久しぶりの実家
そう決まれば、さっさと動くべきだ。シルヴィは、カーティスのもとを訪れた数日後には、一度実家へと戻った。
ちょうど在宅していた母は、戻ってきたシルヴィを見て両腕を広げてきた。母に逆らうのは得策ではないので、シルヴィはおとなしく母の腕に収まる。
「まあ、シルヴィちゃん。久しぶりじゃない。お母様と、お茶を飲むくらいの時間はあるのでしょう?」
「もちろんよ、お母様」
たしかに前回こちらに戻ったのは、王宮に呼び出しをくらった時だった。久しぶりに実家の味を堪能するのも悪くない。
「それで、最近は何をしているのかしら?」
「ポロマレフ商会のカーティスと一緒に仕事をすることになったと話をしたでしょう。ポテトマンドラゴラの栽培も、着々と進んでいるみたい。私は、冒険者向けに武器や防具を売る店を出そうと思っているの」
以前はしばしばシルヴィのところを訪れて食事を共にしていた両親であるが、ジールとテレーズが同居するようになってからは、用もないのに農場を訪れることはなくなっていた。
そのため、カーティスと一緒に仕事をすることになったという話はしたけれど、そこから先についてはまだ両親には話をしていなかった。
それに、今回農場に装備を売る店を建てた話もしていない。その話も一緒にしたら、母は頬に手を当てた。
「冒険者を相手のお店を開くの? お母様、それは心配だわ……たしかに、今は一人暮らしじゃないわけだけど」
「でも、誰が来ても私は大丈夫なのはお母様、よく知っているでしょうに」
むしろ心配するなら相手の方だ。いや、それはともかくとして、シルヴィに喧嘩を売ってくるような相手はいないと思う。
「それはそうだけれど、シルヴィちゃんが留守にしている時が心配よぉ……ゴーレム達だけじゃ太刀打ちできないかもしれないでしょ?」
ゴーレムと精霊達に留守番を任せるつもりだったシルヴィは、母の言葉に納得した。
たしかに、冒険者の中に素行があまりよろしくない者もいるのだ。となると、シルヴィが留守の間は、店は閉めておくのがいいだろうか。
週数回の営業になってしまうけれど、そもそもA級冒険者がそんなにしばしばウルディを訪れる理由もない。
(事前予約制にする……とかかしら。別に、店そのものは黒字にならなくてもいいんだものね)
シルヴィは考え込むが、母は興味をそそられたらしい。
「シルヴィちゃん的には、どんな従業員がいいのかしら?」
「たいしたことは考えていないわ、お母様。そうねぇ……笑顔がよくて、感じがよくて。計算が合わないのは困るから、店の帳簿はつけられた方がいいと思うけど」
いずれにしても、ガラスの調達に時間がかかるので、店のオープンにはしばらく先だ。それまでの間は、窓のところは、木の板で覆ってある。
「ねぇねぇ、その従業員の教育、私に任せてみない?」
「なんでよ、お母様だってそんなに暇じゃないでしょ?」
「暇ではないけど、最近シルヴィちゃん、全然帰ってこないんだもの。この間だって、王宮に行ったかと思ったら、すぐに農場に行っちゃうし」
ぷくっと頬を膨らませた母は、不機嫌な表情になった。それを聞いて、シルヴィは自分の失敗を悟った。
別に両親のことが嫌いというわけではない。むしろ、大好きだ。
だが、生まれて初めての一人暮らし、それから仲のいい友人達との共同生活。
家を離れるまで、籠の鳥だったかと問われればそんなことはないのだが、それでも、両親から離れての生活にわくわくしていなかったと言えば嘘になる。
何より、なんでも自分で決められるのがいい。
「そりゃね、シルヴィちゃんだって忙しいのはわかっているのよ。でも、おうちの内装のことだって、何一つ相談してくれないし……気に入った家具を持って行ったらそれっきりで」
「……ごめんなさい、お母様」
自分が悪かったと思ったので、シルヴィはすぐに謝罪した。たしかにシルヴィが悪い。
「シルヴィちゃんと一緒に、カーテンを選んだり、カーペットを選んだり……一緒にいちゃいちゃカップを見に行ったりしたかった」
「お母様、たぶん、最後のは違うと思うわ」
「でも、娘が初めて一人暮らしするのに、なーんにもさせてもらえなかったんだもの。従業員の教育くらいしたいわよ」
どういう理屈だ、と母に問い返す勇気はシルヴィにはなかった。
数字的な強さで言えば間違いなくシルヴィの方が母より上なのだが、正面から母とやりあって勝つ自信はない。両親から訓練を受けた幼い頃の刷り込みなのだろうが、間違いなく負けるだろうと予想している。
「そ、それなら……お店の内装を選ぶのも手伝ってもらおうかなっ。お母様にお任せしたら、問題ないでしょう?」
「いいわよ。最高に武器や防具が美しく見える飾り方も知ってるし、任せなさい」
母の機嫌がよくなったので、シルヴィは安堵した。
若い頃は冒険者として、シルヴィと同じように国中飛び回っていた母である。しかも、平民出身ということもあり、幼い頃から世間をよく見ていた。
回復魔術の稀有な使い手でありながら、"血まみれ聖女"と呼ばれる程度には武闘派でもあり、父とのデートコースは、武器屋か防具屋がお決まりだったという。
その点シルヴィは、出入りの商人がなんでも屋敷まで届けてくれたし、そこらの武器屋や防具屋に行くより、ダンジョンで拾ってきた装備の中から選んだ方が、強力な装備を得ることができたので店に行く必要もなかった。
母が手を貸してくれるというのなら、遠慮なく母の手を借りておこうと思う。
「じゃあ、まずは家具を選びましょ。それを運ぶのは、うちの使用人にやらせたらいいし……」
母はうきうきとシルヴィの手を引っ張った。
(……そう言えば、こういうのも久しぶりだったかも)
シルヴィの家は、家族全員が仲良しである。両親は互いにベタ惚れだし、生まれた娘はそれこそ目の中に入れても痛くないほどかわいがってくれた。
王族との婚約を破棄するなんていう普通の貴族の家ならまず許されないであろう行いも、シルヴィの望み通りにしてくれた。
そんな両親を放置して、自分のことだけに邁進していたなんて――少々、両親に甘えすぎていたかもしれない。
「それなら、一緒に物置を見たらどうかしら」
「ありがとう、お母様」
母が時間をとってくれるというのだ。一緒に物置を見るくらいはいいだろう。
「……それは、ずるいなぁ。私も、シルヴィと話がしたいんだが」
シルヴィと母が物置をごそごそとあさっていたら、ひょっこりと顔をのぞかせた父は不満顔だった。
「最近、私よりエドガー殿下の方がシルヴィと顔を合わせている時間が長いのではないかね?」
「あー、言われてみればそうかも」
以前と違って、毎日シルヴィのところを訪れているわけではないが、エドガーは週の半分くらいは農場に顔を出している。
来る度に何かしら手を貸してくれるし――たいていは、農場の周囲を囲う針金への魔力の流し込みだ――手土産に、上質のステーキ肉やら、城下の有名なスイーツショップの商品などを差し入れてくれるので、特に不満はない。
「……ねえ、シルヴィ」
父はシルヴィの両肩に手を当ててにっこりとした。
「男性従業員を雇う予定はないかな? 男性従業員は、お父様がみっちり! しごいてあげるよ?」
「じゃ、じゃあ……よろしくお願いします……」
なんだか、大げさなことになってしまったかもしれない。
けれど、シルヴィに父の提案をお断りするという選択肢はないのであった。
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