S級冒険者のお仕事

 シルヴィは、冒険者達の間をひらひらと飛び回っていた。相手がゴブリンといえど、油断すれば大ごとになりかねない。

 シルヴィが見守っているというのが安心感につながるだろう。ジールとテレーズも、冒険者達が危なくなりそうな場合には手を差し出しているので、自分達だけでゴブリンを相手にするより気楽なようだ。

 一時間もたたないうちに、ゴブリン達は殲滅されていた。


「いい? このあたりに巣があるはず。 その中も、確認しておいて。ゴブリンは、ネズミと同じくらい数が増えるって言われているから」


 サリ夫人の農場は広い。ゴブリンがどこに巣を作ったのかはわからないが、徹底的に探すしかない。


「リーニさん、巣はどんなところにありますか?」


 冒険者の一人が手を上げる。シルヴィはそちらに向かって、愛想よく返した。


「周囲の地形によって違うけれど、このあたりだったら、木の間の目立たないところを選んで穴を掘っていることが多いわね。気をつけて探してきて」

「わかりました!」


 冒険者達が散らばっていき、ゴブリンの巣穴を探し始める。巣穴と思われる場所を見つける度に、中の様子を探り、残ったゴブリンがいないかを確認している。

 ゴブリンの身体は小さく、巣穴に入れないことが多い。煙で燻しだすのが一般的なやり方だ。

 念のために、シルヴィが精霊達に頼んで巣穴の中も見てもらっているために今回は取りこぼしが発生することはないだろう。


「やー、大量大量……ゴーレム達も、よく動いてくれたわね」


 シルヴィの目の前に積み上げられているのは、ゴーレム達の倒したゴブリンだ。


「俺達、まったく役に立ってなかった気がするんだが……」

「あら、動きは悪くなかったわよ。そうね、あなたのところは、魔術師が剣士の動きをとらえきれてないことが多いわね。ギルドの研修受けて、もうちょっと連携を強化した方がいいかも」


 ぼやく新人冒険者に、シルヴィはさらりと言ってのけた。それから、その隣にいる別の冒険者の方に向き直る。


「わかっていると思うけれど、あなたのところは、もう一人増やすことを考えた方がいいかもね。前衛に負担がかかりすぎているから。まあ、ウルディのダンジョンなら、深入りしなければ今のままでもいけると思う」


 それから――と、シルヴィはまた別の冒険者の方に向き直り、そこには回復ポーションをもう少し持っておくように、とか、動きは非常にいいが、武器の手入れがなっていないので一度武器屋にチェックしてもらえだとか、参加者全員に一言ずつアドバイスをしていく。

 冒険者達は、シルヴィの言葉に注意深く耳を傾けていた。


「それから、うちのゴーレム達が狩ってきた分については、皆でわけあって。喧嘩にならないようによろしくね」


 ゴブリンの場合、討伐部位の右耳を切り取ってギルドに渡す。そうすると、ギルドが買い取ってくれるのだ。一枚、銀貨五枚程度――日本円で五百円くらい――だが、ちょっとしたお小遣いにはなる。

 一番多く狩ってきたのはシルヴィのゴーレムなのにそれはいいのかどうか問われれば思いきり疑問なのだが、シルヴィにとってはたいしたことではない。


「――さて、と。ギルドに終了報告して、報酬を受け取りに行くわよ!」


 この場合の報酬は、サリ夫人のシチューとチーズケーキである。


「おー!」


 ひっつかんだゴーレムを、何気ない仕草で鞄にしまい込むシルヴィに、ジールとテレーズが同意する。


「……じゃあ、ぱぱっと転送陣書いちゃうわね!」

「――歩くんじゃないのかよ!」


 エドガーが突っ込んだ。普通なら、こんなにほいほい転送陣で移動したりはしないのだ。だが、シルヴィには急がねばならない理由がある。


「だって、今晩のご飯もらいに行くんだもの」


 本来、転送陣を使うのにはかなりの魔力を必要とするのだが、その点シルヴィご一行様には問題がない。ジールは、魔力はさほど多くないのだが、シルヴィだけではなく、テレーズもエドガーも転送陣を起動するくらいならできる。

 一瞬にしてギルドの前に到着すると、ギルドの受付係はもうシルヴィが来るのを見越していたようだった。


「いつもすまないな、シルヴィ」


 階下に降りて、シルヴィを待っていたギルドマスターはシルヴィの顔を見るなりにこりとした。シルヴィはなんてことないように肩をすくめる。


「いいわよぉ、サリ夫人のシチューを現物支給してもらうことになってるから」

「初級冒険者達の指導までやってもらってすまないな」


 無事に終了の報告を終えて、シルヴィの仕事は終了だ。

 そうして、農場に戻ると、シルヴィはサリ夫人のところに報酬を取りに行った。


「激安で引き受けてくれて、ありがとうね。シルヴィちゃん。気に入ってくれているみたいだから、チーズケーキは二ホール持って行って」

「わあ、いいの? ありがとう!」

「だって、S級冒険者に激安で受けてもらっているんだもの。このくらいはさせてほしいわ」

「ご近所づきあいの一環だもの。気にしないで」


 ご近所づきあいというにはかなりハードではあるが、これがウルディの日常なのである。

 


 大鍋を手にシルヴィが農場に戻った時には、ギュニオンは庭でゴーレム達と戯れていた。


「ふぁいやー!」

「ふぎゃっ!」


 なんとも気の抜けた声で、火の玉をぽいぽいとギュニオンに向かって投げつけているのはゴレ太だ。ギュニオンの方は、それを器用に避けている。

 くわぁっと口を開いて、ゴレ太に向けて口から炎を吐き出しているが、ゴレ太の火の玉と比較すると、明らかに小さい。


「……いや、おかしいだろ!」


 その光景にもまたエドガーは突っ込んだ。

 シルヴィは常識の外で生きている人間だし、ジールとテレーズはシルヴィとの付き合いが長いので、完全にスルーである。

 エドガーは、貴重な突っ込み要員であった。


「なんで、火の玉投げ合って遊んでるんだよ!」

「燃えたら困るわよね……」


 エドガーの突っ込みに、シルヴィは顎に手を当てて思案の表情になった。


「いや、そこじゃないだろ問題は!」

「そんなことを言われても」


『大丈夫だよー、私とゴレ之介がしっかり見張ってるから。ギュニオンが避けた分は、こっちで消火してるから安心して』


 ひょいと顔をのぞかせたのは、水の精霊アクアだ。ゴレ之介の頭の上に乗り、そこで足をぷらぷらとさせている。


「ゴレ太、いいぞやっちまいな!」


 台所から持ち出したビール片手に、ジールはこの状況を楽しんでいる。

『ギュニオンも、けっこういい動きするようになったよねー。もうちょっとしたら、戦闘に連れて行っても大丈夫なんじゃない?』


 アクアもまた、ジールと一緒になってこの状況を楽しんでいるようだ。時々ぴゅーっと指の先から水を出しては、ギュニオンが避けた火の玉が地面に落ちる前に消火している。


「いやだからいろいろおかしいだろこの農場……!」


 そう叫ぶエドガーの声は、誰にも届いていないのだった。

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