あいかわらずスローライフを満喫中

 翌日、家の外に出たシルヴィは大きく伸びをした。


(いやー、昨日は大変だったわねぇ……)


 ドラゴン亭での夕食はおいしかったし、久しぶりに顔を合わせた友人とのおしゃべりも楽しかった。問題はと言えば、ジールとテレーズの二人が飲み過ぎてしまい、家に帰りついたのが真夜中だったということくらいか。


(きっと二人とも二日酔いでしょうねー)


 ジールの巨体を放置しておくのでは酒場の店主が気の毒だ。

 そんなわけで、両肩に二人を担いで帰ってきたのだが、まだ二人とも起きてこない。


(まあ、放置でいいわよね)


 急ぎの仕事はないから、今すぐ二人を起こす必要はない。

 二日酔いに効くポーションは、こうなることを見越して朝起きてすぐに仕込んである。あとは、二人が起きてくるのを待つだけだ。

 昨日のうちにゴーレムをいじるつもりだったのだが、今日に持ち越しになってしまったのはしかたない。


「ゴレ太、ゴレ蔵、ゴレ之介ー!」


 うーんともうひとつ伸びをしてから、シルヴィは畑にいるゴーレム達に呼びかけた。

 彼ら、と言っていいのだろうか。ゴーレム達は、以前ギュニオンに留守番をさせた時ボディーガードとして作ったものである。

 埴輪のような素朴な顔面に、スリムとはいいがたい身体。手も足も短めで、全体的に簡素な作りである。


「ゴシュジン、オヨビデ?」


 三体の声が、綺麗にそろった。

 ゴーレム達は、休む必要はない。シルヴィが留守にしている間も、農場の敷地内を自由に動き回っている。


「ゴレ太、あなたイグニスと一緒に、魔物が出てないか見てきてくれる?」


『マイレディ! 喜んで!』


 炎の精霊、イグニスがぽんっと飛び出てきたかと思うと、ゴレ太の肩に飛び乗った。

『行くぞわが友よ、最愛の貴婦人のために!』


「カンシ! ゴシュジンノタメ!」


 ゴーレムを友と呼ぶイグニスの感覚は、シルヴィにはよくわからない。まあ、精霊なので、精霊なりの感覚なのだろう。細かいことは気にしても始まらない。


「テッラ、ジャガイモの収穫はそろそろかしら?」


『南の畑はそろそろいい頃合いだと思うぞ、我が主よ』


「じゃあ、ゴレ蔵はテッラと一緒に収穫してきて」


『承った』


「シューカク! ウケタマワッタ!」


 テッラは、ゴレ蔵の一歩前をふわふわと飛んでいく。ポテポテと音がしそうな足取りでゴレ蔵はテッラのあとを飛んで行った。


「アクアは水やりをお願いね。それが終わったら、ジャガイモ洗っておいてくれる?」


『いいわよ。ゴレ之介貸してくれる?』


「いいけど、どうするの?」


『テッラが収穫した野菜を洗ったら、運んでもらおうと思って』


「じゃあ、お願いするわ」

「カシコマリィ!」


 アクアは、おんぶするようにゴレ蔵の首にぶら下がって、北の方へと去っていった。

 三体のゴーレムが、精霊達と共に出かけていくのを見送り、シルヴィは首を傾げた。


(なんだか、個性が出てきたわよねぇ……?)


 同じ目的を果たすために、同時に作ったから、三体のゴーレムは、本来まったく同じ機能を持つはずだ。作る時に、ゴーレム達に個性を持たせるようなことはしていない。

だが、シルヴィのゴーレムは違う。なんとなく、共に行動する精霊が決まっているからだろうか。

別に計算してのことでもないのだが、イグニスとゴレ太、テッラとゴレ蔵、アクアとゴレ之介という組み合わせになることが多い。


「ヴェントスは、作物の受粉をお願いできる?」


『かしこまりました、ご主人様。ゴーレム達の様子は見ておきます?』


 そうヴェントスの方から言い出したので、シルヴィは首を傾げた。ゴーレムの様子を見ておくとはどういうことだ。

『テッラとアクアはともかく、イグニスは不安ではありません?』


「そうね……ゴレ太が暴走するようになったら困るわ」


 本来、ゴーレムは使用者の命令を忠実に実行する。だが、シルヴィのゴーレムは、時々命令からずれたことを行うのだ。

 精霊と一緒に過ごしているせいだろうか。先日なんて、ゴレ太にホーンラビットの駆除を頼んだら、勝手に巣穴まで壊滅させてきた。ホーンラビットの肉は美味なため、全滅させるのはもったいない。だから、あえて農場近くに出没したホーンラビットの駆除だけ頼んだにもかかわらず、だ。

