雨の日はハンドメイドを楽しみましょう

(今日は、雨か……)


 雨が降っているので、今日は外での作業は中止だ。

 畑の周囲はぐるりと雷属性の魔力を流し込んだ針金で囲ったし、定期的にイグニスに見回りに行ってもらっているので、あれ以来被害は出ていない。

 外での作業ができないのなら、雑貨屋におろすアクセサリーを作ろうか。

 一階の一室は、シルヴィの作業部屋になっている。壁の棚から、材料の銀と工具を取り出した。


(そういや、今日はエドガーは来てないな。雨だから、お休みかしら)


 あまりにも普通に毎日来ていたものだから、今日みたいに彼がいないとなんだか不自然にも思える。そう思ってしまうのもまた、いかがなものかと思わないわけではないが。

 必要なだけの銀を取り出し、魔力を注いで柔らかくする。


(魔力を込めて……こーね、こねっと)


 これで下準備は終了だ。

 その時、玄関のベルが鳴る。作業をいったん中止してシルヴィは立ち上がった。迎えに出れば、予想通りエドガーが立っている。

 もう何日もここに通っているので、エドガーはこの家の様子は知り尽くしている。入り口を入って右手の部屋――今、シルヴィが作業をしている部屋――に迷うことなく足を進めた。

 一応、若い女性の一人暮らしだというのにそれはいいのだろうか。


(いや、今さらなんだけど)


心の中で、シルヴィは自分に突っ込んだ。

 今、作業している部屋には、部屋の中央に大きなテーブルが一つ置かれている。これがシルヴィの作業スペースだ。

 壁際の棚には、裁縫道具や、布、リボンといったハンドメイドの材料などがきちんと収納されている。いずれ、服を作るようになったらトルソーを用意しようと思っているが、今のところは必要ない。


「――お前、何やってるんだ?」


 テーブルの上に広げられている工具や魔石にエドガーの目が行く。


「……それ、魔石だよな?」

「ええ、魔石だけど」


 なにせ、引退前は毎日のようにダンジョンに潜っていたので、魔石の類なら売るほどある。


「ああ――小さな魔石の有効活用か」


 以前、雑貨屋に一緒に行ったことがあるので、これが何に使われるのかエドガーもすぐにわかったらしい。


「そう。今日は頼むことないんだけど、どうする?」

「――見学希望。それ、錬金術か?」

「そう。こういう作業好きだから、取得しておいたの」


 先ほどこねた銀を秤に乗せ、同じ分量になるようにして、二つ、同じ重さなの塊を取る。それから、テーブルの上にざっと広げられている魔石の中から、シルヴィは、ローズクォーツを選んで取り上げた。手の中に包み込むようにして、魔力を流し、望む魔術を付与する。


