新しいアイディア
誰に相談しようかと考えた末、シルヴィはカーティスの元を訪れることにした。他の商人のところを訪れてもよかったのだが、彼とはいい関係を築きたい。
シルヴィのところを訪れる時、たいてい仕事を持ってきているエドガーは、農場でお留守番だ。
「ギュニオン、あなたもついてくる?」
ギュニオンに尋ねたら、彼は首を横に振った。それから、キッチンの椅子のところに置いてあるエドガーの鞄に頭を突っ込む。
「こら、人の鞄を勝手に開けるんじゃありません!」
慌ててギュニオンを引き戻せば、頭が出てきた時には、前足で林檎を抱えていた。しかもしっかり齧りついている。
「あああっ、何やってるのよ……!」
「むぎゅぎゅっ、むぎゅっ!」
何やらうにゃうにゃ言っているが、自分が悪いことをしているとは思っていないようだ。エドガーは、ひょいとギュニオンの首根っこを掴んでシルヴィの手元から奪って顔をのぞきこんだ。
「お前な―、たしかに、お前への土産だが、勝手に出すのはどういうことだ?」
しゃくしゃくと林檎を咀嚼するギュニオンは、後ろ足と尾をばたばたとさせた。ついでに、背中の羽根もばたばたさせている。
「ごめんなさいね、エドガー。私の躾が悪いから……」
「みゅっ……」
シルヴィがエドガーに謝罪するのを見て、ようやくギュニオンもしゅんとした。齧りかけの林檎を、エドガーの方に差し出す。
「それを返されても困るだろ! もうやるなよ。お前への土産は、ちゃんと渡してやるから」
「ふみゅぅ……」
「シルヴィ、今から出かけるんだろ? ギュニオンは、俺が預かっておいてやる」
「……大丈夫?」
「大丈夫だ。な、ギュニオン」
「みゅっ!」
ギュニオンがぴっと前足を上げる。エドガーとは、やはり気が合っているようだ。ギュニオン一人でも留守番させることもあるし、エドガーがいてくれるなら彼に預けて大丈夫だ。
◇ ◇ ◇
店にいなかったら伝言を残して戻るつもりだったけれど、幸いなことにカーティスは店にいた。シルヴィを客間に案内して、向かい合わせに座る。
農場の一画に、武器や防具を商う店を開くと聞き、彼は眉をひそめた。
「武器や防具を商う店ですか……。しかし、S級冒険者が店を開いたとなると、そちらに客が殺到するのでは……?」
「いえ、ウルディの武器屋防具屋を、つぶすつもりはないの。初級冒険者向けの装備は、ウルディのお店に卸そうと思っているのよね」
公爵家令嬢というのは現時点では貴族の間でしか広まっていないはずだが、“シルヴィ・リーニ”の名前にも十分以上の集客力はある。
下手にお手頃価格の商品を店に置いて、客の対応に時間をとられてしまうというのも本末転倒だ。
すぐにカーティスはそれに気づいたようだった。
「では、高価な武器や防具だけ商うということですね?」
「ええ。上級者向けの武器や防具を商う店って、強盗に狙われる危険性も高いからウルディの店に卸すのは危険だと思うの」
武器や防具を商う店の中には、ダンジョンから出てきた魔術的効果のある武具を専門に商う店も王都には存在する。
だが、そういった店は、警備に大金を支払える大店か、もしくは経営者自身がかなり強力な冒険者であって、軽い押し込み強盗くらいなら、自分でなんとかできるという店くらいだ。
ウルディの武具屋にそこまで求めるのは、むしろ気の毒というものだ。
「最近、ウルディにも中堅冒険者は増えてきているけれど、ウルディにお任せするのはその程度。私のところでは、上級冒険者向けのものだけ扱おうかなって」
たとえばミスリル製だったり、魔銀製だったり、強力な魔術のこめられたものだったりと、着用する者の方にも資質が求められる装備品というものは存在する。
シルヴィの作った建物では、そのレベルの商品だけを扱うつもりだった。王都の店に卸さないのは、王都の物価が高いから。有力な冒険者達は王都に集まるということもあって、必然的に値が高くなるのである。
「ウルディの店に卸す時、ちょっと魔術をこめて攻撃力や防御力を高めるくらいはしてあげてもいいかなと思っているの」
たとえば、”防御”の魔石を襟や袖口あたりにはめ込んだローブならば、鎧と比べてどうしても貧弱になる防御力を底上げできる。
