カティアとの再会

 やがて、水晶の間の前まで到着し、シルヴィと顔を見合わせたテレーズは、勢いよく扉を叩いた。中から出てきた侍女は、そこに立っている二人の顔を見て驚いたような顔になる。


「シャンタル妃にご挨拶にうかがいましたの。わたくしは、ベルニウム王国から来たアメリアです」

「お話はうかがっております……どうぞ、お入りください」


 案内された先は、シルヴィの部屋の何倍もありそうな部屋だった。シルヴィの部屋は、一階に一部屋、そして二階に寝室という作りだが、シャンタル妃の住まいは他にも何部屋かありそうだ。

 というのも、扉を開かれ、入った先には誰もいなかったのだ。正面にある窓の向こう側は、山に面していた。

 シルヴィの部屋と同じように、二階に続く階段があるということは、やはり二階が寝室にあてられているのだろう。


「そちらの椅子にかけてお待ちくださいますか」


 待っている間座るように勧められた椅子は、籐ではなく、花柄が織り込まれた布が張られていた。侍女であるテレーズは座らなかったけれど、シルヴィは遠慮なく座らせてもらう。

 すぐに戻ってきた彼女は、シルヴィ達をそちらへと案内してくれた。

 隣の部屋は、サンルームと言えばいいのだろうか。窓を大きく取り、日の光を存分に浴びることができるようになっている。

窓は大きく開け放たれ、薄い布で作られたカーテンが窓から入ってくる風にひらひらとたなびいていた。

 長椅子の上に身を横たえているのが、シャンタル妃だろう。年の頃は二十歳前後だろうか。シャンタルという名からシルヴィが勝手に想像していたのとは違い、黒い髪に黒い瞳――どこか日本人のようにも見える。

 けれど、シルヴィの目はシャンタル妃だけではなくすぐ側に座っている娘にも注がれていた。


(……いた)


身に着けているものは、ベルニウム王国の仕立てではなく、シルヴィには見覚えのないものだった。

 彼女の金髪には、リボンが編み込まれ、ドレスには繊細なフリルやレースがあしらわれている。神殿で着せられていた服とはまったく違うものだ。

後宮の侍女達が身に着けている品よりは上等そうだが、妃達ほど立派な品ではない。

 シルヴィが素早くカティアの様子を観察している間も、彼女は顔を上げようとはしなかった。


(あとで、話をする時間を取った方がよさそうね。とりあえず、私は私の仕事をしよう)


 自分より身分の高い人間を相手にする時の礼をもって、シルヴィはシャンタル妃の前で頭を下げた。


「この度、こちらに参りましたアメリアと申します。よろしくお願いいたしますね――ベルニウム王国のメルコリーニ家から参りましたの」


 シルヴィの方を見ようとはしなかったカティアであったけれど、メルコリーニ家の名が出たとたん肩がぴくりと跳ね上がった。

顔を上げた彼女の視線とシルヴィの視線がほんの一瞬だけ交錯する。けれど、カティアはすぐにまた目を伏せた。


(……少し、痩せたみたいね。神殿での生活のせいか、ここに強引に連れてこられたからかはわからないけれど)


 シルヴィをシルヴィとして認識することはできなかったようだ。


「こちらのお薬が、アメリア様がお国からお持ちくださったものだとか……?」


 そう言ったシャンタル妃の手には、クリストファーに渡したのと同じガラスの瓶に入ったポーションがあった。

毒々しい紫色に、なぜかぼこぼこと泡が生じている。見た目も毒々しく、薬にはまったく見えない。


「はい。色も味も悪いのですが……主な原材料はポテトマンドラゴラだと聞いております」


 ポテトマンドラゴラ自体の味は悪くないのだが、成分を抽出する際にまずくなるらしい。クリストファーに与えた時も、見た目でものすごく引いていた。


「……それと、診察させていただいてもよろしいですか? 国に伝えれば、もう少し、効果のあるお薬をご用意できるかもしれません」

「お願いしてもいいかしら――カティアさん、場所を変わっていただけるかしら」


 カティアははっとしたように、勢いよく立ち上がった。そして、壁際へと引き下がる。シャンタル妃の白い腕がシルヴィの方に差し出された。


(……変なの)


 シルヴィは、専門家ではないがシャンタル妃の病状に、魔力の枯渇があるのだけはすぐにわかった。

こんなに体内の魔力が失われて、生きていられる方が不思議なくらいだ。カティアの治療がなければ、とっくの昔に命を落としていたとしてもおかしくはない。


「魔力が回復しないのですか?」

「ええ……そちらのカティアさんにお力を貸していただいて、なんとかこうやって座っていられるくらいなんです」


 体内の魔力がすべて失われた時、人は命を落とす。だから、魔力を回復するためのポーションなどは、積極的に開発されてきた。


(……クリストファー殿下と同じようなものだと思えばいいのかな。だけど、どうやって?)


 クリストファーの場合、古代の遺跡から持ち出してきた遺物で彼の魔力を抑え込んでいた。ここが、元はダンジョンだったということと何か関係があるのだろうか。

けれど、現時点で原因を見つけ出すのは無理がある。定期的にポーションを摂取するしかなさそうだ。


「魔力回復ポーションを飲まれた場合はどうでしょう」

「一瞬満たされるのですが、すさまじい勢いで身体から抜けていくのです。呪いにかけられたのではないかと陛下も心配してくださったのですが、そのようなこともなく……」


 本当にまったく心当たりがないようだ。シルヴィは、小さく息をついた。


(最高級のポーションでも追いつかないかも)


「国の方に相談してみます。それと――カティア様とお話をさせていただいてもよろしいですか?」


 シルヴィは、カティアの方を振り返った。カティアはこちらを見ようとはしていないけれど、シャンタル妃の頼みとあれば嫌とは言えないはずだ。


「なぜ?」

「治療にあたられている方でしょう――カティア様が、こちらにいらしているというのは、父から聞いておりましたから」

「ああ、そうね。そうよね。カティア様は、ベルニウム王国で神殿にお仕えしていた方ですものね。ええ――よろしいですか、カティア様?」


 シャンタル妃の様子から、カティアを誘拐してきたのではないかとシルヴィは推測した。それは、彼女の声音に嘘がまったく感じられなかったからだ。

おそらく、カティアを正式な手続きをとって連れてきたのだとシャンタル妃には説明しているような気がしたのだ。

やり方はどうかと思うが、シャンタル妃を思う彼の気持ちには嘘はないのだろう。その嘘をシルヴィが容認できるかどうかというのはまた別ものではあるが。


「カティア様と、お話をする時間をいただけますか? ……その、今までどういった治療を行ったのか等、ゆっくりお聞きしたいんですの」

「……ええ、どうぞ」


 シャンタル妃が迷うことなくうなずいたので、シルヴィはカティアの方を振り返った。


「シャンタル様の許可は得られましたから、お時間をいただけますか?」

「え、ええ……」


 カティアはおどおどとシルヴィの方をうかがう。

シャンタル妃が手を上げて合図しただけで、侍女は別室を用意してくれた。

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