ダンジョン探索はちょっと大変
ダンジョンの入り口のところには、ギルドの派遣した冒険者が二人立っていた。内部の調査が終わるまで、勝手に入らないようにということだ。
「――明後日の夕方になっても戻らなかったら、追って調査隊を出します」
「それでお願いするわね。まあ、夕方には戻ってくるつもりだけど」
エドガーを除き、ベテランぞろいであるけれど、初めて入るダンジョンでは何が起こるかわからない。
「偵察はどうする? シルヴィに頼めるか?」
「任せてくれていいわ。体力は温存して」
ジールの問いに答えたシルヴィがテッラを呼び出す。ダンジョンの中は土の精霊の領域だ。
テッラが先に行き、前方には何もいないのを確認してから歩き始めた。
ここのダンジョンは、できたばかりだからか少し内部がじめっとしている。奥の方もそれは変わっていなそうで、シルヴィは眉間に皺を寄せた。
「どうした?」
「じめじめしてるのはやっぱり不愉快よねってだけの話。出来てから少し時間がたつと乾いてくることもあるのだけど」
最初に一人で放り込まれたダンジョンも、じめじめしていた。あの時は三時間で最下層まで踏破できたが、だからといって天井からぽたぽた水の垂れてくるダンジョンが好きになるというわけでもない。
「一度止まって。ここまでの道を地図に書いちゃうから」
テレーズが手帳を取り出し、すらすらとここまでの道を地図に書く。
「前回、シルヴィとダンジョンに入った時は、さっさと目的の場所まで行ったから、そういうことはしなかった」
エドガーは、興味深そうにテレーズの書いている地図を覗き込む。
「一応、地図を記録するための魔道具もあるんだけど、誤作動ってこともあるしね」
こうしてダンジョンに入った冒険者達のとった記録は、冒険者ギルドが買い上げてくれる。シルヴィも、魔道具での記録だけはきちんとしているが、地図を記すのはテレーズ任せだ。
「あ、ちょっと待って。この先で道が左右に分かれてるみたい。どっちに行く?」
先行させたテッラから、そんな知らせが届く。
「どっちの方が冒険者が多いかしら?」
「うーん、右ってテッラは言ってる」
「じゃあ、左に行くか」
テレーズの問いにシルヴィが答え、ジールがさっさと結論を出す。
冒険者が少ない方に行くのは、情報を多く集めるためだ。人数が少ない方が、手が足りていない可能性が高い。
再び歩き始める。ここまで来ると、いよいよダンジョン探索が本格的になってきたという気がする。
「エドガーは、常に逃げ道を意識しておいて」
「逃げる?」
「どんな強敵がいるかわからないでしょ? だから、退路は確認しておかないと」
時々足を止め、今まで記した地図を確認する。いくら手練れぞろいと言え、未知の場所では、何があるかわからない。
それを何度か繰り返したところで、奥に敵がいるという情報が入ってくる。
通路を進んだ先で待ち構えていたのは、ゴブリンの一行だった。最初に動いたのはテレーズだ。
「ファイアボール!」
テレーズの鋭い声と共に、炎の弾が景気よく打ち出される。威力も十分。ゴブリンのうち何匹かがばたばたと倒れていく。
「ほら、こっちだ!」
ジールが飛び出した。相手の注意をこちらに向けるべく、相手を挑発する。ゴブリンのような単純な魔物には有効な手だ。
「おっと、"先生"はうかつに前に出るなよ」
「――先生はやめろ!」
肩越しにエドガーの方を振り返ったジールはにやりとする。
どこか他の場所から魔物が押し寄せてくる可能性もあると、シルヴィの意識は半分後方に向けられていた。
ダンジョン踏破の時、落ちた魔石は、労働をしたテレーズ達が回収する。
それを繰り返し、昼を回ったところで一度休憩することにした。
「……というか、反則よねえ。シルヴィは」
シルヴィが取り出した鍋を見て、テレーズがため息をついた。
「まったくだ。こういう時は、マズイ保存食を食べるのが普通なんだけどな」
「普通は収納魔法にそこまでの容量はないものねぇ」
「この鍋がアクアパッツァ。それから、こっちがローストチキン。バーニャカウダはここ。パンはセルフでお願い。足りなかったら、グラタンを追加で出すから」
収納魔法をかけた”ナンデモハイール”があれば、あらかじめ自宅で用意しておいたホカホカの料理が出せる。
もちろん、なんらかの事情で出せなかった時のことを考え、三日分ほどの保存食は別に持参しているが、おいしくないので必要に迫られない限り食べたくもない。
すでに出来上がっている料理なので、食事の前に改めて火をおこす必要もない。中心にどんと鍋を置き、あとはセルフでやってもらう。
「んん、おいしいっ。シルヴィと組むことの利点って、この食事よねぇ……」
テレーズは遠慮なくアクアパッツァを皿に取り、真っ先に口をつける。
「騎士団の食事だってこうはいかないぞ……」
「そりゃ、保管しなきゃならない分量が違うからでしょう。騎士団全員の食事を収納するのは難しいわ」
ぼそりとエドガーが言ったのに、シルヴィは素早く返す。
騎士団では、保存食を食べているはずだ。こんな風に料理したものを大量に保存しておくなんて、普通はできないから。
「最長で二週間だったか? 一緒に潜ったの。いきなり、ダンジョンの中から自宅に帰ったこともあったよなー」
ジールはパンに食らいついている。
「そうそう、『もうやだ帰る! ベッドで寝る!』て、いきなりその場で転送陣書き始めて」
「俺らまで一緒に自宅に連れ戻されてびっくりしたよなぁ」
「転送される側にも心の準備が必要だし!」
ジールとテレーズが、冒険者として活動を始めたばかりの頃のことを話し始めるので、シルヴィは赤面した。
「ちょっと待ってよ! それって、ずいぶん前の話じゃない!」
「たったの三年前ですー!」
「ダンジョンには、十歳の頃から入ってたんじゃないのか?」
父から受けた訓練の様子を語ったことのあるエドガーから突っ込みが入る。
「だって、いつもは日帰りだったもの! 一週間も硬い地面で寝たからイライラしたんだってば!」
慌ててテレーズの口をふさごうとするけれど、二人は止まらなかった。
「これはとんでもない逸材だと思ったよな」
実のところ、活動を始めて数年でA級まで駆け上ったジールとテレーズも十分普通ではないのだが、この際これは忘れておく。
「でも、それができるって便利よね。お風呂に入りたいって思うこともあるもの。水の精霊魔法使いがいれば水は出せるけれど、普通はお風呂を沸かしている余裕はないものね」
シルヴィも、その気になれば水を生み出すことができる。ダンジョン内で水浴びができるというだけで恵まれている方なのだ。
普通のパーティーなら、せいぜい、手持ちの水で最低限清潔にするだけで終わってしまう。
「お前のところ、緊張感というものが皆無なんだな……」
エドガーがしみじみと突っ込んだ。
温かい食事を皆で囲むと、口の方も軽くなってくるようだ。
「別に、そんなんじゃないんだけど――アクアとイグニスがいれば、お湯は作れるわけで」
たぶん、この世界の人達は、ダンジョンの中は不便なものだから我慢するしかないと思っているのだろう。シルヴィがそれに耐えきれないだけで。
「――俺、シルヴィの家の子になりたい……!」
アクアパッツァの皿を空にしたジールがしみじみと言った。
「それだったら、私だってなりたいわよ。シルヴィの家の子になれば、探索もすごく楽だし?」
「ちょっと二人とも、私より年上じゃないの!」
シルヴィの家の子になりたいってどういう意味だ。
(他の人達と、こうやってゆっくり探索するってあまりなかったからなぁ……)
ローストチキンを皿に取り、ゆっくりと咀嚼する。ローズマリーの香りを少し強くしすぎたかもしれない。このくらいが好みなのだが、万人受けはしない可能性もある。
「じゃあ、行きましょうか」
食べ終わった皿は、”洗浄”の魔術で一気に綺麗にする。食べきれなかった料理と一緒に、放り込んで終了だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます