従業員を鍛えましょう

 こうして、.シルヴィの農場では新しく”上級冒険者カフェ”が運営されることとなった。

カーティスに依頼したガラスは無事に窓にはめ込まれて、キラキラと輝いている。

扉も、カーティスが懇意にしているというウルディ在住の家具職人に注文した。


「この家に似合う扉を」とオーダーされた家具職人は、最初は目を回していた。彼の目には、けっこうな豪邸だったらしい。

 窓と扉がついて、店の形は出来上がっている。商品の方も、合間を見て手入れをしているので問題はない。

 床のカーペットやカーテンも、ウルディの職人に注文した。自分で作ってもよかったのだが、家具が上質の品なので、プロに任せた方がいいと判断したのだ。


「だいぶ、形にはなってきたみたいだな――あ、この剣、取り置き頼んでもいいか?」


 いつものように仕事持参で農場を訪れていたエドガーは、シルヴィがせっせと磨いている剣の中から一本を指さした。


「いいけど、あなたが使うの?」


 エドガーには、シルヴィから買い取った神剣レベルの剣がある。

今、エドガーのしめした剣は確かにいい剣ではあるが、神剣というほどのものではない。


「いや、近々、フライネ王国から使者が来るんだ。軍人の家系出身らしいから、土産にしようと思って」

「ああ、そういう人には喜ばれるかもね」


 使者に土産物を持たせるのは、よくある話だ。エドガーが指さしたのは、刃の部分に強化の魔術がかけられている剣だった。ちょっとやそっとでは折れないという効果を付与してある。

 柄の部分の彫刻も見事なものだし、宝石もいくつかはめ込まれている立派な品だ。


「値段については、冒険者ギルドに紹介してもらった鑑定士と相談してから決めるから、あとでいいかしら」

「それで問題ない。請求書は、王家の方に回してくれ」


 さすがに神剣クラスの剣まではここには並べていない。一応二十本ほど持ってはいるのだが、安易にばらまくのもどうかと思ったのだ。

 エドガーは、シルヴィが渡した剣を悪用はしないという点では信頼しているし、万が一悪用するようなことがあったら、シルヴィが自力で取り戻すつもりだがその心配はないと思う。


「……けっこうな人数を雇ったんだな」


 エドガーが、窓から庭を見てつぶやいた。

 ちょうど、両親が就職希望者達に訓練しているところだ。


「今、ウルディは求人が少ないのよね。この間の魔物の襲撃で、仕事が減っているのよ。そんなに大きな被害はなかったんだけれど」


 もともとウルディの近郊には、さほどおいしいダンジョンはない。

 ダンジョンの中で収穫される作物も、一般的なものばかりだし、ミスリルが採掘されるとか魔銀が採掘されるとかいうこともなかった。

 その分、比較的”安全”であって、初級冒険者の数は多いのだが、それだけでは食べていけない人が多いのも実情だ。


「それで、どういう基準で選んだの?」

「面接は私とお母様でやったのだけど……」


 側で剣を磨くのを手伝ってくれていたテレーズの問いに、シルヴィはうーんと考え込む表情になった。

 母の選択基準はわかりやすかった。戦闘できるか否か、である。

カフェの従業員にそこまで高い戦闘力は求めていなかった。母の話を聞いても、まあそれなりに戦えればいいかな程度だったのだが、母は違ったらしい。


「私の訓練は厳しいわよ?」


 と、真顔で言って、従業員達を震え上がらせていた時のことを思い返して、シルヴィはぶるりと身を震わせた。

 シルヴィにとって、母は逆らってはいけない相手である。雇った人達にも、そう思ってもらいたい。

 力仕事が必要というわけでもないから、男性従業員を雇うつもりはなかったのだが、男性従業員も雇うことになった。母が言うには、シルヴィをかまいたいというかシルヴィにかまわれたいという父の欲求を満たすためと、警備として男性従業員もいた方がいいだろうという判断かららしい。


