新しいお店のオープンに向けて
雇われた従業員達には地獄の特訓だった二週間が終わり、シルヴィのカフェは近いうちに無事にオープンにこぎつけることができそうである。父も母もぎりぎりのところを見極めるのが非常に上手だったらしく、途中脱落者がいなかったのは幸いである。
「それにしても、ずいぶん上品に仕上がったな……」
エドガーが感心するのも、当然だった。
ちょっと前まで、ばたばた歩いていた従業員達が、今やどこの貴族にお務めですかと問いただしたくなるほどしずしずと歩いている。
背筋はぴんと伸び、視線はどんな細かなことも見逃さない。床に落ちていたゴミも、その視線は逃さず、見つければ目立たないようにさっと拾い上げる。
身に着けている品も以前とは変わっている。メルコリーニ公爵邸の使用人が身に着ける制服を仕立てている仕立屋と同じところに発注したのだ。
男性はシャツは白。ベスト、上着、ズボンの三つ揃えは黒だ。黒と白でまとめた中、タイは上品なこげ茶色だった。女性従業員も基本的には同じような服装だ。ズボンではなく、足首近くまである黒いロングスカートを身に着けているところだけが違う。
「……いらっしゃいませ、お待ちしておりました」
立派なドアを開いて建物の中に入れば、従業員が入り口の左右で出迎えてくれる。内装もかなり力を入れた。
一階の中央は玄関ホール。正面に二階に上がる階段。ホールの左右に一室ずつある。
床はぴかぴかに磨き上げられ、顔が映るのではないかと思うほどだ。
一階の左右に広がるのは、商談と飲食のための部屋だ。どちらの部屋にも、テーブルと椅子が用意されている。
カーテンは、重厚な緑。窓の外に広がるのはのどかな田園風景だが、カーテンを閉め、魔石ランプの明かりやキャンドルの明かりをともせば、ここが農場の隣であることを忘れてしまいそうだ。
正面の階段を上がって二階に上がると、二階にも二つの部屋がある。
どちらの部屋も、部屋の中央にはガラスケースが並び、ケースには魔術的な効果を付与した指輪や腕輪などアミュレット類が整然と並んでいる。
そこにはシルヴィが本気で冒険者用に作ったアミュレットもあった。毒の影響を受けにくくなったり、魔力の消耗を押さえたり。回復魔術の効果を高めるアミュレットなどもあって、いずれも冒険者にとっては喉から手が出るほど欲しい品だ。
壁に作りつけられたガラスケースには、ずらりと武器や防具が並べられている。ここに並べているのはシルヴィが集めた品の一部であり、インテリアも兼ねている。
ここに並びきれないほどの商品があるため、記録水晶を使ってシルヴィが作ったカタログを見て、気になる品があれば、従業員が奥――収納魔術のかけられている保管庫から取り出すというシステムだ。
広さの割に品数が多いのは、シルヴィが収納魔術を駆使しまくったおかげである。
だが、この店にやたら貴族的な雰囲気が漂っているのは、シルヴィ以外の人間の好みが色濃く反映されている。
(まあ、お母様の趣味に合わせたらそうなるわよね……)
あまりにも母が嘆くので、内装は母の意見を大いに参考にした。その結果、どこの貴族の屋敷にも引けを取らない仕上がりになってしまった。
ウルディというド田舎の町の、しかも町の中心地からだいぶ離れたところにあるにもかかわらず、だ。
「ここまで来ると、客を貴族に絞った方がいいかもしれないな。貴族の中にはこういった武器や防具のコレクターもいるだろう。自分のところの護衛に持たせるんだ」
「護衛に持たせるのもいいけど……」
エドガーの言葉に、シルヴィはぐるりと周囲を見回した。
商談のための部屋は、二部屋しかなかったが、そもそもダンジョンから出るような武器や防具を買いに来る人間がそんなしょっちゅういるわけでもないので、これで十分なのである。
「どうせなら、冒険者に使ってもらう方がいいわよね。貴族の人は、見栄のために持たせたりするじゃない? それはちょっとどうかと思うのよ」
「そうか。そういう考え方もあるな」
エドガーに中を見せていると、客人が訪れたと従業員が呼びに来る。
「シルヴィちゃん、これでいい?」
