コンセプトカフェというのもありかもしれない

「――というわけで! あの店は”貴族カフェ”にします!」


 夕食の席で、シルヴィは宣言した。


「貴族カフェってどういうこと?」


 テレーズが首を傾げた。


「ご近所さんが気軽に集まってくれるのはいいんだけど、希望者には、貴族の屋敷に呼ばれた時のマナーを勉強できる場所にしようと思って。貴族の屋敷にお招きされた気分を味わってもらうだけでもいいし」


 なぜ、貴族の屋敷に招待された気分になると思ったのかと考えたら、答えはあっさり見えてきた。

 家具が本物志向過ぎたからだ。いや、本物志向というより本物だった。

 しかも、従業員も本物志向だった。

 父と母の地獄の特訓は、戦闘方面に限った話ではなかった。マナーについても完璧だった。

 メルコリーニ公爵家で働く使用人と同じ教育をされた従業員達は……貴族の屋敷に奉公に出ても問題ないレベルまで仕上がってしまったのである。

 前世でも、”メイド喫茶”やら”執事喫茶”には需要があったことを思い出したのだ。

 メイド喫茶と言えば、ミニスカメイドの萌え路線な店が真っ先に思い浮かぶが、落ち着いた雰囲気の店にも需要はあった。

 姉と二人、あちらこちらの店をめぐる中、そういった店も何度か訪れている。いつもより気合いの入った格好をして、家で使っているよりいい食器でいただくアフタヌーンティーは、優雅な気分にさせてくれた。


「ああ、たしかにそれなら需要があるかもしれないな」


 ちゃっかり夕食にも同席していたエドガーが同意する。


「あら、エドガーはそう思うの?」

「王宮に来る冒険者の中には、マナーに苦労しているやつもいるらしいから」


 そう言えば、エドガーは王子様なのだった。日頃の言動がいろいろとあれなので、シルヴィ自身も忘れそうになっているけれど。


「え、そうなの?」

「俺達、その点で苦労したことないからなぁ……」


 ジールとテレーズが顔を見合わせる。


「二人とも、実家でそのあたりのことはしっかり叩き込まれているでしょう。私だって、苦労したことはないわ」


 王宮に上がるのは面倒だが、幼い頃から叩き込まれてきたマナーは、呼吸するのと同じくらい自然に身についている。


「――そう。だから、いいアイディアだと俺は思うぞ。都の冒険者ギルドに、案内を出しておくといい」

「わざわざ王都から来ると思う?」

「たぶんな。ギルドを繋ぐ転送陣の使用許可を得てでも、来たがるやつは多いと思う」


 エドガーの話によれば、もともと貴族の家の出である冒険者はともかく、平民から冒険者の道に足を踏み入れた人の場合はマナーで苦労することが多いそうだ。

 経験を積み、ランクを上げ、有名な冒険者となれば、手柄をたてる機会も多くなる。手柄を立てれば、貴族の屋敷に招待されることも増える。

 貴族に招待された時、付け焼刃でマナーを身につけようとして、大騒ぎになることもあるらしい。


「そっか。ウルディって場所は不利だと思っていたけれど、転送陣を使う許可を得れば、すぐ来られるわけよね」


 各地の冒険者ギルドを結ぶための転送陣は、勝手に使うことはできない。だが、許可を得て、使用料を払えば使うことはできる。貴族の屋敷に招待された時のマナーを学ぶためという理由で通るかどうかはわからないが、ギルドがオッケーを出せばいけそうだ。

 


 ◇ ◇ ◇


 


 冒険者ギルドに知らせを出して数日後。

 早速、マナー教室の客人第一号がやってきた。シルヴィの家で仕事をしていたエドガーは、仕事部屋の窓から、客人が店に招き入れられるのを見ていた。


「あれは誰だ?」

「ジールとテレーズの知り合い。今度、貴族の家に呼ばれることになったんですって。マナー教室の最初の生徒ね」


 シルヴィの同居人達は貴族の家の出身だけれど、一緒に仕事をする仲間は平民出身者も多い。そういうわけで、まず、マナー教室の生徒第一号として、知り合いにシルヴィの店を推薦してくれたのだ。


