餌付けをしたわけじゃない

 畑の三分の一ほどに、種芋を植えたところでちょうど昼食の時間だ。

 ちらり、とエドガーの方を見る。


(……手があるのはありがたいんだけど、ほんとにいいのかな。まあ、使えるものはなんでも使うんだけど)


 シルヴィの監視に来たと言っていたのに、こき使われるのはかまわないんだろうか。真面目に慰謝料の上乗せ分ならただ働きになるのだが。

 とりあえずキッチンに入って昼食の準備をしよう。


(……エドガーも食べるかな? まあ、食べなかったら、保管庫に入れておけばいいか)


 保管庫に入れておけば、完成した料理が劣化することはない。今日の夜食べてもいいし、明日のランチにしてもいい。

 そう決めると卵を二つ茹で始め、パンを四枚スライスする。

 トマトを輪切りにし、玉ねぎも薄くスライスして水にさらしておく。


 卵が半熟に茹で上がったところで殻をむき、パンに薄くバターを塗ったら、厚めにスライスしたハム、トマト、さらした玉ねぎを載せ、チーズ、半分に切ったゆで卵を追加。最後にレタスをたっぷり載せ、軽くドレッシングをかけて黒コショウを少々。

 最後にもう一枚のパンを載せて綺麗な紙にくるむ。その後、大きな皿を乗せて重しをしておく。

もうひとつ、同じものを作って、こちらも重しを乗せる。


紅茶にしようかコーヒーにしようかと魔石コンロの前で首をひねっていたら、ひょっこりエドガーが顔をのぞかせた。


「何って、昼食の用意。そろそろ時間だから」

「あ、そうか。忘れてた。わかった。城に戻って食ってくる」

「一緒に食べる? こんな感じだけど」


 話しながら包丁を温め、先に作ったサンドイッチを崩れないよう用心深く紙ごと二つに切り分ける。


「はぁ……断面が美しいわ……!」


 ほれぼれしてしまうのは、スムーズに切ることができたからだった。様々な具材を景気よく挟んだおかげで断面が華やかだ。

 ハムとトマトの赤、卵とチーズの黄色にレタスの緑。木製の皿に二切のサンドイッチを形よく盛り付ける。


「……ほらほらほらぁ! 絶対”映える”と思ったのよ! いい感じ!」


 これが前世なら、すかさず写真を撮って、写真共有サイトにアップしていたところだ。というか、”記録水晶”を取り出し、記念撮影を始めている。

”時水晶”が、動画を保存するための道具だとしたら、”記録水晶”は静止画を保存するための道具だ。中に記録してある画像をいつでも呼び出すことができる。

 こちらもまた、本来は、劣化させたくない情報――魔術の研究記録――などを保存するためのものであり、こんな風に気楽に日常の風景を切り取るためのものではない。


「何やってるんだ……」


 エドガーには、間違いなく”映える”の意味は通じていない。断面の美しさに大はしゃぎしているシルヴィに若干引き気味である。


「俺に食わせていいのか?」

「いいって言ってるのに。お城に帰って戻ってくるのもめんどうでしょ」


 昼食くらいは出してもいいだろう。というか、これを食べた人の感想が聞きたいのだ。


「――わかった。ありがたくいただく」

「飲み物は紅茶一択で!」


 紅茶にミルクと砂糖をたっぷりいれて、サンドイッチにかぶりつく。午前中の労働で疲れた体に砂糖の甘さが心地いい。


「本当に自分でやるんだな――うまいぞ、これ」


 大きく口をあけてかぶりついたエドガーが素直に誉めた。

 サンドイッチ二切ではあるが、ボリュームがあるので昼食はこれで十分だ。エドガーの方はどうかと思ったら、彼も満足したようだった。


「うまい、ものすごくうまい」

「お口にあったようでよかったです」


 ぱくぱくと食べている様子を見れば、本当に口に合っているらしい。自分の作った料理を、勢いよく食べてくれる相手がいるというのは気持ちがいい。


「やー、味見要員が欲しかったのよねぇ……」

「味見要員ってなんだよそれは!」


 自分の昼食ついでだったのだが、おいしく食べているのならまあよしとしよう。


(……食べ方は、綺麗)


 大口を開けてかぶりついているのに、彼の食べかたはとても綺麗だ。

 そこは素直に感心した。

 よく考えたら、一人暮らしを始めたばかり。誰かと囲む食卓は、一人の食卓とはちょっと違う。


「……なぜ、兄上を殺さなかった? お前ならできるだろうに」

 

 無言のまま食事をしていたエドガーが、不意に話題を変える。


「女性がらみのごたごたでいちいち殺ってたら、王位継承者が何人いても足りませんよ。あの場にはお母様もいたから、蘇生はできたと思いますけど」

「公爵夫人は、回復魔術の使い手だったな。蘇生は限界があるんじゃなかったか?」

「粉々になってなければ、たいていはなんとかなるって言ってました。あとは、時間がたってるものは無理だって……寿命で亡くなった場合も無理だそうです」


 病気で死亡した場合、蘇生したところで肉体の方がもたないという。蘇生魔術も限界があるということだ。

『亡くなってから三日たったご遺体が運ばれてきて蘇生を頼まれたこともあったけど、生きのいいご遺体でないと無理なのよねぇ』というのが母の言葉だ。生きのいい死体とは、死後何時間までなのかは聞いたことがない。


「でも、お前はやらなかった。兄上を殺したいと思ったことは?」

「ないですね!」


 深刻な顔のエドガーとは対照的にシルヴィの方は気楽なものだ。


「婚約解消さえしてもらえれば、私はそれでよかったので! あとは私の知らないところで幸せに暮らしてくれてよかったんですよねー」

「もともと、王家の方からもちかけた話だったんだろ?」

「みたいですね。メルコリーニ家を王家に取り込もうとしてたんでしょうね。まあ、気持ちはわからなくもないし、当時は悪くない相手だと思ったとお父様は言ってました」

「……そうか」

「あとですねぇ……弱いものいじめはしちゃいけないって言われて育ったんですよ、私。私達が自由に力をふるうようになったら……力で他の人を押さえつけることになっちゃうでしょ」


 A級冒険者までは、一定の基準があるものの、A級では測れない力の持ち主は全員S級だ。その中でもシルヴィは、ラスボスということもあって、人並外れた力の持ち主だ。

 娘を何度か死地に追いやりながらも鍛え上げた父も、そのことだけは常に懸念していた。


「……そうなるとね、”人外”になっちゃうんですよ。私、まだ、人類を引退するつもりはないので」


 ゲームのプレイヤーの間で、ラスボスルートに入った”シルヴィアーナ”は、”人類を引退した女”と恐れられていた。たぶん、ゲームの開発陣にはネタキャラとして愛されていたんだろう。”シルヴィアーナ”は、何をしてもいいキャラとして認識されていた節もある。


(最後の一線だけは超えるなってお父様も、お母様も言ってたし)


 力を持つからこそ人の命は奪うな。悪人をとらえたら、きちんと役所に引き渡せというのが両親の教えだった。それをシルヴィは守り続けている。

 ――盗賊程度なら、武器を抜くほどの相手でもないし。

 皿を空にし、勢いよくカップを空にしたエドガーが立ち上がる。


「――まだ作業は残ってるんだろ」

「山のように」

「……わかった。午後の作業はまた指示を出してくれ。慰謝料のうわのせだ」


 どうやら、彼の監視はまだまだ続くもようだ。


(……それなら)


 慰謝料の増額と食べた分は、きっちり身体で払ってもらおう。

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