禁書保管庫にて

 第一陣でクリストファー、エドガーとその護衛達を。それから冒険者達を立て続けに転送陣でウルディへと送り届けたシルヴィは、その足で禁書保管庫へと戻る。


(クリストファー殿下が、何を考えているのか私にはわからないけれど……とにかく、魔物のことを調べなくちゃ)


 シルヴィ自身、もしくはメルコリーニ家につながる何か。魔物とシルヴィを結び付けようとする――何か。

 目は文字を追っているけれど、意味を成す言葉として頭に入ってこない。


(だめだめ。落ち着かなくちゃ)


 いつまでも気が散っているので、ふっと息を吐いた。一度立ち上がり、気を落ち着けようと禁書保管庫の中を歩き回る。

 長年閉鎖されていたこの場所は、埃がつもっている。ゆらゆらと揺れる魔術ランプの明かりで、書庫内をさらに見て回る。


(……ん? なんで、気づかなかったんだろう)


 書庫の中は埃っぽいのに、その埃のあとが乱れている一角があった。最近、誰かがそこに入ったという証拠だ。

 こんなことに気付かないなんて、よほど頭に血が上っているらしい。


(魔物……には関係ないわね。禁呪が集められているみたい)


 その棚の前に行き、端から順に見て回る。一冊一冊抜き出し、中身を確認する時間ももどかしい。三冊目に手にした魔術書を手にして、思わず息をつく。


(……この本、最近取り出された形跡がある)


 落ち着いてよく見れば、書棚にある他の書物には埃がつもっているが、今手にしている書物は綺麗なものだ。

 シルヴィは、魔術書に目を落とす。


「――これだ!」


 そこに書かれていたのは、魔物を支配し、設定した条件に当てはまる人間を取り込んで、より強力な魔物を作り上げるという禁呪だった。

設定すべき条件とは、魔力そのもの。

 魔力は、一人一人違う。流し込まれた魔力を判断できる者がいれば誰の魔力なのかわかる。前世の知識で言えば、DNAのようなものだろうか。


(私の魔力が流し込まれたもの、なんていくらでも手に入るわよね。アミュレット作ってるし……)


 獲物の魔力が流し込まれた品を用意し、その他の材料――ミスリル、魔石など――と共に練り上げ、魔物を支配する魔道具を作る。その魔道具を魔物にとりつけ、操るらしい。

 禁呪になったのもわかる。こんな魔術、危険すぎて放置しておくわけにはいかない。


(……この魔道具を作るのも、あれだけの魔物を支配するには、強大な魔力が必要だと思うんだけど……)


 たぶん、シルヴィには可能だ。それから、母にも。

 あと、シルヴィの知っている範囲だと、なんとかなりそうなのはカティアくらい。

テレーズはA級の免許を持つ冒険者だが、その彼女には少し厳しい気がする。となると、いったい誰がこの禁呪を使ったというのだろう。

魔物に魔術をかけるためにはダンジョンの最深部まで行かなければいけないが、シルヴィ達より先に到達できたというのだろうか。


(……この魔術を打ち破るには、どうしたら)


 まずは、シルヴィと魔物の結びつきを断ち切る必要がある。何かヒントはないか忙しく書庫の中を歩き回って情報を探す。

 こちらは、今までの経験からすぐに見つけ出すことができた。

 そのためにやらなければいけないことを、頭の中のメモ帳に箇条書きで記す。材料は、手持ちのものでどうにかできそうだ。

そのまま記録保管庫の中に座り込み、シルヴィは材料を広げ始めた。

 まず取り出したのは、エドガーの魔力を流し込んである針金だ。農場の周囲を囲った時に残ったものだ。

無言のまま、シルヴィは作業を進めた。どこかのダンジョンで拾ってきたローブは、ミスリルが織り込まれている一品だ。テレーズにあげようと思っていたが、サイズが合わなかったものだ――主に胸囲の問題で。

