初心者パーティーを救出せよ!

 転送陣の上に乗り、転送開始しようとした瞬間――もう一人割り込んできた。


「俺も行く」


 学園の卒業生であるし、エドガーならついてきたところで、自分の身ぐらいは守れるだろう。


「ご自由にどうぞ!」


 一瞬、周囲の景色がぐにゃりと歪んだかと思ったら、森の中に到着する。すぐそこにダンジョンの入り口が見えた。


「南のダンジョンというのはここか」

「そうよ。それはさておき、さっさと大バカ者達を回収して帰らないと」

「ああ、そうだな」


 エドガーを連れ、シルヴィはダンジョン内に足を踏み入れた。

 ダンジョンというのは、この世界をつかさどる女神エイディーネが生み出したものだと言われている。

 魔物と戦うことにより、人類は進化し、ダンジョンの恩恵にあずかることができるのだとか。

 なんちゅーシステムだとシルヴィは思うが、そういうものなのだからしかたない。

ウルディの南にあるダンジョンは、昔の遺跡から発生したものなので、壁はきちんと石造りで整えられている。床も平坦で歩きやすい。

ダンジョンの中には転送陣で移動はできないため、自力で移動するしかないのだ。時間がないから、走って奥を目指す。


「どこのダンジョンもこんなものか?」

「ここは比較的歩きやすいわね。時々じめっとしているダンジョンもあるけれど、あれは最悪――十歳の時に、一人で放り込まれたダンジョンとか」

「あれは、話を聞くだけで壮絶だと思う。俺は、学園の実習でしか入ったことがないからな」


 けっこうなスピードで移動しているのに、エドガーは息を切らしていない。シルヴィのスピードについてくるだけで、かなりのものなのに。


「あそこは初心者向け。でも、エドガーならわざわざダンジョンに入る必要もないでしょう」


 冒険者として、王家から依頼がある度にシルヴィは大陸全土を飛び回ってきた。おかげで、踏破したダンジョンは数知れず。


(そういえば、なんでエドガーは攻略対象者じゃなかったんだろう)


 ゲーム内に、エドガーのスチルもあった。イケメンだった。

 攻略対象者であるクリストファーの弟なのだからイケメンなのは当然だろうが、ゲーム内ではたいした役も果たしていなかった。

 ここは石造りの壁で、床も同じ石が敷き詰められているから快適だ。ダンジョンに快適という言葉もどうかと思うが、床に寝袋を敷いたら、そのまま眠れそうだ。

 急ぎ足に進む中、いちいち魔物の相手はしていられない。シルヴィは、持ったスキルの一つを発揮することにした。


「なあ、まったく魔物に遭わないってどういうことなんだ? 奥の冒険者達に全部群がってるとか?」

「出てこられないの。私が、"威圧"スキルを使っているから、出てきたらやられるというのがわかっているんでしょう」

「さらっと言うな……ものすごく今さらだが」


 魔術もスキルのうちの一つであるが、魔術だけでも多岐にわたるため、魔術とスキルで分類されて語られるのが通例だ。

そして、シルヴィの言う”威圧”とは特定方向に向けて自らの力を誇示して見せるものだった。強力な魔物が使ってくることが多く、くらった相手は戦意を失い、恐怖心を駆り立てられる。

 敵の気配を感じ取る度に、シルヴィはそちらに向けて殺気を放っている。

 魔物は自分より強い相手は本能的に恐れるから、こうしていれば魔物が出てくることはない。


「付き添いで来てる時は、あえて敵を誘い出したりするんだけど、今は戦闘してる時間が惜しいから」


 ずしりとする扇を片手で軽々ともてあそびながらシルヴィは言った。戦闘している時間が惜しいというのは嘘ではない。

 今日は魔石探しに来ているわけでもないし、さっさと奥に行って初心者パーティーを助け出さなければ。

 石の床に、二人分の足音だけが響く。

 シルヴィの言葉が信じられないのか、エドガーはいつでも剣を抜けるようにしながら、周囲に油断なく注意を払っている。


(エドガーは正しい。冒険者としてやっても、けっこういいところまで行くかも)


