監視生活スタートですか!
(すっごい邪魔、すっごい邪魔、すっごい邪魔……!)
仮にも一国の王子に対してのセリフではないけれど、とにかく邪魔なものは邪魔だ。
一度帰ったエドガーは、翌日再びやってきた。
そして今、なぜかシルヴィのあとをついてまわっている。
(というか、誰も入っていいとは言ってない!)
「一応、若いレディの一人暮らしなんですけど……」
「お前なら、俺の排除ぐらい簡単だろう。本当に邪魔に思うならやればいい」
それは実際昨日やってのけた。もう一度やってもいいが面倒だ。
「それはそうなんですけど、それはそれ、これはこれですよ、殿下」
「お前その言葉好きだな!」
だって、他にどう言えばいいというのだ。
たしかに、エドガーの言うように、排除は簡単だ。だが、排除が簡単だからって、やっていいことと悪いことがある。
(……昨日みたいなことをしょっちゅうやるわけにもいかないし)
昨日のあれは緊急対応だ。誉められたことではないし、毎日あれをやると王宮はともかく、父や母に叱られるのが怖い。
(とりあえず、自分のペースで動くことにするか)
そう決めてしまえば、あとは楽だ。
昨日もエドガーに気をとられていたせいで、ウルディの市街地まで出かけるのが面倒になってしまった。
食事は、ありあわせのものですませたが、予定通りに進んでないのは否定できない。
「どこに行くんだ?」
「市街地ですよ。冒険者ギルドに挨拶に行きたいし、買い物もしたいので」
「市街地までは歩くんだな。お前なら、転送陣ですぐに行けるだろ」
家の鍵を閉めて外に出ると、エドガーは興味深そうについてくる。
「転送陣をどこにでも設置しているわけじゃないですよ。魔力は十分ありますけどね」
転送陣でぱぱっと移動できた方が楽なのは否定できない。
シルヴィの持つ魔力なら、市街地まで、一日で十往復も二十往復も可能だ。
だが、今はただの"元"冒険者。自分の足でゆっくりと歩いてみたいと思うのは間違いだろうか。
卒業式は、毎年春に行われると決められている。そのため、季節は春真っ盛り。桜の花が満開で、花見をするのにちょうどよさそうだ。
ひとつ大きく伸びをして、春の空気を思いきり吸い込む。
「なあ、一つ聞いてもいいか?」
「……殿下が私のところに来なくなるならいいですよ」
「それは約束できないが。いや、時水晶でずっと自分の行動を記録していただろう。父上に提出したのを俺も見た」
学園では、二十一時以降翌朝六時まで、部屋を出るのは厳禁だ。そして、シルヴィは外出禁止の時間以外すべて時水晶に記録を残していた。
「就寝している時以外、お前の行動はすべて記録されていた。なぜだ?」
「嫌な予感があったんですよね。身の危険を感じたというか」
エドガーの方に向かってにこりとする。
身の危険という言葉に、エドガーはなんとも形容しがたい表情になった。
「私を陥れようとする人がいることを想定して、常に記録することにしたんです。メルコリーニ家を」
国内きっての武闘派夫婦を正面から敵に回すことはしないだろうが、メルコリーニ家にも敵は多い。
シルヴィの実力は隠していたために、メルコリーニ家を攻撃するならまず娘だと敵は考えるはずだ。
「だが、時水晶はずいぶん高価な品だ」
「ええ。二日分で、庶民ならふた月ほどは生活できる程度の金額になるでしょうね」
庶民の生活といってもランクは様々であるが、王都ヴェノックでもそこそこ便利な場所に家を借り、一日三食におやつをつけ、週末にはそれなりに娯楽も楽しめる水準の四人家族を想定して、ふた月という計算だ。
「だから、私、ダンジョンに潜っていたんですよ。ダンジョンなら、時水晶の材料が手に入り放題ですからね。前国王陛下に頼まれた野菜の収穫のついででもあるんですけど」
ダンジョンでは、野菜が収穫できるだけではない。
魔物を倒したあと残される魔石も収入源だ。倒す魔物が強ければ強いほど、残される魔石も高いものとなる。