針と糸を取り出し、ローブの内側に針金を縫い留めていく。慎重に、だ。細い針金と言えど金属だ。すべてローブに縫い留め、羽織ってみるとずしりとする。

 おそらく、これで大丈夫だろう。

王に報告に行こうと、廊下を急ぎ足に歩いていると、緊迫した声が届く。


「ウルディにて戦闘発生! 十名負傷!」


 シルヴィは足を速めた。

 王宮の廊下が、これほど長く感じられたことはなかった。ローブを羽織ったまま、シルヴィは廊下を走り抜ける。


「――陛下、ウルディに向かいます! 対処方法が見つかりました! お父様、お母様、一緒に来てくださる?」

「もちろんだとも」

「ギュニオン、あなたは留守番してなさい! 王妃様、申し訳ありませんが預かっておいてください」


 ギュニオンは王妃に託し、両親と共に一気にウルディへ跳ぶと、激しい戦闘が始まっていた。ウルディの中心部は高い塀に囲まれていて、魔物の侵入を許さないようになっているのだが、今はその塀の中にまで魔物が発生している。

押し寄せてくる魔物達に、ウルディに集まった冒険者と近隣の貴族が連れてきた兵士達が懸命に対応していた。


「――炎の精霊イグニス。契約者、シルヴィアーナ・メルコリーニの名において命ずる。ウルディの敵をせん滅せよ!」


『勝利を、我が貴婦人に捧げよう!』

 一瞬、目の前が真っ赤に燃え上がった。

シルヴィが全力で召喚した炎の騎士達。甲冑に身を包み、手に剣を持った騎士達が、シルヴィを中心として、ウルディ中に散らばっていく。

 ジールはどうした。テレーズは? エドガーは?

仲間達の様子は気になるが、今はそこを気にしていてもしかたない。


「――お父様は、クリストファー殿下のお側に。お母様は、負傷者の救護に回ってくださる? ギルド前の広場にヴェントスに運ばせるから」

「わかった」

「気を付けてね、シルヴィちゃん」


 メイスを手にした母が、シルヴィの頬に手を当てる。それから身を翻し、イグニスの作った道を一気に駆け抜けていった。


「――風の精霊ヴェントス。契約者、シルヴィアーナ・メルコリーニの名において命ずる。ウルディにいる負傷者達を、ギルド前の広場に運べ」


『かしこまりました、ご主人様。気をつけて。町の外にまだ魔物が溢れています』

 そうささやいた、風の精霊はふわりと舞い上がった。


「――土の精霊テッラ。契約者、シルヴィアーナ・メルコリーニの名において命ずる。ウルディの守りとなり、敵の侵入を防げ」


『主のご命令のままに』

 ウルディの中心部は、外敵の侵入を防ぐために塀でぐるりと囲まれている。その塀がみるみる補強されていく。


「――水の精霊アクア。契約者、シルヴィアーナ・メルコリーニの名において命ずる。ギルド前の広場にて、冒険者達の治療にあたれ。回復魔術師に協力するように」


『はーい! 任せて!』

 ふわりと宙に舞い上がったかと思ったら、アクアは姿を消してしまう。


「シルヴィアーナ嬢、魔物を排除する術は見つかったか」

「はい、殿下。お任せください」


 クリストファーが姿を見せる。彼の側には父もいた。


「シルヴィー、他の魔物より大きな魔物がこっちに向かってる。そいつがボスだと思う」


 テッラの補修した塀の上からこちらに向かって呼びかけるのはエドガーだ。彼の持っている剣はボロボロで、使い物になりそうになかった。


「エドガー、注意して! あれ、ダンジョンのボス部屋にいたのと同じ魔物だと思う。これ、あげるわ。使い道がないし」


 肩から下げた収納鞄から取り出した剣を、エドガーに向かって放り投げる。


「悪いな。剣が使えなくなって、困っていたところだ」


 エドガーは、受け取った剣を勢いよく抜いた。とたん、刀身からまばゆいほどの光が溢れる。


「うおう、なんだよ、これ!」

「使用者の魔力を高める剣! 魔力をまとわせることもできるから、あなたとは相性がいいでしょ」

「助かる!」


 エドガーの魔力が剣に注がれる。雷をまとった刀身は、まばゆい光を放った。

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