「――魅了!」


 魔力が注がれると、ローズクォーツの色が一段濃くなる。

 先ほどこねた銀を台座としてローズクォーツをはめ込んだら、工具を手に取り、銀の台座に細かな彫刻を施していく。

 もうひとつ同じようにしたあと、ピアス金具に取り付ければ一対のピアスの完成だ。


「上出来。可愛く見えるピアス完成」


 シルヴィは大満足であったけれど、エドガーは目をむいた。


「おい! 魅了を注いだ魔石なんて危険すぎるだろうが!」

「いつもより若干可愛く見える程度のことよ? 誰彼かまわず魅了するような、危険なレベルじゃないってば」


 さすがに、王族を妙な方向に走らせたカティアの呪いレベルは難しいだろうが本気で魅了を注げば、男女構わずだれでも引き付けるレベルの魔術となる。

 たとえば、戦闘中に敵の注意をこちらに引き付けるだけではなく、味方の注意まで引き付けてしまうとか。

だが、シルヴィが今使ったのは、「本人の魅力を周囲にアピールする」程度のものだ。


 実際のところ、「お、今すれ違った子、可愛いな」と思われる回数が増加する程度のことで、これを身に着けたからといって意中の相手を思うままにできるわけではない。

 まだ何か言いたそうにしているエドガーにはかまわず、次の作業に取りかかる。

 今度取り出したのはターコイズ。同じく「魅了」の魔法を付与する。エドガーが見守る中、銀の台座にはめ込み、彫刻を台座に施していく。


 そうしながら、シルヴィは口を開いた。


「――自信が持てるといいな、と思うのよね」

「自信?」

「そう、自信」


 話している間も、シルヴィの手はとまらない。何度も作っているので、エドガーとちょっとした会話を交わすくらいならさほど気を散らすこともない。

 出来上がったばかりのターコイズのピアスを手のひらに乗せて、じっと見つめる。


「これは簡単なお守り。いつもよりちょっと可愛く見えたら、好きな人に告白しやすいんじゃないかなって思うの」


 なんて口にしていても、前世でも今世でも、色恋の類はシルヴィには関係ない。

 前世は単に忙しすぎて出会いがなかったからだし、今回は、恋愛感情を意識する前に王太子との婚約が成立していた。

 両親は難色を示していたという話も聞いた覚えがあるが、とにかく成立してしまったものはしかたない。

 それ以降は、王太子の婚約者としてふさわしい行動をとることと、王家から押しつけられた仕事でいっぱいいっぱい。


「……そういう相手がいるのか?」

「幸か不幸か、いたことはないわね」


 興味津々でのぞきこんできたエドガーの額をぴしゃりとたたく。


「ついこの間まで、王太子の婚約者だったんだからね? 恋愛なんか禁止よ、禁止! 噂になるのもご法度だったんだからね? クリストファー殿下の方は好き勝手やってたけれども! 呪いのせいだってわかっても、それじゃ帳消しにならないの!」


 思い出しても腹立たしい。

 こっちには身を慎むよう言っておいて、クリストファーはカティアと好き勝手やっていた。

 余計な噂になると相手に迷惑がかかるから、シルヴィの方は、男子生徒と会話することさえ避けていたのに。


「お、おう……そ、それは悪かった」


 目の前にいるエドガーもシルヴィの表情にドン引きである。

 その一方、シルヴィの手は、エドガーの額をぴしゃりとやった時以外、話している間もとまることはなかった。息をするくらい自然に魔石に魔力を注ぎ、銀細工を施してはピアスに仕上げる。


「あ……イヤリング金具も用意しておかないと」

「イヤリング?」

「ええ。耳に穴をあけていない人もいるでしょ――私は、ひとつずつ開けてるけど。戦闘中にアミュレット落としたなんて言ったらシャレにならないから」


 一度立ち上がり、収納棚から取り出したのは、耳たぶを挟むクリップタイプのイヤリング用の金具だ。

 こちらの世界は、耳にピアス穴をあけている人が多いから、イヤリングの需要はさほど多くない。ピアスを四に対して、イヤリングを一の割合で作ればちょうどいいくらいだ。


「……あ、雨がやんだ」


 頬杖をついてシルヴィの作業を眺めていたエドガーが、不意に窓の外を見上げてつぶやく。

 作業に夢中になっている間に、空はすっかり明るくなっていた。

 午後から畑に出て作業――とも思ったけれど、面倒だ。昼食を作るのも、今日はなんだか面倒だ。


「今から、ウルディに行こうと思うけどどうする? お昼ご飯もそっちで食べようかなって」

「行くに決まってるだろ」

「じゃあ、ついでに納品しちゃおっと」


 作ったアクセサリーは、街の雑貨屋で売ってもらえることになっている。以前納品した時は、上々の売り上げだと聞かされた。

 十代の女の子が買える程度の価格設定にしているのでさほど高くはないのだが、自分が作ったものを誰かが買ってくれるのが嬉しい。


「支度するから、ちょっとここで待っててくれる?」


 外出用の服に着替えるべく、シルヴィはエドガーを残して立ち上がった。

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