エドガーが探るような目つきでシルヴィを見る。そんな目で見られるのには慣れていた。公爵令嬢を舐めてはいけない。
「メルコリーニ公爵家を陥れようとしたら、私を悪役にするのが一番早いでしょう。カティア嬢が私を虐めの首謀者として指名したのもそういうこと。たぶん、誰かがカティア嬢と手を組んでいるのでしょうね」
「お前は、学校内にはほとんどいなかったし――お前を見ると、カティア嬢は怯えていたからな。それが、お前がカティア嬢をいじめていると兄上が判断する原因だったが」
「学校にいなかったのは、前国王陛下の依頼を受けて動いていたからなんですけどねぇ……」
「王太子妃となるための特別講習だと俺は聞いていたが」
シルヴィが学校内にほとんどいないのは有名な話だった。だが、別のところで講義を受けていると言えば、皆、納得せざるを得なかった。
「それも本当ですよ。前国王陛下の頼みを受けて動くのは、将来の王太子妃には必要なことだそうです」
たぶん、それは事実ではないのだろうなーとシルヴィは思っている。
手軽に使える冒険者として、指名してきただけのことだろう。依頼料はきっちり気前よく払ってもらっていたので文句はないが。
「とりあえず、いつでも自分の潔白は証明できる状況にしておこうと思いまして。それが正解だったのは殿下もわかってらっしゃるでしょ」
カティアのとった行動は、ある意味間違ってはいなかった。
ダンジョンに一人で潜っていたから、カティアが嫌がらせがあったと告発した時、シルヴィがどこにいたのかなんて誰にもわからない。
ダンジョン入り口の受付が嘘をついているというクリストファーの発言は鼻で笑ってしまったが、受付係だって人間だ。メルコリーニ家には逆らえなかったのだと、糾弾されたら、真実を証明するのは大変だ。
「カティア嬢が入学してきてからは、クリスファー殿下はカティア嬢に夢中でしたからねぇ。私と別れるためならなんでもしたでしょうね。素直に別れてくれって言ってくれたら、受け入れたのに」
公爵令嬢の仮面を捨ててしまった今は、とても気楽だ。のんびりと歩みを進めるシルヴィとは違い、エドガーはしかめっ面になった。
「――知っていたのか」
「あたり前ですよ。この人私のこと嫌いだなー、というのはすごくよくわかります。私も嫌いになったので、お互い様ですね」
「嫌いになったのでって」
王族に対するあまりにも率直な表現に、エドガーがしかめっ面になる。
あんな兄でも、悪く言われれば面白くないものらしい。
「一応、殿下に対する敬意はあったんですよ? カティア嬢とお付き合いを始める前は、将来王となるのに不足のある人にも見えなかったし。メルコリーニ家の忠誠を捧げるべき相手だと思ってました」
カティアがシルヴィ同様の転生者か否かというところにはさほど興味はない。
カティアが現れなかったとしたら、クリストファーと政略結婚していたかもしれない。 それは、前世ではなく今世公爵家令嬢として育ってきた中で生まれた意識のせいだ。
「……だ、だが、王家に対する反逆の可能性は!」
「好きなだけ、監視なさったらいいでしょ。観察しても、面白いことはないと思うけど」
(クリストファー殿下の弟だけあって、この人も若干考えなしなのかもしれない)
シルヴィが、そんな失礼なことを考えているなんて、エドガーはまったく予想していないだろう。
ぶつぶつと言いながら、シルヴィの半歩後ろをついてくる彼を適当にいなしているうちに、目的地である市街地に到着した。
というか、一応王子なのにエドガーはこんなところにいていいのだろうか。
(まあ、いいか。私には関係のないことだし)
もう、王家の人間に振り回される必要もないのだ。そう思えば、ウルディの町中を歩く足取りもものすごく軽くなっていた。
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