炎の魔術を込めた剣ならば、中堅の冒険者に重宝される。魔術師のいないパーティーというのも意外と多いのだ。
地味なところでは、絶対持ち主のところに戻ってくる機能のついたナイフとか。これは、目標に当たらなければ、投げても投げても戻ってくるので、非常に便利である。
ただの装備品にささやかな効果をプラスして、ウルディで装備品を扱っている店におろせば、店も潤うだろう。
「A級冒険者以上に向いてる武器は、こっちで扱おうかなって思っているの。あとは、宝石がはめこまれている高価なものとか――」
シルヴィの言葉に、カーティスはうんうんとうなずいた。
「それでしたら、ウルディの店と差別化できてよろしいのではないでしょうか。店の調度品等、お探しでしたら、お安くしますけれども?」
このあたりは商売人、ぬかりがないらしい。けれど、シルヴィは首を横に振った。
「実家に使ってない家具たくさんあるから、そこから持ってこようと思うの。たぶん、物置の中を探したら、いろいろ出てくると思うのよね。今の家の家具も半分は実家から持ってきたものだし」
残り半分は、中古品を扱う店や、蚤の市的な市場で見つけてきたものだ。
そのため、シルヴィの農場に置かれている家具は、ピンからキリまですさまじい価格の差があるのだが、シルヴィの好みで統一しているので、雰囲気としては調和がとれている。
「そのかわり、扉とガラスを手配してもらえないかしら。窓に、魔術的な効果を付与した硬化ガラスをはめたいのよ」
普通のガラスならば、ウルディですぐに手配できるのだが、シルヴィの言っているガラスは、魔術的保護のかけられているガラスである。
ちょっとやそっとぶつけた程度では割れないというもので、中に置く装備品が、かなり高価な品になることを考えると、その程度の備えはしておきたい。
「……かしこまりました。では、すぐに手配しましょう。都の友人に頼んでみます」
「よろしくお願いするわね」
ぺこりと頭を下げると、カーティスはぽんと手を打った。これで、この話はここで終了だ。あとは、以前シルヴィが関わった件へと話題が変わる。
「おかげさまで、ポテトマンドラゴラの方は、順調に育っていますよ。ギルドと相談し、三月に一度、ダンジョンに苗を採りに入ることにしました。我が商会が採りすぎるのもよくないですからね」
「商売を広げたくなったらどうするの?」
「耕せる畑の広さにも限界がありますからね。加工品の売買を育てようと思っています。ポテトマンドラゴラをポーションだけではなく、普段の食事に取り入れるというのも資産家には喜ばれるでしょう」
「そうね。疲労回復効果のある食事とかいいかも――あっ」
ぽんとシルヴィは手を打ち合わせた。
「その加工食品、私の店で出したい! 今すぐってわけじゃないけど、時期がきたら卸してもらうことはできる? ……その、お客様に食事くらいは出せるといいなと思うの。私の農場、ウルディの中心街からちょっと距離があるし」
「それはもちろんかまいませんが……でしたら、ポーションだけではなく、食事として提供できるように考えましょう」
「ポーションなんかも置けたらいいわね。私、ポーションも作れるし。そうなったら、瓶も卸してもらえるかしら?」
「もちろんですとも」
考え始めたら、がぜんわくわくしてきた。
前世では、姉と共に祖母の残してくれた古民家でカフェを経営するのが夢だった。近所の人が作った野菜を置いたり、自作のハンドメイド小物を置いたり。
料理とスイーツ――近所の人達の交流の場にもなればいいなと思っていたのだ。
生まれ変わった今になって、前世のことを考えてもしかたないので、あまり考えないようにしているけれど。
装備品を見に来たついでに、おいしい料理を食べて帰ってもらえばいい。シルヴィ自身の手は回らないかもしれないが、人を雇うことを考えてもいい。
しばしば実家に戻ったり、依頼を片付けにいくことを考えたら、接客係を雇わなければ、絶対にやっていけない。
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