ゴブリンの駆除をしましょう
集合時間には、サリ夫人の農場には多数の冒険者が集まっていた。その中には、エドガーもちゃっかり混ざっている。
「……これもご近所づきあいの一環か?」
「そうよ?」
「ご近所づきあいですませるには、大ごと過ぎるだろうが!」
「いや、だって私がやれば、十五分くらいで片付くし……」
「お前、その段階で普通じゃないからな?」
先行したジールとテレーズは、ゴーレムズと協力して、数十匹のゴブリンを一か所にまとめていた。 ゴブリンは、初級の冒険者が相手をすることの多い比較的弱い魔物だ。
身体は小さく、頭がシルヴィの腿のあたりまでしかこない。体格の割に巨大な耳が特徴的で、肌の色は灰色だ。
強くはないのだが、とにかく数が多い。油断すれば、ゴブリンに食われることになりかねない。
「……さってと」
シルヴィは腰に手を当て、集まった初級冒険者達を見回した。シルヴィに見つめられ、初級冒険者達は一様に緊張した表情になる。
「今回あなた達に来てもらったのは、ゴブリンの討伐に関する経験をつんでもらうためです!」
ぴしり、とシルヴィは冒険者達に向けて指を突き出す。シルヴィの目に射抜かれ、冒険者達の顔に浮かぶ緊張の色がますます濃くなった。
「ゴブリンは、普通なら恐れるべき相手じゃない。けれど、しばしば強い魔物の下につく――ホブゴブリンの時もあるし、オーガの時もある。私が見た例だと、若いドラゴンの群れにいたケースもあったわね」
いずれにせよ、ゴブリン単体より強力な魔物の下についた場合、統制がとれるために、普通の状況より手ごわくなることが多い。
ドラゴンは知性が高く、会話が通じることも多いし、むやみに人を襲わないため、単なる魔物と区別されているのだが、魔物との共存を選ぶドラゴンもいる。
ドラゴンのように強力な魔物の下についた時には、ボスの魔力を受けてよりさらに強力になることさえある。 初級冒険者が足をすくわれるのも、こういった時だ。
「……それじゃ、どうすれば?」
集まった初級冒険者のうち一人が手を上げる。
ウルディに住む冒険者は、聖エイディーネ学園のような冒険者養成機関の出身ではなく、冒険者ギルドの研修を受けて冒険者デビューする者が多い。
座学に関しては追加講習となるため、習うより慣れろで実践に飛び込むケースが大半だ。
それでなんとかなったりならなかったりするわけだが、なんとかならなかった場合は自己責任である。
ギルドでも座学を勧めているのだが、それでも座学の受講率はさほど高くないらしい。
「まずは、群れの特性を見極めること。ボスがいるのであれば、妙に統制の取れた動きをすることが多いわね。ボスがいるかいないかで動き方が変わるの」
冒険者ギルドの研修を越えられるならば、ゴブリン程度ならば問題なくいけるはずだ。
「ボスがいなかったら、そのままぼっこぼこにする。ボスがいたら、ボスが何なのかを確認して――無理そうなら」
「無理そうなら?」
「すぐに撤退。無茶してもいいことないでしょ」
自分の力量を見極めるというのも、冒険者にとっては大切な資質である。
シルヴィは例外としても、ジールやテレーズのように貴族の家系の冒険者ならば実家の援助も受けられるだろうが、このあたりの冒険者の大半は金銭に糸目をつけず治療を行うような余裕はない。
怪我ですめばよいが、最悪の事態だって想定される。
「それじゃ、始めるわよ。いい?」
シルヴィが問いかけ、集まった冒険者達は息をつめて顔を見合わせた。
「――ゴー!」
前方を指さし、シルヴィは声高らかに宣言する。その声に従って、冒険者達は散っていった。
「全部まとめて燃やしちゃうから、討伐部位の右耳の確保は忘れないでね? 今回、依頼料は出ないけれど、討伐部位の買取はギルドがやってくれるからね?」
その声は、彼らの耳に届いているのかいないのか。
「なあ、シルヴィ」
「何?」
エドガーは、散っていく冒険者達の後姿を見送った。
「あいつら、もし、ボスがいたらどうするんだ?」
「ダイジョブ、ダイジョブ」
シルヴィはひらひらと手を振る。エドガーの方も、まあそうだろうなとそれで悟ったようだった。
