可愛い可愛いゴーレムズ?
「ゴシュジン、マモノ!」
両脇にホーンラビットを抱えてゴレ太が戻ってくる。
「ありがと、イグニス。ありがと、ゴレ太!」
『最愛のレディのためであれば――』
「うん、そのあたりでいいから」
ぴしゃりとイグニスの言葉をさえぎっておいて、シルヴィはゴレ太の手からホーンラビットを受け取る。ホーンラビットの肉は、シチューにするとたいそうな美味だ。
「今夜は、これでシチューかな」
「……しかし、お前、名づけのセンスひどくないか?」
エドガーに言われ、シルヴィはむっとしてエドガーをにらみつけた。
「あまり深く考えてなかったんだから、しかたないじゃない」
名づけのセンスがないと言われるとちょっと腹が立つ。
たしかにギュニオンの名前をつける時には、シルヴィの出した名前はことごとく却下され、ギュニオン自身によって古代の英雄の名を出したエドガー案が採用されたわけであるが。
「ゴレ太、ゴレ蔵、ゴレ之介……」
何がツボに入ったのかわからないが、エドガーはゴーレム達の名を口の中でつぶやき、肩を揺らして笑った。
「ああ、シルヴィ、ちょっといいかしら?」
柵の向こうから、こちらに向かって手を振っているのは隣の家に住むサリ夫人だ。シルヴィと同じように、農場を経営している。
サリ家の農場は、シルヴィの農場とは違って、乳牛の飼育をメインに行っている。その分、彼女の農場はシルヴィの農場より広い。
「どうかした? ダンジョンから牧草取ってくる?」
シルヴィがそう問いかけたのには理由がある。ダンジョンで採れる作物は、栄養価が高く味もよい。
それは、家畜の餌も同様だった。ダンジョンから採取した牧草を食べた牛は牛乳の質や肉の質がよくなるのだ。
そのため、王宮におさめるような商品を作っている農場では、冒険者に牧草の採取を依頼しているケースもあるという。
「いえね、うちはそこまでお金をかけられないから……お願いできたらありがたいけど。そうじゃなくて、うちの農場にゴブリンが出たのよ。駆除をお願いできない?」
「いいわよ。じゃあ、とりあえずジールとテレーズに監視に行ってもらうから、ギルドの方に依頼を出してちょうだい。謝礼はそうねぇ……シチューを大鍋に一杯。あと、チーズケーキをホールでつけてくれたら嬉しいな」
「シルヴィ……それでいいのか?」
横で話を聞いていたエドガーが口を挟む。シルヴィはひらひらと手を振って、エドガーに黙っているよう合図した。
「いいの? そんなもので」
サリ夫人は、目を丸くした。シルヴィのランクを知っていれば、シチューとチーズケーキと言うのが安すぎるのはわかるはずだ。シルヴィの横にいるエドガーも、驚愕に目を丸くしたまま、口だけは閉じている。
「いいわよ。サリ夫人の料理、すごくおいしいもの」
もちろん自分でも料理はするし、お菓子も作るが、人に作ってもらったものを食べるのも好きだ。
「じゃあ悪いわねぇ……ギルドには依頼を出しておくわ」
ぺこりとシルヴィに頭を下げてサリ夫人が自分の家の方に戻っていく。それを見送ったエドガーは、シルヴィに向かって問いかけた。
「いいのか? お前、S級冒険者だろ?」
本来、シルヴィに仕事を依頼するには金貨数百枚が必要となる。
もちろん、それは原則であり、シルヴィがいいと思えば銅貨一枚で受けることも可能だ。
だが、シルヴィが次から次に安値で受けてしまうと他の冒険者に仕事が回らなくなる可能性もある。そんな事情もあって、基本的に仕事は選ぶようにしていた。
「本来なら、そうでしょうね。でも、これはご近所づきあいなのよ、ご近所づきあい」
ぐっと拳を握りしめてシルヴィは力説する。ゴブリンの駆除を冒険者ギルドに依頼しようと思ったら、金貨で数十枚から百枚程度払わねばならない。
金貨一枚で日本円一万円程度の金額だから、日本円に換算すると数十万円から百万円ほど。正式なルートで依頼するとなると庶民が簡単に出せる金額ではない。
