新しい縁談はお断りします

王宮に到着し、通されたのは謁見の間だった。クリストファーがシルヴィを糾弾するのに選んだのと同じ部屋だ。


(なんだか、クリストファー殿下と会うのも久しぶりよね)


 かつて婚約していたはずなのに、ずいぶん遠い関係だったなーと他人事のように思う。

 両親に連れられたシルヴィが謁見の間に入ると、クリストファーはこちらをじろりとにらみつけてきた。


「……シルヴィアーナ嬢」

「はい、陛下」


 両親にならい、シルヴィは王の前で頭を垂れる。しばらくの間、農場で自由な生活を送ってはいたが、こういう時の立ち居振る舞いは忘れてはいない。


(あ、エドガーも同席するように言われたんだ)


 クリストファーの横にエドガーが立っている。彼はこちらに厳しい目を向けていた。緊張している、と言う方が近いだろうか。


「シルヴィアーナ嬢、そなたとの件だけではなく、クリストファーはあまりにも愚かな振る舞いが多すぎた。こんな奴に国を任せることはできん。そこで、クリストファーの王位継承権をはく奪することとした」


 シルヴィとの婚約破棄だけならばともかく、その前段階でも問題があった。危険の高いダンジョンに、訓練の終わっていない学生を連れ込んだ。その結果呪いを受けたというのは本人の自業自得としても、影響が城全体に及んでいた。

 もし、カティアが城を乗っ取ろうとしていたなら、乗っ取られていたという可能性も否定できない。そしてなにより――呪いが完全に解除できたかどうかまだわかっていないのだそうだ。


「そこで、そなたとエドガーの縁組を――」

「――嫌です」

「父上!」


 思っていたよりシルヴィの反応は速かった。自分でも驚いてしまうくらいに速かった。

 シルヴィの言葉にかぶせるように、エドガーが王を呼ぶ。

 王家からの縁談の申し込みを、こんなにも即答で断るというのはそうそう例がないんじゃないだろうか。というか、王の発言が終わる前に断っていた。だが、嫌なものはしかたない。

 ちらりとエドガーの方に目をやったら、こちらに向かって深々と頭を下げていた。彼も、この話を今初めて聞いたようだ。


「お断りさせてください。ようやく、自由の身になったのです。しばらくは、自由を楽しみたいのです、陛下」


 にっこりとすれば、王は頭を抱えてしまった。


「そんなにわが王家に嫁ぐのが嫌か。エドガーのことが嫌いか」

「嫌いではありません。王家に嫁ぐのが嫌というより、相手が誰であれ、嫁ぐのが嫌なんです。クリストファー殿下の婚約者になって以来十年。私に自由はありませんでした。学園に通っている間も、王太子妃になるための勉強と、公爵家の娘としての教養を身につける以外に、冒険者としての活動もありましたから」


 冒険者としての活動そのものは、シルヴィ自身の意思で始めたものだった。だが、そこに前国王からの依頼が入るようになった。

 いくら各地の冒険者ギルドをつなぐ転送陣の使用許可が下りたとはいえ、毎日のように王家の要求に答え続けてきたのである。

 ラスボスになることのできるだけのポテンシャルを秘めている能力を鍛えるのにちょうどいいと言えばよかったのだが、最優先となるのはあくまでも王家の要求。


「ようやく軛から解放されたのです。しばらくは、自分のためだけに時間を使いたいのですわ」


  そのための農場だ。どこまで実現できるかはわからないけれど、晴耕雨読の生活。


「現時点で、のんびりしているかどうか問われると、正直困ってしまうのですけれども――」


 ちらり、とエドガーの方に目をやる。

 最初はともかく、今は――まあ、うるさい相手から客人程度には格上げした。客人、というより仲間――だろうか。

ジールとテレーズもエドガーにはさほど悪い印象はなさそうだし、ギュニオンもなついている。人にめったになつくことのないドラゴンが、シルヴィだけではなくエドガーにも気を許しているのだから、信頼していい相手なのだろう。

もちろん、ギュニオンの態度に判断をゆだねるのではなく、シルヴィ自身でもそう思っている。

 クリストファーの縁談が破談になったから、弟に嫁げば面倒がないじゃないかというのは違うだろう。


(たしかに、一番手っ取り早いと言えば手っ取り早いんだけど……!)


 王家と公爵家の結びつきを強めるには、一番よい組み合わせだろう。新しい王太子妃候補を教育する手間も省くことができる。


「わたくしの気持ちがついてくるかどうかは別問題ですわ、陛下」


 このところ使うことのなかった、令嬢としての笑みを顔に張り付ける。


「そうですわね。わたくし、娘の気持ちを最大限尊重したいと思っておりますの」

「今のお話は、聞かなかったことにいたしましょう」


 まさか、両親がこの場で加勢してくれるとは思わなかったので、思わず呆けた顔をしてしまう。

 せいぜい、"隠居"生活を許してくれるだけだと思っていたのに。


「――ってお父様っ!?」


 シルヴィが瞬きをする間に、父は王に接近していた。王家に対する敬意なんてどこにやったのかという勢いで、王の胸元をぐいっと掴み上げている。


「あんまりうちの娘を馬鹿にしないでもらえるかな、陛下。あんまり舐めたことを言ってると、このまま王位を簒奪しちゃおうかって気になるけど、どうします?」

「……そうねぇ。シルヴィちゃんを不幸にするより、その方が早いかしら」


 襟首を掴まれ、つま先断ちになっている王の顔色がどんどん悪くなっていく。


(……切れてる、切れてる……お父様とお母様、めちゃくちゃ切れてる……!)


 単純に数値だけで語るならば、シルヴィの方が両親より上だ。だが、シルヴィでは根本的に二人にかなわない。


「メルコリーニ公爵。父にかわり謝罪する――手を――離していただけないだろうか」

「……殿下がそうおっしゃるのなら。王家なんて乗っ取っても面倒なだけだしねぇ?」


 ぽいと父は国王を放り出す。


(……王妃様が、この場にいなくてよかったわよ……!)


 あの王妃がこの場に居合わせたら、失神していたのは間違いないところだ。


「よかったの?」


 メルコリーニ家だから許される傲慢さで、謁見の間からさっさと退室しながらシルヴィは両親に問いかけた。


「もちろん。お前の幸せが一番だからね」


 微笑んでくれる両親。

 悪役令嬢やめてよかった――シルヴィは心からそう思った。

 悪役令嬢のままだったら、メルコリーニ家はとりつぶしになっていただろうから。


「クリストファー殿下は廃嫡……って、何があったの?」

「国庫の横領に、禁じられている薬の使用――あとは、カティア嬢を養女とするよう、王太子に逆らえない貴族に無理強いをしていた、というところかな」

「養女とするのを断った貴族の家に、雇ったごろつきを送り込んで、大怪我をさせたりね。ここまでくると、王家としても庇いきれなかったのでしょう。呪われていたと言っても、それだけじゃ言い訳にはならないわ」

「……そう」


 両親の言葉に、どう対応したものかわからなくなる。


(もうちょっと気を配っておけばよかったのかなぁ……)


 クリストファーとカティアが愛し合っているというのならば、身を引くのはかまわなかったのだ。

 彼らの邪魔をするつもりもなかったし、破談についても――大喜びで――受け入れるつもりではあった。

 たしかに王家から慰謝料は分捕ったが、それは"シルヴィアーナ"の方に落ち度はないと、明確に記録に残しておくためでもある。王家の出金はすべて記録に残されることになっているからだ。


(……それにしても)


 エドガーの方は、大丈夫だろうか。むしろ、そちらの方が心配だ。


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