの貴族の屋敷に奉公に出ても問題ないくらいに仕上がってしまった。

 それどころか、"あの貴族カフェの従業員なら、どこに出しても恥ずかしくないだろう"という理由で、縁談も持ち込まれるようになったのである。

 ――結果。

 ウルディに残りたいという数名をのぞき、従業員達は、引き抜かれてしまった。今は、新しい従業員の教育にかかっているところだ。いずれウルディの中心部に二号店を出してもいいかなと思っているので、従業員の教育は急務だ。


「教育マニュアルを作ってもらったから、それに従えばいいんだけど――ほら、あんなお客様まで最近は来るのよ」


 くすりとシルヴィが笑う。ちょうど、店からマヌエル王が出てきたところだった。彼の側にいるのは正妃、エリーシア妃、シャンタル妃の三人だ。


「――この店は、なかなか楽しいな! よくできているぞ、アメリア。カティアの治療も受けられるようになってよかった」

「アメリアじゃなくてシルヴィです」


 シャンタル妃は、強引にエイディーネ神殿に連れて行ったシルヴィのおかげで、現在順調に回復中だ。

 カティアも、再び神殿に戻された。ちょっとあの監禁ぶりはどうかと思ったために、シルヴィの方から一言言ってある。以前より、彼女の待遇もよくなっているそうだ。


(……まあ、気が合うとも思えないけどね)


 神殿に戻ったことで、カティアも本領を発揮できるようになった。彼女の回復魔術についてはシルヴィも認めているし、後宮が大騒ぎになった時、それなりに頑張っていたみたいなので今では見直してもいいかな、という気にもなっている。

 ――彼女と親友になる日は永遠に来ないだろうけれど。


「……どうだ? 琥珀の間はまだ開けてあるぞ。最近元気が有り余っていてな、妃をもう十人ほど増やそうかと思っているところだ」


 十人て! と心の中で突っ込みかけたが、三人の妃は妙に艶々ピカピカしている。


「遠慮しますぅ……! そりゃ、私のところに来た時にはすっきりしているかもしれませんけど、あれ、強制的に寝落ちしていただけですからね!」


 マヌエル王がシルヴィの部屋を毎晩訪れていたのは、シルヴィのところではやけにぐっすり眠れたからだそうだ。そりゃそうだ。毎晩魔術で強制的に眠りにつかされていて、疲れるようなことは何一つしていないのだから。


「ポテトマンドラゴラを摂取するようになってからな、いくらでも体力が有り余っている気がするんだ」


 それはそうだろう。ポテトマンドラゴラは精力剤としても使用されている。楽しそうではあるが、いいんだろうか、それで。


「さあ、遠慮なく」

「――それは困るな、マヌエル王――」


 エドガーが、シルヴィの腕を掴んでぐいと引き寄せた。


「ちょ――エドガー、あなた何やって!」


 もちろん、抜け出そうと思えばエドガーの腕から抜け出すことくらいたやすい。けれど、なぜか抱え込まれたまま動けなくなった。


(……わかっては、いるんだけど……!)


 シルヴィ自身、もう自分の気持ちを認めないといけないというところまで来ているのはわかっている。

 何があっても、大丈夫だと言ってくれるエドガーのことが、たぶん――。


「いやいやいやいやいや、ないでしょー!」

「ちょ、おまっ!」


 ひょいとエドガーの腕をすり抜け、シルヴィはちょうどとてとてと足元を通り過ぎようとしたギュニオンを抱えあげる。


「そ、そろそろギュニオンのご飯の時間だから―!」


 ギュニオンの食事は一日三回。シルヴィ達と一緒に食べているので、今は食事の時間ではない。だが、今、ものすごくいたたまれない気分になったのだ。


「後宮入りについてはお断りしますー! 私、ここでの暮らしが気に入っているので! 新しい剣を用意できたらポロマレフ商会から連絡がいくと思います!」


 マヌエル王からの注文は、魔石をはめ込み、攻撃力を高めた剣を納品してほしいというものだった。剣を打つのはウルディの武器職人に、魔石をとってくるのは、ウルディの冒険者に頼む予定だ。魔力を流し込むのもウルディの人に頼む予定だけれど、足りないところだけはシルヴィが手を貸すつもりだ。

 細かいお金の計算は得意ではないので、取引はすべて冒険者ギルドとカーティスの商会に任せることにしている。

 これで、ウルディももう少しは潤うといいのだが。

 家の中に逃げ込んで、ぴたりと扉を閉じる。


「――まったく、何やってるんだよ。マヌエル王達は帰ったぞ」


 裏口からキッチンに、エドガーが入ってくる。


「何って……」


 いたたまれなくなって、シルヴィは視線をそらす。逃げ出す口実にされたギュニオンが、テーブルの上に置かれていた林檎をかじり始めた。


「にゅにゅっ!」

「……あ、あのな、シルヴィ」

「……何よ」


 じぃっとエドガーに見られて、落ち着かなくなる。シルヴィは視線をそらした。テーブルの上にいるギュニオンは、もっしゃもっしゃと林檎をかじり続けている。


「俺はまだもうしばらく、ここに通うぞ」

「……いいわよ。どうせ、いずれは公爵家に戻らないといけないんだし、その間くらいは通ってくれば――ねぇ、エドガー」

「ん?」


 なんだか、悔しくなってシルヴィはエドガーの袖をつかむ。


「わ、私、意外とあなたのこと好きみたい」

「――は?」


 今の言葉を、エドガーは聞き逃したらしい。もう一度言わせようと、今度は彼の方からこちらに一歩近づいた。


「今、なんて言った?」

「……内緒」


 するりとエドガーをかわして、シルヴィは外に逃げ出す。

 自分の気持ちが、どう動いていくかなんてシルヴィにはまだわからない。

 ――けれど。


「私、意外とあなたのこと好きみたいって言ったの!」


 悔しいから、今、口にするのはここまでだ。

 エドガーが真っ赤になっているのを見ていたら、こんな関係もさほど悪くないのではないかと思えてきた。 

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悪役令嬢はスローライフをエンジョイしたい! 雨宮れん @suikawa

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