第二章
ギュニオンはギルドの人々に愛嬌を振りまく
「なあ、今日の夕飯は何にする?」
「そうねぇ……」
ジールに問われ、シルヴィは空を見上げた。
シルヴィの家では、たいてい厨房に立つのはシルヴィだが、同居人二人はせっせと料理を手伝ってくれるし、料理は好きなので苦ではない。
「私、今日は外食がいいわ。後片付けが面倒な気分なんだもの」
おっとりとテレーズが手を上げる。
今日は、冒険者ギルドの依頼を受けて、朝からダンジョンに入っていた。
先日、ウルディの地には新たなダンジョンが発生した。ダンジョンには魔物が出没するが、通常の作物より栄養価が高く味のよい作物を収穫することができたり、貴重な鉱石が採掘できたりする。そんなわけで、冒険者達にとっては、ダンジョンに入るのは当たり前の日常だった。
もう日は完全に傾いていて、あたりは暗くなりはじめている。
「もきゅっ!」
テレーズに同意して右前足を上げたギュニオンは、今日はシルヴィの肩に乗っていた。一番気に入っているのは、エドガーの頭上、もしくは肩の上らしいのだが、今日はエドガーがいないので、シルヴィの肩で妥協しているらしい。
尾もご機嫌に左右に揺れていて、時々ぴしゃりとシルヴィの背中を叩いている。
「そうね、私も今日はそんな気分かも。ジールは?」
料理は好きだし、帰ってから作っても夕食の時間には間に合うのだが、テレーズが外食をしたいというのなら、付き合うのも悪くない。
「じゃあ、ドラゴン亭に行こうぜ。あそこなら、ギルドにも近いだろ」
ジールがあげたのは、ウルディの冒険者ギルドからほど近いところにある居酒屋の店名だった。ビールを豊富に取り揃えていて、ここ最近、ジールとテレーズが気に入っている店だ。
シルヴィは、基本的にアルコールは口にしない――食事に招かれた場では口にすることもある――が、料理はおいしいし、ジュースの種類も豊富だから、酒を飲まなくても楽しめる。
「そうね。ギルドに報告した足で行くのにちょうどいい場所だわね。私、あそこの煮込み好きよ」
「きゅっ!」
シルヴィの肩の上でギュニオンが鳴く。ドラゴンという言葉に反応したのかもしれない。
ウルディの町は、ひと月ほど前に魔物の襲撃を受けた。
国中から駆けつけてきた冒険者達によって魔物は退けられたのだが、街にはあちこち襲撃の傷跡が残っている。奇跡的に人的な被害はほとんどなかったものの、収穫した野菜が台無しになったり、店に並んでいた商品が破損してしまったりした。
大きな建物などはシルヴィはじめ"修復"スキルを持っている者が修復したのだが、さすがにすべての損害を回復できたというわけではない。今は、少しずつ復興を進めているところだった。
「それじゃ、今日の獲物を換金しましょー!」
「おー!」
シルヴィの言葉に同調し、テレーズとジールが右手の拳を突き上げる。なんだかんだ言って、この三人、息がぴったりと合っている。
ウルディの中心にある冒険者ギルド。三人がそこに足を踏み入れると、中にいた人達の視線が一斉にこちらに突き刺さった。
彼らの視線にかまうことなく、ずんずんと受付カウンターに進んだシルヴィは、そこで鞄の中身を全部出す。
シルヴィが肩から提げている鞄は、収納魔術のかけられた"ナンデモハイール"だ。ダンジョンから採取してきた品々をいくらでも入れることができる。
「今日頼まれていたのはこれよね。魔銀とミスリル、それから夜光草に……魔石もいる? 今日は、あまり大きなものは取れなかったけど」
「ありがとう。あなた達に頼んで正解だったわ。魔石も、買取させてもらうわね」
ギルドの受付嬢はにっこりとして、シルヴィがカウンターに並べた品を全部トレイに載せていく。
彼女は、シルヴィのいる位置から見えるテーブルの上にトレイを運ぶ。そして、その場でシルヴィの出した品々の鑑定を始めた。
魔石は一つにつき金貨一枚での買取、大きめの魔物が落としたものだけ、金貨一枚と銀貨八枚での買取が決定した。
「これで、当面はなんとかなりそうよ。いつもありがとう。ポロマレフ商会が、魔石を欲しがっているの。そのうち、魔石をとってきてくれという依頼が出されるかもね」