「だって、店に若い女性ばかりだったら、高圧的な態度に出る者もいるだろう。それじゃ困るからね」


 というのが父の意見であった。シルヴィがいつもいられるとは限らないので、男性従業員を雇うというのはいい考えなのかもしれない。


「……まあ、ウルディに還元できればなんでもいいんだけどね、私は」


 シルヴィにとって大事なのは、ウルディを多数の人が訪れるようになることだ。

 シルヴィがここを去った後も、冒険者達とつながりを持っていれば、商品の仕入れに困ることはないだろう。


(鑑定のできる人も雇うって言ってたものね……)


 シルヴィも鑑定のスキルは持ってはいるが、毎回シルヴィが鑑定するわけにもいかないし、専門家ほどの腕は持っていない。こうなってくると、店の従業員は精鋭ぞろいになりそうだ。


「それで、ここは、いつから冒険者養成所になったんだ?」


 従業員教育の様子を見ていたエドガーが、あきれた表情になった。彼の肩の上には、あいかわらずギュニオンが乗っている。

 近頃では、エドガーがここを訪れるとすぐ、彼の肩に乗っているから、間違いなくエドガーのことは気に入っている。


「冒険者養成所って……そんなにたいした訓練はしていないでしょ?」


 エドガーの様子を見て、シルヴィは首を傾げた。

 今、雇った従業員のうち、肉体派のものが順に父に打ちかかっているところだ。だが、父は気合い一つで彼らを景気よく吹き飛ばしている。

 指一本動かさず、胸の前で両腕を組み、にやにやとしながら立っているだけだ。気合いだけで、人間一人を吹き飛ばすのはどうかと思う――やろうと思えば、シルヴィもできなくはないが。


「ほらほら、私を倒さないと、試用期間で首だぞー?」


 手足をぶらぶらさせ、小躍りしている父はものすごく楽しんでいるらしい。また一人景気よく吹き飛ばされた。


「エドガー、シルヴィにそのあたりの常識は通用しない」


 話に入ってきたジールはにやにやとしている。シルヴィはむっとした。常識は通用しないって、どういうことだ。


「ああ、そうだな……って、あっちもそうじゃないか! メルコリーニ夫人まで楽しそうだな!」


 反対側では、母が魔術を行使できる者に訓練を行っている。使っていない畑を、一時練習場にすることにしたのだ。

 畑の周囲はがっちり結界でガードしてあるので、中で多少魔術が暴走しても外に迷惑をかけることはない。


「ファ、ファイヤーボール!」

「そーれいっ!」


 母に向けて火の玉を放ったのは、シルヴィと同じ年ごろの少女だった。人間に向かって、火の玉をぶつけるというのは抵抗があったらしい。

 だが、母は撃ち込まれた火の玉を軽々と打ち返していた。

王の前で糾弾された時、 シルヴィがクリストファーの放った火の玉をうちかえしたのがよほど気に入ったらしい。

 きゃっきゃと笑いながら、母が打ち返した火の玉は、冒険者の顔面をかすめて通り過ぎ、地面に落ちた。

 ドーンッ、と激しい音がしたかと思ったら、火の玉が打ち返された場所から、火柱が上がる。


「おいおい、おかしいだろって! 死人が出るぞ!」

「エドガー、安心しろ」


 ジールがエドガーの肩に手を置いた。


「あの場にいるのは、この国でも最高の冒険者二人だ。見ている分には危険に見えるだろうが、死ぬようなことはないし、死んでもメルコリーニ夫人がいるんだからなんとでもできる」

「そういう問題じゃないだろうに……!」


 たしかに、シルヴィ自身が受けた訓練よりは手加減しているが、ちょっと一般の人が受けるには過酷すぎたかもしれない。

 訓練を見学している一行の前で、父が力の足りなかった冒険者に向けて言い放った。


「全員、鍛えなおし―! そこのゴーレム担いで、農場の外周に沿って、三周すること! 順番待っている間は、私の作ったメニューで筋トレな!」


 父が訓練を受けている者達に示したのは、父の側に待機していた三体のゴーレムだった。けっこう頑丈な作りなので重い。


「お父様、それ重石じゃない……!」


 窓からシルヴィは叫んだけれど、父の耳には届いていないようだ。

 ゴーレムズは、重石ではないので負荷をかけるのに使うのはやめてほしい……とシルヴィは思ったけれど、父には逆らえないのであった。


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