王宮からの召喚状

 テレーズとジールの二人がシルヴィの農場に泊まり込み、毎日ダンジョンに赴くという生活を十日ほど続けたあとのことだった。

 今日はダンジョンの探索はお休み。未踏破のダンジョンを探索中には、特に無理をしない方がいいからだ。

 他の冒険者達も、自分達の決めた日数までの探索を終えたら、一度地上に戻っているはずだ。

休養も必要だし、ギルドに行けば、他の冒険者達が得た情報を得ることができる。ギルドの方で、探索が終わった部分の地図は日々更新されているので、その地図を使えば、無駄な行動はとらなくてすむというのもその理由だ。


 毎日ダンジョンから帰宅してゆっくり休み、翌日は前日帰宅した部分から探索を再開するというシルヴィ達のやり方は、他の人達には基本的に真似できないものだ。

そんなシルヴィ達でも、ダンジョンの中を歩き続けるというのは精神的にきつい。そんな理由で、四日か五日探索したら一日休みというスケジュールを組んでいる。


今日は休みにしようというわけで、シルヴィ、ジール、テレーズの三人はキッチンにいた。ダンジョン内に持ち込む食事を作り置きしているところだ。

大量のカレーをテレーズが仕込み、ジールはオーブンで香ばしく焼き上げているチキンの様子を見ている。シルヴィはというと、デザートのレモンカスタードパイとスコーンを作り終え、キッチンのテーブルで一息入れているところだった。


「……まいったわね」

「ミュ?」


 そんな中、届けられた手紙を手に、シルヴィがため息をつく。シルヴィの肩の上に乗ったギュニオンが、首を傾げた。


「どうしたの?」


 コトコト煮込んでいる真っ最中の鍋をかき回しながら、テレーズがこちらに首だけ向ける。オーブンの前で見張りをしていたジールの耳には届いていないようだ。


「――これ。王宮に来なさいって」

「なんで?」

「……婚約破棄に関する調査が終わって、処分が決まったんでしょうねー。私にも、見届ける義務があるってことなんだと思う」

「なんで、あいつ何も言わないんだ?」


 オーブンからアツアツの天板を出しながら、ジールが問いかける。話を聞いていないのかと思っていたら、しっかり聞いていたらしい。

一国の王子様のことをあいつ呼ばわりするのはありなのかと思わなくもないが、エドガーも気にしていないようなので、シルヴィとしても突っ込むつもりはない。


「さあ? 私に言う必要ないからとか?」


 シルヴィの肩から、テーブルの上に降りたギュニオンは、チキンの天板に近づき、ふんふんと匂いをかいでいる。あくまでも匂いは嗅ぐだけだ。あいかわらずリンゴ以外は食べるつもりはないらしい。


「聞けばいいじゃない。どうせ、あっちで仕事してるんでしょ?」


 テレーズが肩をすくめる。ダンジョン探索についてくる合間に、エドガーは自分の仕事もきちんと片付けている。

暇があれば、こちらに仕事を持ち込んでいる理由は、シルヴィにはわからない。


「キュッ、キュッ」


 テーブルから床に降りたギュニオンは、短い手足をばたばたと動かし、廊下へと姿を消す。戻ってきた時には、エドガーの肩に乗っていた。

留守番をさせておくと、ろくなことをしないので、ダンジョンに入る時は最近は連れて歩くようにしている。何かあったら、真っ先に逃げてもらわねば困るので、エドガーと行動を共にするように厳命してあった。