 ゴレ蔵にトマトの収穫を頼んだら、収穫の終わった苗を引っこ抜いて、ナスを植える準備をしていた。たしかにナスを植えようと思っていたが、誰もそこまで頼んでいない。

 ゴレ之介に水やりを頼んだら、水やりが終わったあと、なぜかギュニオンが洗われていた。アクアと一緒にキャッキャッと飛び回っていたから、たぶんギュニオンも楽しかったのだろう。

 王都やウルディでは、ゴーレムはあまり見ることができない。単純に腕のいいゴーレム製作者の数が少ないからだ。

 大規模な工事で地面を掘るなどの力仕事で使われていることが多いが、あまり細かな作業はできないそうだ。

 その証拠に、ベルニウム王国内で見かけるゴーレムは、シルヴィのゴーレムのようにシンプルなデザインのものが多い。

 これが、有名なゴーレム製作者ともなると、神の姿を模した彫像のような美しいゴーレムになるのだという。そのレベルに至る者はなかなか出てこないし、見かける機会もなかなかないのだが。


(フレイネ王国から、資料を取り寄せようかな)


 こんな風に個性が出てしまうのは間違っている。師匠について勉強するのには時間が足りないから、ゴーレムづくりの教本を取り寄せて、理由を調べた方がいいかもしれない。

 フレイネ王国は、ベルニウム王国の隣にある国だ。特に、ゴーレムづくりに長けた者が多く出る という。ベルニウム王国より、ゴーレムに関する資料は多いだろうから、一度探しに行ってもいいかもしれない。

 そんなことを考えながら、シルヴィは両手を腰にあて、ぐるりと周囲を見回した。


(まあ、立派な畑にはなったわよね)


 大地の精霊の力を借りて作った畑は、どれも順調に野菜が育っている。

 新鮮な卵を産んでくれる鶏も、鶏小屋から出てきて、あちらこちら歩き回っていた。コケッ、コケッと鳴き声がするのは、餌を要求しているからか。

 朝のうちに卵は集めておいたから、今日の昼はオムレツにするのもいいかもしれない。野菜とベーコンをたっぷり入れたスパニッシュオムレツだ。


(……うん、満足よね)


 シルヴィの口角がゆっくりと上がっていく。

 いつか、こんな生活をしたいと夢見ていたのだ――前世でも。


 思っていたのとは少し違う形になるが、夢を限りなく現実に近い形にできたのは幸せと言っていいだろう。


(あとは、カフェスペースとか作れたらいいんだけどなー)


 前世では姉と二人、祖母の残してくれた古民家でカフェを経営するのが夢だった。

 料理は好きだし、お菓子を作るのも好きだ。

 手を動かして作ったハンドメイドのアクセサリーや、この畑で育てた野菜を売るようなスペースもいつか用意したいと持っている。そこではお茶やお菓子も出すのだ。

 夢は膨らむけれど、今はまだその時期ではない。

 門の向こう側から、こちらに向かって歩いてくる人の気配に、シルヴィはくるりと振り返った。


「まったく、お前の農場はあいかわらずめちゃくちゃだな」

「エドガー! こっちに来て大丈夫なの?」


 エドガーは軽く右手を上げてシルヴィに「おはよう」と改めて挨拶する。

 今のところ、エドガーとの関係は進展なし、だ。彼からの好意は明確に告げられているが、それに応えていいものかどうかという答えはまだ出ていない。

 シルヴィは彼の兄と婚約していた過去があるし、王家にはさんざん利用されてきた。別にそのあたりのことをどうこう言うつもりもないのだが、エドガーとの関係は正直今のままが一番気楽だとも思っている。

彼に同じ挨拶を返しながら、シルヴィは素早くエドガーを観察した。


(……うん、大丈夫。疲れているわけではなさそう)


 この国の王子であるエドガーにとって、兄の事件というのは非常なショックだったはずだし、後始末も大変なはずだ。

 だが、今の彼には疲れているようなところは見受けられない。


「兄上とカティアの調書を取るのは俺の仕事じゃないからな。今日は、ウルディの様子を確認しに来た」


 エドガーの兄、クリストファーは魔術的措置の施された部屋に幽閉されている。カティアは、神殿で厳重に見張られているそうだ。

 専門家達が調書を取り、事件の全容を解明しようとしているところだけれど、まだ時間はかかるだろう。


「復興の方は順調よ――まあ、ある程度は私がやったんだけど」


 ウルディが魔物に襲撃された後、シルヴィや他の冒険者達が真っ先に行ったのは、破壊された家や壁の修復だった。”修復”スキルを用い、一気に直して回ったのである。


「”修復”で家一軒もとに戻すとか、普通は無理だからな!」


 勢いよくエドガーが突っ込む。


(……エドガーは、変わらないわね)


 公爵家の娘と王子。本来なら、こんなやり取りをするような間柄ではない。過去の王家とシルヴィのかかわりを考えたらなおさら。

 ――けれど。

 この関係が心地いいから、もう少しだけこのままでいたいというのは我がままだろうか。

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