慰謝料がわりに働けば?

 冒険者ギルドを訪れた翌日。

 さっと朝食をすませて畑の様子を見に出たシルヴィは、そこにエドガーがいるのに目を見張った。


「というか、また来たんですか? もう来ないかと思っていたのに」


 昨日ので、納得してくれたと思っていたのに、なんでまた来る。

というか、暇か。


「納得しません?」

「するか!」


 昨日と同じようなやり取りを繰り返しているのはなんだか不毛だ。

 たぶん、暇ではないのだろうな、とシルヴィも思う。

 学園にいる間も、カティアべったりだったクリストファーはともかく、エドガーの方は授業の空き時間にきちんと政務をこなしていたような記憶はある。

 なにせ、クリストファーは卒業しているのに理由をつけては学園を訪れて、カティアといちゃいちゃするのに忙しかったから。


そういう意味では、エドガーの方がクリストファーより真面目と言ってもいいかもしれない。たぶん、城に戻ってからやらねばならぬ分はこなしているのだろう。


(……お父様もかりだされているんだろうけど、城を抜け出してこっちに来るのをお父様が黙認してるってことはそういうことなんでしょうね)


 クリストファーが抜けた分は、誰かが埋めねばならない。そうなった時、真っ先に白羽の矢が立つのはメルコリーニ公爵だ。

エドガーが自分の割り当てまで放置しているのだとしたら、公爵が黙って城を抜け出すことを許すはずがない。


「こんなところにいて大丈夫なんですか?」

「やるべきことはやってるから、問題ない」


 よく見たら、ちょっと疲れた顔をしている。


(私を見張るより、やることがあるんじゃないかなー)


 とは思ったが、エドガーの疲れにまで気を配ってやる必要はないので、そのまま放置することにする。


「そんなことを言われてもねぇ……まあ、ついてくる分にはいいですけど。ご自由にどうぞ?」

「――感謝する」


 感謝って何に感謝するんだろう。

 首をかしげながら、シルヴィが向かったのは、家に近いところにある鶏小屋だ。

 新鮮な卵は、朝食にかかせない。卵を売るつもりはないが、自家消費分の卵くらいは育てるつもりだ。ばたばたしていて、ここの片付けまでは間に合っていなかった。


「――ヴェントス、ちょっと風を吹かせてもらっていいかしら」


『かしこまりました、ご主人様』

 呼び出した風の精霊は、若い女性の姿だ。緑色の薄い衣に、金色のアクセサリーを身に着けている。水の精霊のアクアよりいくぶん年長に見え、二十代前半というところだろうか。

 風の精霊の力で風を起こし、埃を小屋の隅一か所に集める。集めてもらったところを、箒とちりとりで回収。これで、ある程度は掃除が終わった。


「――浄化」


 そうつぶやけば、あっという間に汚れが落ちる。鶏小屋の中は、立てたばかりのようにピカピカになった。


「……掃除が一瞬で終わったな。鶏はどうした」

「生きのいいのが数日中に届く予定になってます」


 卵は今は買ってきているけれど、鶏を飼えば朝食に新鮮な卵を食べられる。卵かけご飯はこちらではメジャーではないけれど、浄化の魔法で綺麗にすれば、朝食に卵かけご飯を食べることも可能だ。