「一応、ヴェントスに周囲を警戒してもらってるのよ。もし、やばそうな魔物が出てきたら、すぐにこっちに連絡が来るわ」
それから、シルヴィは後ろを振り返った。そこには、三体のゴーレムが控えている。
「よし、ゴーレムズ。行っておいで」
「ホカク? クジョ?」
今、たずねたのはゴレ太だ。
シルヴィの顔を見上げ、ゴーレム達が首をかしげる。動きが綺麗に揃っていて、可愛らしい。
「今回は、駆除。三人ともいいわね?」
「リョーカイ」
「ラジャア」
ゴレ蔵、ゴレ之介がぱたぱたと手を振る。
「ヨイショー!」
ゴレ太が、背中から下ろした斧を構えた。ゴレ蔵とゴレ之介も、手に剣を持っている。ゴレ太だけ斧なのは、先ほどまで木を切っていたからだ。
「行ってらっしゃい!」
斧を構えたゴレ太を筆頭に、ゴーレム達がポテポテ……と走り去っていく。見た目はポテポテ……なのだが、馬の全力疾走と同じくらいの速度は出ていそうだ。
あっという間に冒険者達を追い抜き、その先に消えていく。
「――だーかーら!」
「何よ?」
エドガーが、ゴーレム達が消えるのを待ってシルヴィの方を振り返った。
「無造作にゴーレムを送り出すな!」
「ちゃんと様子を見に行くわよー」
のんびりとした足取りで、シルヴィはゴーレム達のあとを追った。途中、冒険者達が、ゴブリンとやり合っている。
右手にちらりと目をやり、それからシルヴィはかがみこんで石を拾い上げた。
「そこ、注意して。ほら、危ない!」
油断していたのか、ゴブリンに背後から襲われかけていた冒険者の方に、シルヴィは魔力をのせて石を投げつけた。 肩のあたりに石が当たったゴブリンは、「ギャアッ」と悲鳴を上げる。
「お前のところのゴーレム、明らかに性能おかしいからな?」
エドガーの指さした方向では、ゴレ太が炎をまとわせた斧をぶんぶん振り回していた。相手がゴブリンなのにずいぶん強力な武器である。やりすぎだ。
「あれができるのは、かなりの魔力を持ったやつじゃないと無理だろうが!」
「ああ、あれね。ゴレ太にはイグニスが乗ってるのよ」
「……は?」
ゴレ太と炎の精霊イグニスが妙に仲良しなので、「乗ってみる?」と聞いてみたところ、いとも簡単に搭乗した。なんでも、魔石のあたりに潜り込むと、非常に居心地がいいらしい。
残念ながら、シルヴィにはどれだけ居心地がいいのかはためすことはできないが。
「……で?」
「でって言われても」
じとっとした目でエドガーが見る。やってみたらできたのだから、詳しい説明は求めないでほしい。精霊達も理屈はよくわかっていないみたいだし、どんな風に潜り込んでいるのかも説明できないそうだ。
この世界には巨大ロボという概念は存在しないけれど、前世の知識からすると巨大ロボとパイロットのような関係だと思う。
シルヴィとしても利点がひとつある。イグニスの暴走が、ゴレ太に搭乗することによって、いくぶん抑えられるのだ――たぶん。
たぶんというのは、今、目の前でゴブリンが勢いよく吹っ飛んでいったからだ。ゴレ太単体の時よりパワーアップしていそうな気がする。
二人の方に、先に出ていたテレーズがすっと近づいてくる。彼女は、羨ましそうに、ゴーレム達の方を見ていた。
「ゴレ蔵ちゃんとゴレ之介ちゃんにも、テッラとアクアが乗ってるのよねー。いいなあ、私もひとつ欲しい」
一応、けが人が出た時の救護要員として動員されたテレーズがおっとりと首をかしげる。ひとつ入手してどうするつもりなのかは、聞かない方がよさそうだ。
「やあよお、あんな恥ずかしいゴーレム……もうちょっと、上達したら一体作ってあげてもいいけど」
シルヴィからしたら、可愛いゴーレムズではあるが、自分の技術力の未熟さを宣伝して回っているようなものだ。
「なあ、ジール」
「なんだ?」
「あれを未熟と言う神経が俺には理解できん!」
「安心しろ。俺にも理解できないから」
ジールとエドガーがひそひそとささやき合っているのは、聞こえないふりをした。もうちょっと見てくれのいいゴーレムが作れるようになればいいのに。
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