 相手の言葉を信頼せず、自分の感覚を信頼する。

それは初めて組む相手とダンジョンに潜る時には、生き残る上で大事なことであり、エドガーを見る目がますます好意的なものへと変化していく。


「……悲鳴」


 不意にシルヴィの耳に、女性の悲鳴が聞こえる。冒険者達が、魔物に取り囲まれているのはすぐそこのようだ。


「――イグニス、ゴー! 先行して、とりあえず燃やしておいて」

「マイレディ、喜んで!」


 シルヴィの召喚に応じたイグニスが、満面の笑みで一礼する。ぶわっと勢いよく宙を突っ切っていく後姿は、ようやく回ってきた出番に張り切っているようだ。

――なにせ、農場でイグニスに頼むことと言えば、魔物が近づかないよう見回ってもらうことくらいなのだ。

 それを見ながら、足を速めたエドガーが、あきれたような声になった。


「あいかわらずめちゃくちゃだな……!」

「――そんなことより、到着!」


 急いだ先には、すさまじい光景が広がっていた。転がっている魔石の数からすると、冒険者達は、かなり健闘したようだ。

 途中で一人離脱したことを考えれば、大健闘と言ってもいい。

 だが、三人のうちの二人は地面に倒れているし、残る一人の上には狼型の魔物が乗っていて、今にも首に牙を立てようとしていた。


「エドガー、魔物の思考って知ってる?」

「……本能的に人間を食うんだろ?」

「そう。犯す殺す食う、もしくはその合わせ技。だからここに――魅力的な存在が出れば、こっちに注意が向くってわけ。そういうことだから、注意して!」


 全力の"魅了"放出。

 ラスボスの放つ魅了に、誘惑されない魔物などいるはずもない。真っ先に、女性を食おうとしていた魔物の注意がこちらに向き、その他三十体ほどの魔物の意識がこちらに向けられる。


「ガルルルルッ!」


 牙をむいた魔物が唸る。


「ちょっと相手しておく? それとも、私に任せる?」

「――思い切りやれ、打ち損じた分は俺が狩ってやるから」

「上等! ヴェントス! ゴー! イグニス! ゴー! 全部燃やしていいから!」

「かしこまりました、ご主人様」


 ゆるりとヴェントスが頭を下げたかと思うと、イグニスが割り込んできた。


「マイレディのご命令、お前には譲らん!」

「――そこで喧嘩しないの! ちゃっちゃとやって!」

「お前めちゃくちゃだな!」


 本日二度目のめちゃくちゃだ発言である。

 本来長ったらしい、精霊召喚の呪文を唱えずに、『ゴー!』の一言だけで、自由自在に精霊を扱っているのだから当然だ。

 自由自在に精霊達は魔物の間を駆け巡る。イグニスの吐き出した炎で、一瞬にして炭となり、魔石を残して消え失せる魔物。

 ヴェントスのまとう薄布が触れる度に、ばらばらに切り裂かれ、魔石だけを残す魔物。

 魔物に取り囲まれていた冒険者達は、呆然とこの光景を見守っていた。


「……エドガーも訓練したらこのくらい使えるようになるわよ?」

「普通ならないから! 俺は死にかけたり本当に死んでまで訓練する気はないぞ!」


 自分が規格外であることは十分わかっている。だから、シルヴィは肩をすくめるにとどめておいた。


「た、助かった……ありがとう」


 仲間達の手当てを終え、パーティーのリーダーらしい男が頭を下げる。

 シルヴィはぴしゃりと彼の言葉をはねのけた。


「お礼なんていらない。自分達の強さを過信したあなた達は、もう一度研修からやり直しなさい」


 冒険者としては引退したけれど、後進に手を貸すくらいなら喜んでやったのに。

 シルヴィの言葉に、冒険者達はがくりとうなだれたのだった。

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