「果樹園にはリンゴも植えたいですよねぇ……収穫したらアップルパイを焼くの。リンゴジャムもいいし、コンポートにしてアイスクリームを添えるのもグッド」

「――食べることばかりだな!」

「いいんですよ、おいしいものをおいしく食べられるのは健康の証ですからね!」


 勢いよくエドガーが突っ込み、同じくらい勢いよくシルヴィが返す。

 実のところ、ある程度は魔術で片付けることができるので、シルヴィがすべて手を動かす必要もない。


「反則にもほどがあるな」

「じゃあどうしろって言うんです? まさか、若い女性の独り身、きりきり自分で整備しろとでも?」

「いや、そこまで言うつもりはなかったんだが……」

「じゃあ次は畑です。畑。種とか苗を植えます」


 なぜ、エドガーを案内しているのか気にしてはいけない。

畑を見ていると、みるみるやる気が満ち溢れてくる。


「さーて、植えるか!」

「植えるって……」

「畑に来たんですよ? この畑見てなんとも思わないんです?」


 畑は精霊の力によって、綺麗に畝が整備され、いつでも植えられるように準備ができている。

 家に近いところには、すぐに料理に使うもの。ハーブ類を植える。

 それから、日当たりのよいところにはリンゴ、桃、オレンジ等果物の苗を。

 果物の木が実をつけるまで本来なら数年以上かかるが、この世界では植えたその年に実をつけるので、収穫時期にはそれなりのものが食べられそうだ。

シルヴィが作業している後ろから、じーっとエドガーがにらみつけている。

 暇か。

次の作業に取り掛かろうとしたところで、シルヴィはくるりと彼の方を振り返った。


「――暇ね? 暇なのね? そこで見てるくらいなら、エドガー、これお願い」


 いつの間にか敬語も崩れているが、エドガーの方も気にした様子はない。シルヴィも気にせず彼に籠を押し付けた。


「なんだよ、これ」

「種芋。植えて」

「おい、なんで俺が――」


 指をつきつければ、ぐっとうなったきり口を閉じる。


「だって、そこにいるなら暇でしょ? 立ってるくらいなら働けば?」

「俺だって働いてないわけじゃ――」

「立ってるだけでしょ、退屈でしょ。というか、労働力の提供で慰謝料上乗せしてくれればいいのに」


 そう言うと、エドガーは困った顔になった。


「どうすればいいんだ……?」

「だから、植えてって言ってるんだってば。はい手袋」


 重ねて言えば、エドガーはしぶしぶと種芋を手に取った。手袋をはめた彼が作業を始めたのを確認し、シルヴィも自分の籠を手に取る。

 このあたりにはジャガイモを植える予定だ。

収穫したら、まずはじゃがバターを作ろう。それから白身魚のフライにフレンチポテトを添えてランチにするのもいい。おいしいベーコンが手に入ったら、ジャーマンポテトもいける。


(……しまった、サツマイモも用意すればよかった!)


 スイートポテトも食べたいところだが、ダンジョン産のサツマイモは、今手元にない。近いうちにダンジョン産のサツマイモを入手する方法を考えなくては。

 この世界、意外といろいろな料理がそろっている。たぶん、ゲームの世界もしくはゲームの世界に限りなく近い世界だからだろう。

 文化の水準は意外と高く、今のところ不自由だと思ったことはない。


「ずいぶん手際がいいんだな。知らなかった。本当に畑を作るとは思っていなかったんだ」


 肩越しにこちらに目をやりながら、エドガーが言う。真面目に手を動かしているようだ。


「お誉めにあずかり、光栄です。というか、いずれはお店もやりたいんですよねー」


 前世では祖母が遺してくれた古民家で、姉と二人古民家カフェを経営するのが夢だった。

 料理は姉が担当。前世のシルヴィはお菓子を作る予定だった。

 一般企業に就職して、製菓学校の学費を稼ぐ。

学校卒業後、数年修行したら、姉と二人で店を開店する計画だった。

 そこにはハンドメイドの小物を並べたり、地元の農家の人の作った野菜を置いたり、地域交流の場にもなればいいな――と漠然と考えていただけであるけれど、もう少しで実現するかも、というところまではこぎつけていたと思う。


 残された古民家は、ロケーションも悪くなかったから、姉と二人でやれば十分採算は取れる計画だった。万が一のために、在宅で働ける仕事を選んでいたから、失敗してもリカバリーはできたはずだ。


(……まさか、こんな形で実現するとは思ってもいなかったけど)


 しかし、こんな生活を続けていたらそのうちエドガーは倒れてしまうんじゃないだろうか。

ちょっぴり心配にはなったが、倒れそうなら城にいるだろう父か母がどうにかしてくれるだろうと丸投げすることに決めた。

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