だが、シルヴィにとっては、ご近所づきあいですませていい程度の雑用でしかない。それに、もうひとつシルヴィが、依頼を引き受ける理由があった。
「この間、ウルディが襲われたでしょ? ギルドの方も初級冒険者を育てたいのよね。だから、依頼料なし、討伐部位の買取だけでやりたいっていう冒険者をここに送り込んでくるのよ。私は、その監視役でもあるわけ――まあ、一応、ギルドマスターとあとで話はしてくるけど」
シルヴィの許可を取った上で、サリ夫人は、ギルドにシルヴィを指名した依頼を出す。 ギルドは、若手の冒険者をシルヴィのもとに送り込んでくる。
シルヴィには、若手の育成に協力したということで、ギルドからいくばくかの金銭が支払われるし、サリ夫人は格安でゴブリンの駆除を依頼できる。なお討伐部位とは、討伐した証明になる魔物の体の一部のことで、ゴブリンの場合は何かに活用できるわけではないので討伐部位は右耳だ。
「そういうものか?」
「そういうものよ。イグニス、聞いてた?」
『マイレディ!』
ぽんっと飛び出てきたイグニスは、シルヴィの周りをばたばたと飛び回って大興奮だ。
「ヴェントス、一緒に行ってもらっていいかしら。イグニスが勝手に燃やしてしまわないように。ゴーレムズを連れて行って」
『わかったわ。任せて。イグニスが暴走しないようにきちんと見張っておくわね』
「ヴェントス、頼りになる―!」
『誉めても、何も出ませんよ?』
ゴーレム達を呼び戻し、ヴェントスとイグニスに従わせて、サリ夫人の農場に送り込む。
見た目はポテポテという脚運びなのだが、すさまじい勢いで走り去るゴーレムを見送りエドガーは目をむいた。
「さっきも言ったけど、めちゃくちゃだな、お前のゴーレム達!」
「そうなのよねぇ……もうちょっと上手に扱えるようになりたいんだけど」
シルヴィは、頬に手を当てて嘆息した。エドガーの前で弱みを見せるのは、ちょっと避けたいところではある。
「違う! むしろお前の方が上級者だ! 精霊だけを付き添いにゴーレムが術者抜きで動き回るってないだろ!」
「それは、ヴェントスがゴーレムズの扱いに慣れてるからだと思うのよ。精霊が協力してくれて、ありがたいと思っているわ」
シルヴィと精霊の結びつきは、他の精霊魔術士とは少し違う。精霊達の協力が得られなかったら、ゴーレムの扱いはもっと下手だっただろう。
「そうじゃないだろ……」
どうして、彼がそんな態度をとるのかよくわからなかったので、エドガーががくりと肩を落としたのは見なかったことにした。
「ジール、テレーズ、起きて。依頼が入ったから」
エドガーはキッチンに通し、二階の寝室の扉を叩く。シルヴィの声に応じて出てきた二人は、頭を押さえながら出てきた。
「依頼が来たってマジかー……」
「頭痛いわ……。ちょっと飲みすぎちゃったみたいね」
二人とも、まだ寝間着のままだ。シルヴィは二人の手に、ポーションの瓶を押しつけた。
「それを飲んだら、さっさとサリ夫人の農場に行って。ゴブリンが出たんですって。お弁当は、バッグに入ってるから」
「おう。すぐ出る」
「顔洗って、化粧してからね……」
二日酔いでぐったりしているテレーズとジールにポーションを飲ませて送り出し、シルヴィは一度ギルドへと飛ぶ。
シルヴィがギルドにとんだ時には、すでに書類の用意は出来上がっていた。
「とりあえず依頼は受けるわ。書類だけ整えてくれる?」
「いつもの通り、初級冒険者も送り込むわね。今からだと、午後三時くらいかしら」
「ぱっと片付けたら、夕食の時間には間に合うわね」
ギルドの受付嬢は、シルヴィの前に書類を差し出す。シルヴィはさらさらと署名をすませ、サリ夫人の依頼を受注したのだった。
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