「へぇ、そうなのか」

「もきゅっ」


 エドガーも、ギュニオンも、中で何が行われているのか興味津々のようだ。エドガーなど、国内最高のマナー教師から学んだくせに。


「見学してみる? 今回は、見学するかもってことで割引にしているの」


 シルヴィも、両親に教育された従業員が、どんな講義をするのか興味ある。エドガーがうなずいたので、こそりと窓からのぞくことにした。

 一階の飲食スペースになることになっている部屋には、男女の冒険者がいた。彼らの前には、大きな黒板が置かれている。


「昼間、貴族の屋敷に招かれた時には、露出を控えた衣服の方がいいでしょう。あまり安っぽいものは避けた方がいいでしょうね」

「だが、俺達、装備に金をかけているから……」


 どうやら、今は貴族の屋敷に招かれた時のマナーについて講義が行われているようだ。装備に金をかけている――と聞いて、講義役の女性はうんうんとうなずいてみせた。


「私も。一回貴族の屋敷に招かれたというだけで、そんなに贅沢はできないわ」

「意外と知られていないのですが、ギルドに貸衣装がありますよ。身体に合うかどうかは保証できませんが――あと、冒険者ギルドによっては、流行遅れになっている可能性もありますね。町中の服飾店でも、貸し出しを行っているところはあります」


 そう聞いて、冒険者達は顔を見合わせた。


「お二方は、普段は王都で活動なさっているのですよね? でしたら、こちらのリストをお持ちください。貸し出しを行っている店の一覧です」


 講師役の女性は、二人の前に紙を置いた。その紙には、何軒かの店の名前が書かれているようだ。


「公爵家ともなると、こんなにかかるのね……」

「一度服を借りるだけにしては高くないか?」


 講師が置いた紙には、レンタルの金額まで書かれているらしい。金額を見て、二人とも顔をしかめている。


「そんなことはありませんよ。公爵家に招かれるということは、それだけの格式のある服装が必要になるということです」

「そういうものか……」


 男性冒険者の方は納得したようだ。だが、くすりと笑って、講師は続けた。


「というのは、建前ですね。実際には、一番下の店でも、なんとかなりますよ。ですが、貴族の中には、平民の冒険者を下に見ている人も多いので……そこに書いてある店の名前は、あくまでも目安ということです」


 貴族の建前に、冒険者達は驚いたようだった。どこの店が一番親身に相談に乗ってくれるのかとか、呼ばれた相手の地位によって店は変更した方がいいのかなどといろいろとたずねている。

 彼らの問いに、講師はすべて丁寧に応えていく。


「我が家は気にしないけどね。お母様も平民出身だもの」


シルヴィはこっそりと隣にいるエドガーに言った。


「メルコリーニ家は例外だろう。平民出身の冒険者との結婚も比較的容易なんだろ?」

「お母様並みの能力があればね。最低でもB級でないと……」


 メルコリーニ家は、もともと「冒険者になりたい」と王家を出奔したもと王族が公爵位を賜って興したものだ。そのため、メルコリーニ家は、代々当主が武闘派であり、強いという条件さえクリアすれば結婚相手の家柄にもさほどこだわらない。

 その間も、講師の授業は続く。そこでシルヴィは窓のところを離れた。


「あとは食事のマナーでしょ、それから貴族と顔を合わせた時のマナー、ダンスレッスン、あとは、それぞれの貴族の家系についての話ね。昔からの家系の貴族の場合、先祖の偉業をたたえた方が相手の覚えがよくなるし、新興貴族なら本人の手柄をたたえるべきよね。仲の悪い人間の話は口にしない方がいいし」

「……そこまで手厚く面倒見るわけか」

「わざわざウルディまで来てもらうんだもの。そのくらい、当然じゃない?」


 王都とウルディを行ったり来たりするのに自前の転送陣を使っているシルヴィが異常である。

また、エドガーが都とウルディ近郊にある自分の屋敷の間を行き来するのに転送陣を使うのは、設置されている転送陣を起動するだけの魔力を持っているからだ。

本来、転送陣は描くのにも起動させるのにもかなりの魔力を必要とする。


「転送陣の使える魔術師に依頼すると、けっこうな金額がするものねぇ……」


 王都とウルディの間は、通常の交通機関ならひと月ほどかかる。

 たとえば、一日二度馬を変えひたすら馬車を走らせ続ければもうちょっと短縮することはできるだろうが、そうするにも費用がかかる。

 そんなわけで、わざわざここまで来るというのだから、できる限りのことはしたいとシルヴィは思うのだ。

 幸い、両親の教育のおかげでシルヴィのカフェで働く従業員達は、どの貴族に就職してもやっていける程度には仕上がっている。


(……ウルディに、少しでも貢献できたら嬉しいんだけど)


 いつか、シルヴィがこの地を離れる時がきたら、農場やカフェをどうするかは考えないといけない。けれど、引き継いでくれるいい人がきっと見つかると信じている。 



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