魔石の安定供給は、ギルドの大切な業務の一つだ。魔石の採取が依頼として出されることもあるが、そうでなければ、ギルドを通して売買されるのが一般的だ。
「最近、あそこはずいぶん勢力を伸ばしているみたいね」
「ドライデン商会がなくなったから……」
こういう噂話からも、ウルディの近況を知ることができる。ウルディの裏社会を牛耳っていたドライデン商会がシルヴィによって壊滅させられてからひと月。商人達の勢力図もずいぶん変化してきたようだ。
「いえいえ。ウルディに住んでいるんだから、このくらいは当然よね」
換金を終え、シルヴィは何げなくギルドの掲示板に目をやった。
そこには、多数の依頼が張り出されている。
ダンジョンから出てくる魔物の退治や、ポーションの材料の採取だけではなく、ちょっとしたお買い物や掃除にいたるまでありとあらゆる依頼がそこには張り付けてあった。
「このところ、ゴブリンの数が増えてない? 普通はダンジョンから出てこないものだと思うんだけど」
張り付けられている依頼を読み上げ、シルヴィは眉間にしわを寄せる。受付嬢は、小さく息をついた。
「ええ、普通ならそうよね。でも、この間の大発生。あれで、このあたりの魔物生態系が変わったらしくて。数か月もしたら、落ち着くだろうって話だけど」
「あぁ……そうね。たしかに、大発生のあとは魔物の生態が変わることが多いわね。初級冒険者達に経験をつませるのも大事だし、私達は受けないでおこうかな。何かあったら、声をかけてくれる?」
シルヴィはS級、ジールとテレーズはA級の冒険者である。毎回、ゴブリン退治に乗り出すわけにもいかない。
それに、シルヴィはシルヴィで忙しいのである。
シルヴィの農場は、常に精霊達によって守られているから、シルヴィ自身が手を動かす必要はないのだが、夢のスローライフの実現である。できる限りは自分の手を動かしたいところだ。
「ええ、あなたは手を出さなくていいわよ。それより、ギュニオンちゃん、ダンジョン産の林檎があるのよ。お土産にどうぞ」
「うっきゅう!」
ダンジョン産の林檎は、かなり高価な品である。だが、ダンジョン産の林檎を与えると、ギュニオンが愛嬌を振りまくため、ギルド職員達は、ギュニオンのためにダンジョン産の林檎を用意してくれている。
噂によれば、独身の男性冒険者が、お目当ての受付嬢にダンジョンで採ってきた林檎を貢ぐことも増えているのだとか。
「わあ、ありがとう! ギュニオン、御礼を言いなさい」
シルヴィの肩から、受付カウンターにぽてんと転がり落ちたギュニオンは、胸の前で前足を組み合わせた。
「うきゅ、もきゅ、きゅぅぅう」
「あああ、可愛いいぃぃぃぃぃ! また手に入ったら、ギュニオンちゃんのために取っておくからねー!」
目の前でギュニオンがお礼を言うと、受付嬢の顔は完全に蕩けた。ギュニオンは尾をぱたぱたと左右に振り、カウンターの上に置かれた受付嬢の手に自分の手を重ねる。
「うっきゅう!」
「いやあぁぁん、可愛いぃぃぃぃぃ!」
隣のカウンターにいた受付係もやってきて、ギュニオンの頭を撫でた。
自分が可愛いというのをわかってやっているのだから、質が悪い。
だが、シルヴィはこの街にはたくさん貢献しているし、ギュニオンの餌代はそれなりにけっこうな負担なのでありがたく受け取ることにした。
ギルドを後にして、ドラゴン亭へと向かう。今度はジールの肩の上に移動したギュニオンは、ジールとなにやらおしゃべりだ。
「お前、完全に受付嬢達に気に入られてるなー」
「もっきゅきゅー!」
ギュニオンが何をしゃべっているのかは推測するしかないが、こちらの言うことは完全に理解している。
ご機嫌にジールの肩の上で尾を揺らしているギュニオンを見て、テレーズがくすくすと笑った。
「ギュニオンは、自分のことをよくわかっているわね」
「本当にね。ドラゴンは賢いというけれど、これほどとは思わなかったわ」
くすくすと笑いながら言ったテレーズに、シルヴィは同意した。
なにはともあれ、ウルディの復興には、できる限り協力していくつもりだ――シルヴィの大切な場所だから。
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