 今のところ、そんな事例にはあたっていないのは幸いであるけれど。

肩に乗っているギュニオンの重さをまったく感じさせない様子で近づいてきたエドガーは、シルヴィの横の椅子を引いて座る。


「どうした?」

「どうしたって、あなたこれ、何か聞いてる?」

「ん――ん、あ? なんだ、これは……シルヴィが行く必要ないだろ?」


 どうやら、エドガーは完全に何も聞いていないようだ。

城への召喚状をぽいっとテーブルの上に放り出す。


「行かないってわけにもいかないでしょうに……あなたも知らないって、びっくりだけど」

「今夜あたりに同席を命じられるんだろうな。心の準備はしておく」


 エドガーが、何のために心の準備が必要になるのかは不明だが。


「問題は、その間ギュニオンをどうするかよねぇ……」


 留守番させておくわけにいかないのは、わかっているのだが城に連れていくわけにもいかない。ギルドでドラゴンを預かってくれるのだろうか。


「俺達と一緒にいればいいだろ。一緒にダンジョンに潜っている仲間だしな」

「ギュニオンちゃーん、お姉さんと一緒にお留守番してましょうね? 安全なダンジョンに、林檎取りに行っちゃおうか!」

「キュッ!」


 テレーズの誘いに、ギュニオンが前足を上げる。意思の疎通もはかれているようだし、二人に任せておけばいいだろう。


◇ ◇ ◇


そして、召喚状に書かれていた日。シルヴィは朝から都にある公爵邸に戻っていた。


「王宮に上がるのも久しぶりだから、緊張するわ」


 あまり派手なものはどうかと思ったので、王宮に行くだけの格式を備えたドレスの中で、一番地味なものを選ぶ。紺色に白のレースで飾りのついたものだ。

侍女達にぎりぎりと腰を締め上げられるが、じっと我慢。格式が必要だというのもちゃんと理解している。


(……当事者には、ちゃんと話をしておこうっていうのを無視するわけにもいかないものねぇ……)


 エドガーからあのあと話を聞いたが、クリストファーは王位継承権をはく奪されるらしい。その後、王位を継ぐのはエドガーになるのか、それとも留学中の弟になるのかは現時点ではまだ決まっていないそうだ。


(エドガーは、王位を継ぐのは面倒だって言ってたけど……)


 彼なら、王位を継ぐことになっても、なんとかやっていけるんじゃないだろうか――メルコリーニ家としても、手を貸すぐらいはしてもいい。

 手には愛用のレースの扇。それを手に、さっそうと階下に降りていく。このレースの扇は、あの糾弾の場にも持ち込んでいたものだ。


「まあ、シルヴィちゃん。今日はずいぶん地味なのね」

「これで真っ赤なドレスを着ていたら逆に嫌味じゃない? 金と銀でできているドレスとか」


 母は、シルバーグレイのドレスだ。ゆるりと首をかしげてシルヴィを見る。


「あら、シルヴィちゃんには似合うと思うわよ。一着仕立てる?」

「やあよ、そんなドレス。軽い気持ちで言ったのを、今激しく後悔したわ。お母様」


 いくらなんでも金と銀は派手過ぎるだろう。

似合うか似合わないかで言えば、間違いなく似合う。自分の容姿が、世間一般では美しいと言われる部類であるものをシルヴィはちゃんと理解していた。


「――では、行ってくるよ。あとのことは頼む――それと、家の守りを固めておいてくれ」


 執事に指示を出しながら、父が玄関ホールにいる母とシルヴィに合流する。略式ではあるが、父もまた王宮に赴くのにふさわしい格を備えた揃いの上下を身に着けていた。

守りを固めておくようにとは、父もずいぶん気合が入っている。今日、王宮でもめるようなことになる可能性があるのだろうか。

だが、執事からこちらへと顔を向けた父は表情を一変させていた。にこにことしながら、シルヴィに手を差し出す。


「シルヴィは何を着ても似合うだろうね。そうだね、仕立てようか。金と銀のドレス――皆の目が、シルヴィに釘付けになるだろうね」

「お父様まで!」

「シルヴィには苦労させているからね……」


 父が目を潤ませる。シルヴィは慌ててハンカチを取り出し、そっと父に手渡した。

 冗談を言っているのだと思っていたけれど、意外と父は本気だったのかもしれない。


(王宮で、何を言われても今さら驚かないわよね)


 こうして、メルコリーニ家の一行は、王宮へと向かったのだった。

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