監視だなんてむちゃくちゃだ!
「メルコリーニ家の令嬢が、隠居生活? S級冒険者が隠居生活?」
「S級冒険者だからこその隠居生活ですよ。わかります? 毎日毎日ダンジョン潜って大根掘ったりお芋を掘ったり……別に魔物とバトルをするのは苦じゃないんですけど、それを毎日要求されるのは困ります」
別に心から魔物との戦いを愛しているという性分でもないので、毎日ダンジョンに行くのは面倒だ。
「公爵家はどうした。娘がいなくなれば困るだろう」
「勘当されてますので。王太子殿下から婚約破棄をたたきつけられるような娘、外聞が悪くて公爵家においておけるはずないでしょ?」
首をかしげてまたにっこり。
勘当されているのは嘘ではない。
公爵家がシルヴィを『勘当』したのは、外聞が悪いからではなく、一度実家から距離を置かせるため。
転送陣を実家に残すことを許しているのがその証拠。
世間的には『勘当』ということになってはいるが、実際のところ『お疲れ! しばらくのんびりするといいよ!』という両親の計らいである。
あのまま家に残っていれば、社交界での付き合いを余儀なくされただろうし、いろいろ噂になるのは避けられなかっただろう。
『あの方が、王太子殿下に捨てられたなんて信じれられます?』
『あら、在学中からS級冒険者として活動していたそうですわよ。未来の王太子妃としてはいささか”活動的”過ぎるのではないかしら』
『かといって、平民の少女を王太子妃にするというのもねぇ……』
なんて、貴族のご婦人方が集まった席で噂されるのは容易に想像できる。
別に今さら噂になったところで痛くもかゆくもないし、それで嘆くほどやわな神経の持ち主でもない。
だが、それを真正面から受け止めねばならない理由もないのである。噂が収まるまで、好んで人前に出ていくこともない。
「嘘だ」
はい嘘です、と心の中だけでシルヴィはつぶやいた。王子に両親の考えを説明する意味などまるで感じなかったので。
「お前は何か企んでいるんだろう」
「――なんで?」
「なんでって! お前ほどの能力の持ち主が、あの程度の報復ですませるほうがおかしい」
「――そっち!」
まさか、昨日思う存分力を見せつけたことが、そう受け取られるとは思ってなかった。
「いただくものいただいたので、恨んでないですよ。あ、いただいたお金は、農場の拡張に使わせていただきますね!」
けろりとして説明したシルヴィに、エドガーは言葉を失ったようだった。
「なら、なぜ俺の領地に引っ越してきた」
今度は、沈黙。
シルヴィにできるのは口を閉ざしていることだけだった。思いきり動揺しているのがばれるとマズイ。
(……ちょっと待って! ここ、エドガー殿下の領地?)
そこまでは調べていなかった。
なんで、都から遠く離れた辺境の地に王子の領地があるというんだろう。
「信じないかもしれないですけど」
これはまた面倒なことになったなーと思いながら、シルヴィは続ける。
「私、別に殿下のところに望んで引っ越してきたわけではないですよ。隠居したいなーと思ってお手頃価格の農場を買い取っただけなので」
王家の領地がどこにあるのかなんて、完全に頭に入っているわけではない。
もちろん、大きな影響力を持つ広大な領地であれば頭に入っているけれど、飛び地になっている領地もたくさんあるのだ。
往々にしてそういう領地は、村ひとつなんて規模だったりするので、さすがのシルヴィも全部を把握しているわけではない。
(失敗したなぁ……ウルディはレンデル伯爵の領地だと思ってた)
レンデル伯爵は、このあたり一帯を治めている貴族だ。
レンデル伯爵家と公爵家とは、特に親しいという仲でもない。だが、誠実で高潔、そして穏やかな人柄として知られている。
今回の件が明らかになったところで、必要以上に王家に肩入れすることもなく、公爵家に肩入れすることもなく静観してくれるであろうというのが、ここを買い取った理由の一つでもあった。
きちんと確認する前に購入したのは、シルヴィの失敗である。まさか、ここが王子の領地の中にあるとは思ってもいなかった。
「嘘つけ」
「嘘じゃありません」
真面目な表情を取り繕って、シルヴィは両手を腰に当て、胸を張る。
「王家の方から婚約破棄を叩きつけられたという事実。それは、私にとっては心の傷です――クリストファー殿下を愛していたとか王太子妃になりたかったというのはないんですけど、それはそれ、これはこれですとも!」
未婚の女性が婚約破棄をたたきつけられるなんて、外聞が悪い以外の何ものでもない。
シルヴィは、鋼の心臓の持ち主であるし、悪役令嬢である以上もともとそうなるであろうことはわかっていた。
むしろ、その日を楽しみにして日々着々と準備を進めていたわけではあるが、一般の令嬢は違う。
「静かに暮らしたいだけです。殿下の領地を買ったのはこちらの不手際ですが、しばらくそっとしておいていただけません?」
シルヴィの言葉に、エドガーの眉間に寄せられた皺がますます深くなる。しかたなく、シルヴィはため息をついた。
「晴れた日は畑を耕し、雨の日は家でのんびりする。そんな生活に憧れていただけです。そっとしておいてください」
重ねて言うものの、エドガーはまったく納得していないようだ。どうしたら、彼を納得させることができるんだろう。
両手を腰にあて、ふんぞり返ったままのシルヴィが次の言葉を探していたら、エドガーがはぁっとため息をつく。
(ため息をつきたいのはこっちなんですけど!)
朝っぱらからエドガーが来たせいで、予定していた仕事がまったくできなかった。
「おわかりいただけました?」
「――俺は騙されないぞ」
(なんでそうなる!)
心の中で突っ込んだものの、間違いなくエドガーはシルヴィをこのまま解放してくれるつもりはなさそうだ。
「領主として、俺はお前のような危険人物をしっかりと監視する必要がある!」
「なんでそうなる!」
思わずシルヴィは突っ込んだ。
エドガーは、ゲーム内においては特に重要なキャラというわけではない。
重要ではないというと語弊があるが、攻略対象ではなく、クリストファールートにおける案内人のような立場だ。
王位に関心のないシルヴィにとっては、「クリストファーに何かあったら王位を継ぐ人。特に失敗もしなそうだし、国にとっては有用な人材のようだ」程度の認識であった。
学園の同級生でもあったが、シルヴィとしては関わる必要のない人間でもあったのである。
「私は、何も企んでませんけれど」
さっさと帰ってほしいという気持ちを隠すことなく顔に出す。そんなシルヴィの様子に相手はぎょっとしたようだった。
今までシルヴィが、ここまで本音を表情に出したことはなかったから。
貴族の令嬢として、自分の胸のうちを隠すのは当然のこと。
今となっては、令嬢の仮面なんてポイ捨てである。ポイ捨て。
「帰ってください――というか、帰れ! 謝罪は受け取った!」
「帰れるか! S級冒険者が野放しなんだぞ!」
「元ですー! 元ー! 引退しましたー!」
なんで、こんなやりとりをしているんだろうと一瞬頭に浮かんだ疑問は、消去せざるを得なかった。
クリストファーはともかく、今のところエドガーはぶん殴っていい相手ではないので。
「いいから――帰れ!」
「おいこらちょっと待て!」
家の扉の前に敷いてあった転送陣を強引に起動。エドガーをそのまま城に強引に送り込んでしまう。
「……やる気がそげたな」
なんだか、ウルディまで出かけるのが面倒になってしまった。
今日のところは、家の中でできることをしよう。ため息をついたシルヴィは、新しいエプロンを縫うことにした。
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