「わあ、ありがとう! 手間じゃないといいんだけど……」
「うちの農場の宣伝にもなるんだからありがたいくらいだわね」
バスケットを片手に、この店を訪れたのは以前ゴブリン退治を依頼してきた隣のサリ夫人だ。彼女のチーズケーキを、店に置くことにしたのである。
チーズケーキを焼くのは週に一回程度になりそうだが、収納魔術のかけられた保管庫にしまっておけば、おいしさをいつまでもいつまでもキープできるので問題ない。
彼女の農場で作ったチーズが原材料なので、彼女の農場の宣伝にもなるというわけだ。
「シルヴィちゃんは、何を置くの?」
「私は、ミートパイとレモンパイ」
「アップルパイは置かないの?」
「林檎をカットすると、ギュニオンがうるさいから……」
ギュニオンの林檎しか食べないという偏食ぶりは徹底している。加工するのもなしだし、皮をむいて食べやすい大きさに切っただけで食べなくなる。
そんなわけで、シルヴィが林檎を切ろうとすると、自分の取り分がなくなるのではないかと大騒ぎなのだ。
キッチンでばたばたされるくらいならば、アップルパイは他の店から仕入れようと思っている。
「あとは、クッキーかしら……このくらいの大きさの」
シルヴィは手をぱっと広げて見せた。ドライフルーツや刻んだチョコレート、ナッツなどをごろごろと入れた、シルヴィの手のひらサイズのクッキーなら相当食べ応えがあるだろう。
「本当は、料理のメニューも増やせたらいいんだけど」
当面は、シルヴィのレシピで作った料理をランチタイムに提供する予定だ。ハンバーグランチと、ロコモコ、日替わりパスタの三種類。
「とりあえず、お茶をいただいて帰ろうかしらね」
「どうぞどうぞ、従業員の練習にもなるし」
特にプレオープンの練習というのは想定していなかったけれど、どうせ、最初のうちは近所の住民が主な顧客となる。のんびりと慣れていってくれればいい。
(大丈夫、だと思うんだけど)
やはり、自分の店のオープンとなると緊張する。
「エドガー、試食していってよ。冒険者向けのスイーツも、カーティスさんのとこに頼んで作ってもらったの」
サリ夫人と彼女の友人達に一階の部屋を使ってもらい、空いている方の部屋でエドガーに試食を頼むことにした。
「――毒々しい紫色だな!」
皿にのせて出したスイートポテトタルトに、エドガーが突っ込んだ。
「毒々しいって言わないでよ。これ、ポテトマンドラゴラを使っているんだから」
ポテトマンドラゴラをそのまま使うと、体力が有り余ってしまう。ジールのように一晩走り回るわけにもいかないだろうし、ポテトマンドラゴラとムラサキイモ、それにポーションの材料になるハーブなどを組み合わせてタルトにした。最初、普通の黄色いサツマイモを使ったら、あまり美しくない見た目になったので、ムラサキイモにしたのである。
「どう?」
「味は悪くないがなぁ……」
エドガーは渋い顔だ。紫色のタルトは、こちらの世界では受け入れがたいだろうか。
そして、ティータイムを楽しんで出てきたサリ夫人とその友人も、シルヴィの期待していたものとはまったく違う返事を返してきた。
「すっごく高級なお店に行った気分だわ……」
「え、そうなの? このくらいは普通だと思うんだけど……」
シルヴィとしては、最低限の教育をすませただけのつもりだった。だが、思っていた以上に好感触だったようだ。
「本当に、この値段でいいのかしらって思ってしまうわね。貴族のお屋敷にお招きされた気分だったわ――貴族のお屋敷なんて、お呼ばれしたことはないけれど」
彼女達の話を聞いて思う。言われてみれば、このあたりにあのレベルでサービスする店はなかった。
都でもそうとう高級な店くらいではないだろうか。
(……コンセプトから、練り直しだわね、これは)
ご近所さんが集まりやすい店にするつもりだったのに、うっかり高級路線になってしまった。だが、考え方によっては、ウルディのカフェとは別路線――ということにはならないだろうか。
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