ゴーレムを上手に作りたい

「さて、と。ワディムを探しに行かないと」


 テレーズには、他の妃の侍女達との噂話に向かってもらう。侍女達の噂話の中から、何か重要な情報を拾い集めることができるかもしれないから。

 シルヴィは、一人、てくてくと中庭を歩いて行った。ワディムがいる場所なら、見当がつく。ワディムの仕事は、日々、後宮内のゴーレムを点検して回ることだ。シルヴィが新人いびりされたのは例外として、本来、彼のゴーレムは後宮内の警備に当てられるからだ。


「ワディムさん、少し、よろしい?」

「私に、何か用ですか?」


 今日、彼は後宮の奥の方にいた。彼の前にいるのは、地面に埋め込まれていたゴーレムだ。彼の側には、大きな穴が開いている。

 ゴレ太が破壊してしまったのを、作り直しているところのようだ。


「……ええ。どうしたら、あなたみたいなゴーレムを作ることができるのかと思って」


 それを聞いた瞬間、ワディムはむっと口角を下げた。彼の黒い眼が、正面からシルヴィを見据える。

 シルヴィは、彼の表情の奥底にひんやりと冷たいものを感じ取った。これは、理屈では説明のつかない、勘とでもいえばいいのだろうか。


「ええ……だって、わたくし、いえ、メルコリーニ家のゴーレム、あんなに素朴な外見なんですもの。」


 シルヴィは、困った表情をしてみせた。


「……そうですね」


 本当にシルヴィが困っているということに気付いたらしい。ワディムは、こほんと一つ咳ばらいをして、シルヴィの顔を正面から見た。


「ゴーレムを作った時、注ぐ魔力が多ければ多いほど、能力が高まります――外見はまた別の話ですね」

「そうなの? 魔力を注げば注いだだけ、外見もよくなるものだと思っていたわ。きっと、家の者達もそう思っているでしょう」


 代々受け継いできた技術を持つワディムとは違い、シルヴィのゴーレム作りについては独学だ。きちんと師匠について学ばなければならないことが抜けている可能性もある。


「一般的には、外見が美しいゴーレムほど力が強くなるものですが、あなたがお持ちのゴーレムの場合、作った者が魔力は持っていても、ゴーレムの作成については技量が足りていないということでしょうな」

「お恥ずかしいわ。私……本当に、何もわかってなくて」


 片手を頬に当てて、シルヴィは恥ずかしがっているふりをした。このくらいなら、どうにでもなる。


「――よろしければ、私がお教えしましょう。国外に持ち出しを禁じられている技術もありますが、もう少し見栄えをよくする程度なら問題ありますまい」

「まあ、よろしいんですの?」


 目を大きく見開き、両手を打ち合わせたのは演技ではなかった。正式に、師匠につきたいと思っていたところなのだ。


「でも――ご迷惑なのではなくて?」

「とんでもありません。あなたのように魔力の高い方にお教えできるのであれば、後宮の守りをより固めることができましょう」

「まあ、あれは、エリーシア妃の冗談ではなかったの?」


 てっきり、新人いびりのための冗談か何かかと思っていた。ワディムは、シルヴィに壁の方を示す。


「この場所が、元はダンジョンだったというのはご存じでしょう」

「ええ、もちろんですわ」

「このダンジョンは枯れてはおりますが、何かきっかけがあれば魔物が復活するかもしれません」

「……え?」


 シルヴィは顔をひきつらせた。

昨日、魔物を操れる人間がいるのではないかとか、さんざん話し合ったのはいったいなんだったというのだ。

まさか「魔物が復活するかもしれないけど、後宮として利用しよう!」などという何も考えないまま利用していたとは。


「ですから、後宮のお妃様達も剣を取るのですよ。いざという時、陛下の身に危険が及ばぬように」

「そんな危険な場所を、後宮になど使わなければよろしいでしょうに」


 シルヴィは両手で自分を抱くようにして、ぶるりと身体を震わせて見せた。全然怖いとは思っていないが、”アメリア”としてはその方が自然である。


「ですから、私も後宮におりますしね――もっとも、他の人の作ったゴーレムに破壊されてしまうようであれば、修行のやり直しかもしれませんが」

「……そ、それは」


 シルヴィは視線を泳がせた。ワディムのゴーレムを破壊したのは、シルヴィが作ったゴーレムである。


「アメリア様のゴーレムを拝見させていただくことはできますか? メルコリーニ家のゴーレムではなく、アメリア様のおつくりになったものでしょう」

「……え?」


 後宮入りするにあたり、メルコリーニ家の家長から持たされたゴーレムということで、納得してくれたものだと思っていた。


「私の目はごまかせませんよ。これでも、一番得意なのは、ゴーレムを操ることですから」

「その他には?」

「多少は攻撃魔法も心得がございます。水の精霊とは相性がよいのですが、精霊魔術を行使できるほどではありませんね。先祖は偉大な魔術師と記録が残されているのですが、残念ながら子孫にはその能力は伝わらなかったようです」

「そうだったのですね」


 エドガーとジールの調査では代々ゴーレム魔術を一番得意としてきたと聞かされた。


「ですが、ゴーレムに関しては誰にも負けることはないと思っております。あなたが作ったものと見抜けるのは私くらいだと思いますが――のちほど、部屋に教本をお届けしましょう」

「ありがとうございます」


 考えてみれば、ゴーレム使いを後宮に置くというのはいい考えかもしれない。材料さえあれば、本人の魔力が尽きるまでいくつでも作り出すことができる。

 ワディムとの対話を終え、部屋に戻った時には、テレーズも戻っていた。侍女達の噂話からはたいした収穫は得られなかったようだ。


「シルヴィ、シャンタル妃に会いたいなら、許可が下りたわよ。薬の効能も確認できたからって」

「よかった。」

「――私も行っていい?」

「もちろん。あなたしか侍女はいないもの。面倒だけど、一人で行くわけにもいかないし」


 教えてもらった水晶の間は、シルヴィが使っている部屋からずいぶん離れたところにあった。中庭には面しておらず、奥へ奥へと進んだところだ。


「このあたりって、いかにも遺跡がダンジョン化したものって感じがするわね」


 あたりを見回しながら、テレーズが言う。


「そうね……やっぱり、古代の魔術師が使っていた研究所っていう可能性が高そうよね」


 テレーズと並んで歩きながらも、シルヴィは肌がちりちりするような妙な感覚にさいなまれていた。


(……なんだか、変な感じ)


 後宮を守るためにしては、やけに張り巡らされている魔力の量が多い気がする。疑問を覚えながらも、シルヴィは水晶の間に到着した。

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