いざ、ダンジョン調査へ
エドガーが城に戻ったかと思うとすぐに冒険者ギルドから大量の林檎が届けられた。家じゅう、林檎の香りが漂っている。
ギュニオンは、ダンジョン産の林檎しか食べないという偏食ぶりだ。いろいろ試してみたけれど、生の林檎を丸かじりするのが好きで、切った林檎ですらそっぽを向く。
ダンジョン産の植物は、一年中いつでも収穫できるし、すさまじい勢いで育つので採れなくなることはあまり心配しなくてもいい。ドラゴンの食欲に対抗できるのかどうかはちょっと謎ではあるけれど。
翌日、エドガーはきっちりと装備を整えた上でシルヴィの家を訪れた。昨日、ここに泊まったジールとテレーズは、シルヴィの作った朝食をもしゃもしゃとやっている。
「泊りにはしないんだろ?」
「扶養家族ができちゃったから、泊りはやめておいた方がいいと思うの」
シルヴィは、テーブルの上に籠を二つ出し、両方に林檎を山盛りにした。
「いい? こっちの林檎がお昼ご飯の分。それから、こっちの林檎がおやつの分」
「ニュイッ!」
「いい返事ね。それから、棚の上にあるのが、万が一帰りが遅くなった時の夕食の分。わかった? それは、手をつけちゃだめよ」
「ウニュッ!」
「家の外に出るのもなし。また、悪い人に掴まったら困るでしょ?」
返事と共に、ギュニオンの首が縦に動かされる。
ギュニオンを留守番させるのは少々心配だが、ダンジョンに連れていくわけにもいかないからしかたない。
「ゴーレム、作っておこうかな」
「――ゴーレムまで作れるのか」
「今まで必要なかったんだけど、一応、作り方だけは勉強しておいた」
壁に作り付けになっている金庫から、魔石を三つ取り出す。それから、家の裏手に回った。
土を掘り、そこに三つの魔石を埋め込む。口早に呪文を唱えると、白い煙がポンッと上がった。煙が消えた時には、シルヴィの身長の半分ほどの大きさのゴーレムが三体、並んでいる。
目の位置と口の位置には穴が空いているだけ。埴輪のような素朴な作りだ。
「この家に近づいた人には留守だと伝えて。それでも家に近づくなら、排除すると警告して。警告を無視して侵入するようなら排除。殺してはだめ」
「カ――カシコマリ――マシ、タ――」
穴から漏れてくる返事は、あまり流暢ではない。
シルヴィのゴーレムは、単純な命令しか聞くことができない。条件をきっちり設定してやらないと駄目なのだ。
もともとこの農場に来る人間というのは、エドガーくらいだし、両親はいきなり家の中に現れる。ギュニオンが留守番しているので、念のためだ。
「やっぱり、練習が必要ね……」
「今の手際で三体作れる方がおかしいだろ」
裏口のところから、その様子を見ていたエドガーが突っ込む。こういった事態にはもう慣れっこのはずなのだけれど、突っ込みたくなる気持ちは抑えられないようだ。
「じゃあ、ギュニオン。いい子で留守番してるのよ? おもちゃはここに置いておくから」
「キュイッ!」
尻尾をぱたんと振ったのが返事ということなのだろう。
なるべく早く戻ってくるようにしようと思いながら、ダンジョン探索に出発することにした。
ダンジョンの入り口のところまでは、冒険者ギルドが馬車を出してくれるというのでありがたくそれに乗ることにする。
「そうだ。エドガーに、これ渡しておくわね」
シルヴィが取り出したのは、昨夜のうちに造っておいたアミュレットだ。材料が手元にあってちょうどよかった。
銀のチェーンが通してあって、首から下げられるようになっている。"身代わり"の魔術を付与しておいた。
致命傷を負っても、一度だけこのアミュレットが身代わりになってくれるという優れものだ。テレーズとジールにも、以前同じものを渡した。
「言っておくけど、これは本物ですからね? 昨日私が作ったんだから」
「ヤダ、これ魔銀じゃないの。大丈夫?」
魔銀とは、ただの銀ではなく、ダンジョンの中から採掘された銀でなおかつ魔術の効果が高まる性質を持っているもののことを言う。ミスリルと同等の効果があると言われている。
魔銀が産出されるダンジョンは非常に少なく、ダンジョン内での採掘は命がけとなることから市場にはほとんど出回らない。
前はミスリルの在庫もあったのだが、畑を囲う柵を作るのに使ってしまったので、今回は魔銀を使ったというわけだ。
「大丈夫って何が?」
「あとから、代金請求されたりとか」
テレーズは真顔だ。シルヴィは肩をすくめた。
「押し売りする気はないわよ。今回の探索の間、貸すだけ。代金払ってくれたら売ってもいいけど」
「材質魔銀で、これだけの大きさの魔石使ってるだろ――それで、身代わりの効果があるとかいくらになるんだよ。考えるだけで恐ろしいな」
ジールの方も、値段を心配している。首の後ろでチェーンを留めながらエドガーが言った。
「請求書を回してくれ」
「買うの?」
「俺も命は惜しい」
さらっと言うが、シルヴィの作るものはかなり高額だ。さすが王族と素直に感心した。
ギュニオンを養わなければならないし、ありがたくいただいておこう。
ダンジョンの前に到着した時には、別の町からやってきたらしい冒険者達がちょうど馬車から降りたところだった。
シルヴィは、革の鎧上下に剣を吊っていた。
革の鎧上下と言っても、ただの革鎧ではない。最初にソロで倒したドラゴンの革を使って作ったものだ。一見するとただの革鎧なのだが、見る人が見れば非常に高価な品であることが見て取れる。
腰に下げた剣は、ダンジョン探索中に見つけたものだ。どれだけ敵を切っても刃こぼれすることのない魔法がかけられている。こちらも見る人が見れば、高価な品であるとわかるだろう。
見る目がない人にとっては、駆け出しの冒険者に見える出で立ちだ。
テレーズは白いローブに魔術の効果を高める杖を装備。ジールの方は、昨日背負っていた大きな剣は封印で、シルヴィ同様の片手剣に盾を装備している。
それから、エドガーは、というと。
「やっぱり、いいもの持ってる」
「――父上が若い頃使っていたものだそうだ」
エドガーは、新人らしく、武器も防具もなんとなく持ち慣れてない雰囲気が漂っている。
金属製の防具なのだが、重さを感じさせないような魔術がこめられている。駆け出しの冒険者が持つには上質であることくらい、ちょっと見える目のある人ならすぐにわかる。
「なんで、初心者冒険者が、ダンジョンに入るんだ?」
馬車から降りたばかりの冒険者達がひそひそとささやき合っている。彼らの方に向かい、にっこりと笑って愛嬌を振りまいたシルヴィは、軽やかな笑い声をあげてみせた。
「悪いわね、この人学者なのよ。ダンジョンのできる理由を探る研究をしてるってんで、王都のギルドから頼まれてるの。連れて行かないという選択肢はないわね」
「――誰が学者」
反論しようとしたエドガーの口を、ジールとテレーズの二人がかりで器用に抑え込む。この二人、学園を卒業したばかりの頃から組んで活動しているので、実に息が合っている。ちなみに、付き合ってはいない。
「学者と言っても、聖エイディーネ学園の卒業生だからね。何かあっても、自分の身くらい、自分で守れると思うの」
シルヴィの口から出てきた学園の名に、向こうの冒険者達は黙り込んでしまう。学園の卒業生ということは、それだけで普通の冒険者より強いということだ。
「じゃあ、行きましょうか――あ、ちょっと待って」
シルヴィはダンジョンの入り口から少し離れる。そして、岩の陰にごりごりと転送陣を書き始めた。
「何やってるんだよ」
「いや、ダンジョンの中から外に戻ってくるの面倒でしょ。私達、中に泊るわけじゃないし……」
描き終えた転送陣は、勝手に消されたりしないよう魔術で保存。これでダンジョンに入る準備ができた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます